ソレイ領の図書館へ
「お客様すっごく似合っています。とっても可愛いです!」
「ありがとうございます」
お世辞であり、商売の為であり、ワンピースを選んだ店員さんの自画自賛であっても、やっぱり新しい洋服を買ってそれが似合っていると言われれば素直に嬉しい。
店員さんが選んでくれたマーガレットの花のような黄色のワンピースに着替え、それに似合うと選んでくれた麦わら帽子をかぶり、私は楽しみにしていたソレイ領図書館へと向かう。
ワンピースは思ったよりも安く買えた。
夏前でシーズンオフの商品があったことと、汽車の開業記念でそれらが尚更安くなっていた事で、貧乏な私でも可愛い物を購入できた。
その上可愛いと他人に褒められたのだ私の機嫌が上がるのも当然。働いていた時は首までキッチリと締められている灰色のお仕着せを当然顔で着ていたが、このふんわりとした着心地の良いワンピースに袖を通せば、良く五年も着ていたものだと呆れてしまった。
店員さんにありがとうございましたと元気よく見送られ、私は馬車乗り場があると聞いた方向へ歩き出す。
「フフフ、仕事が決まってお給料が入ったらまたあの洋服屋に行こうかな」
節約がモットーの私がそんな思いを持つほど購入したワンピースは気に入った。
歩くたびにショーウインドーに映る自分がこれまでで一番の美人に見える。
元居た場所では他人の視線が自分に集まるのは絶対に嫌だったけれど、今は少しだけ見て欲しいとそんな願望が湧いた。
案内所のハンさんの話では、ソレイ領の図書館へは定期的に馬車が出ているそうなので、それに乗って向かう。
馬車乗り場に着くとどこ行きという案内の看板が立っており、私は迷わず図書館行きと書かれた看板へと進む。
馬車の運賃は子供のおこずかい程度の金額で、私は観光案内所でもらった無料のチケットを使い馬車に乗り込んだ。
「お客さん、観光かい?」
客が私以外におらず、御者のおじさんが話しかけてきた。
中途半端な時間の為、図書館に向かう人は少ないらしい。
平日というのも大きいのだろう。
「はい、今日ソレイ領に来たばかりで、観光案内所で色々教えてもらいました」
「そうかい、それなら安心だ。でも図書館に行くんだろう? 大きな荷物だけど宿屋には預けてこなかったのかい?」
「ああ、そうですね、失念しておりました。図書館が気になって、宿屋に行く前に来てしまいました」
「ハハハ、そうかい、お客さんは本が好きなんだなー。でも大丈夫だ、図書館の受付で話せば荷物を預かってくれるよ」
「えっ、そうなんですか? それは凄く親切ですね」
「アハハ、俺っちからすると当たり前だが、外から来た人にするとそうかもしんねーなー。本に夢中になると荷物の事なんて忘れちまうってエルフ公爵様が仰ってたそうだ。まあ、本を読まねー俺っちなんかにゃわからんけど、エルフ公爵様が決めた事だから俺っちは従うだけさ」
「そうなんですね、エルフ公爵様は読書家の気持ちが分かる心が優しい方なんですね」
「ああ、あの人は偉大で優しい方だー。ソレイ領のもんはみーんな尊敬してる」
会ったことも無いエルフ公爵様だが、読書家に親切にするという時点で天使のような人なんだと感動する。
それにソレイ領に来てからどこへ行ってもエルフ公爵様の話は出るし、ソレイ領の皆に慕われていることが分る。
多分……ううん、絶対にとっても偉大で素晴らしい人なのだろう。
なんてたって本を愛して居る人だ。立派に決まっている。
これまでいろんな事情があり有名人に興味はなかったが、エルフ公爵様ならば是非一度会ってみたいなと、そう思った。
「ほら、お客さん、図書館が見えて来たぞ」
「うわー、あれが図書館ですか? 凄い綺麗! それに大きくって立派、まるでお城みたいですね!」
思った以上に大きな図書館を目の前にして、興奮する私を御者さんが嬉しそうに笑う。
「ありゃー、元々はエルフ公爵様のお屋敷だったんだ」
「えっ? そうなんですか?」
「ああ、大昔にこの辺りで大きな地震が起きたんだけどな、その時にエルフ公爵様は家を失った領民をみーんなあの屋敷に住まわせてな、そんで領民達がどうにか生活を取り戻すと、じゃあここは皆が使える図書館にするって言って、どんっとお屋敷を街に寄付されたんだ」
「えええっ、それは凄いです!」
「だろう? だからこの領のみーんながエルフ公爵様のことを慕ってるんだ。エルフ公爵様の悪口を言う奴なんて一人もいねー。エルフ公爵様はすっばらしいかただ、お客さんも会ったらそう思うはずだ」
「はい、会わなくってもそう思います!」
「アハハハハ、お客さんは良いやつだな。ほれ、これやるから食べな」
「あ、ありがとうございます。オレンジですね」
「そうだ、この領自慢のソレイオレンジだ。これもエルフ公爵様が品質改良ってもんをしてくれて、前より美味しくしてくれたやつなんだよ」
「うわぁー、そうなんですか、エルフ公爵様、凄すぎです!」
汽車の中で貰ったオレンジと同じソレイオレンジを御者さんから貰う。
元居た土地で買ったパンを食べてから、汽車内で貰ったオレンジ一個しか食べていないため、御者さんの好意はとても有難く、お腹が空いていた私は遠慮なく頂いた。
就職先が直ぐに決まるかどうかも分からないため、節約のためにもお昼は抜こうと思っていただけに、汽車のご夫婦や御者さんの好意には感謝しかない。
御者さんにしっかりお礼を言えば、いいやいいやと笑顔で手を振ってくれる。
「お客さんがエルフ公爵様を褒めてくれたからな、これはそのお礼だ、気にしないで食べてくれ」
「ありがとうございます。じゃあいつかエルフ公爵様にもお礼を言わなくっちゃですね」
「ああ、そうだな、エルフ公爵様に会ったら是非そうしてくれ」
「はい、そうします」
公爵の位にある偉大なエルフ様に私なんかが会うことなんてないだろうけれど、御者さんの言葉に笑顔で頷く。
エルフ公爵様に感謝しているのは本心だったから。
馬車から降りるとそこは図書館のすぐ目の前だった。
楽しんでおいでと言う御者さんの言葉に、図書館に夢中になっている私は生返事を返し、図書館に向かう階段を上って行く。
御者さんに対し礼儀がなっていないけれど、誰だってこんな素敵な図書館が目の前に有ったら意識がそちらに向いてしまうのは仕方がないと思う。
「……なんだか王城のパーティーに向かうみたいね……」
学園に通っていない私は貴族として認められていないため、当然王城の夜会などに出席したことは無いし、無論デビュタントなんてしているはずもない。
だからだろうか、それとも大きな図書館が目の前にあるからだろうか、私の心臓はドキドキして五月蠅く、まるで初恋の相手を目の前にし、今から告白でもするような気分だった。
おはようございます。
ブクマ、ポイントありがとうございます。
今日も宜しくお願いします。
夢子