ソレイ領の観光案内所
「終点、ソレイ駅ー、ソレイ駅ー」
海が見えて三十分もすると、目的地であるソレイ駅に到着した。向かいに座っていたご夫婦にお礼を言いホームに降りる。
別れ際ご夫婦が優しそうな笑顔で「楽しんでね」と言ってくれ、私も笑顔で「はい」と返事を返す。
ソレイ駅は不思議なことに花のような香りがして南国に来たと実感させてくれた。
長時間の移動と揺れに少し疲れていたが、自分が知らない場所に来ているということが嬉しくってそんな疲れも吹き飛んだ。まるで物語の主人公みたいよねと、追い出された時の悲劇のヒロインとは違い、冒険譚に出てくるヒーローのような気持ちになった。
ただし元居た場所より気温も高く今着ている中古の春服では暑いと感じるぐらいなので、洋服も買わなければならないだろう。最低出費でブラウス一枚買えばどうにかなるかな? そんな事を考えながら財布の中身を心配する。
「うん、まずは仕事よね、……ううん、でも、折角だからここは図書館だよね」
本来ならばソレイ領の職業紹介所に向かうべきところだが、折角知らない土地に来たのだ、少しぐらい観光を楽しみたい。
仕事探しは明日にしよう。焦ったっていい仕事が見つかるとは限らない。
それに今まで自分の為にお金を使う事などしてこなかった。
たまの贅沢ぐらいいいではないか。
自己完結した私が駅員さんにソレイ領について聞こうとすると、駅の中に観光案内所という所があるからそこへ行くと良いよ。と教えて貰い、早速観光案内所に向かうことにした。
「こんにちはー」
「はーい、ようこそー、どうぞどうぞこちらにー」
笑顔満開という言葉がピッタリな様子の日焼けをした浅黒な男性が私を招き入れてくれる。
男性はこの案内所の制服なのか花柄半袖の開襟シャツを着ているがそれが良く似合っている。
「お客様は観光ですか?」
「えーと、はい、一応?」
「一応? ですか?」
私の言葉の何が面白かったのか、男性はクスクスと笑い出した。
ちょっとだけ恥ずかしくなった私は頬が熱くなるのを感じながら、一応の訳を男性に話す。
「はい、実は何の考えも無くソレイ領行の切符を買って汽車に飛び乗ったんです。汽車の中から海を見て綺麗で凄く驚いて、もし街に出てこの土地が気に入ったら観光ではなくここにずっと住まわせて頂きたいなってそう思っていて」
「おおお、居住希望ですか、それは嬉しいですね」
私の思い付きのような発言に嫌な顔をせず案内所の男性は喜んでくれる。
同じ花柄の服を着た周りにいる男性職員や同じ花柄のワンピースを着た女性職員の人達も歓迎ムードで私に笑顔を向けてくれる。
「では、職業紹介所の場所は絶対ですね、それと他に何か知りたい事はありますか?」
「そうですね……美味しい食事を安く食べられる場所と、それと安く泊まれる宿があれば知りたいです。あと、図書館も!」
「おおお、図書館に興味がありますか? お嬢さんは中々目の付け所が良いですね。ソレイ領の自慢は美しい海と図書館なのですよ。うんうん、お嬢さんは良く分かっている。是非図書館に足を運んでみてくださいね」
「はい、絶対に行きます!」
案内所の男性は力強く答える私にニコニコとまた良い笑顔を向けてくれた。
あの美しい海と同じぐらい自慢な図書館。
一体どれ程の物なのか。
私の中で大きく期待が膨らんでいく。
「先ずはお嬢さんにはこちらのチケットをプレゼントしますね」
「チケットですか?」
「はい、ソレイ領お得チケットです」
観光案内所の男性はハンさんと名乗り、私に数枚綴りになっているチケットを渡してくれた。
「これは駅開業記念の期間限定チケットで、汽車の切符が安い記念式典までの三カ月間だけ使用できる、とってもお得が詰まったチケットなんですよ」
「そうなのですか?」
「はい、そうなんです」
ハンさんがチケットを広げ説明をしてくれる。
宿屋の宿泊代が安くなるチケットや飯屋の食事代が安くなるチケットなど、お財布の都合が微妙な私としてはとても有難い物だった。
「この宿屋は宿泊費、この宿屋は朝食無料、この宿屋はプライベートビーチが使用可能でワンドリンク付きです。お嬢さんはどれを選びますか? ああ、数日間宿屋に泊まる予定でしたらそれぞれ使ってみてもいいですね。でもこの宿泊費を安くするチケットを発行している宿屋は二泊以上するともう少し割り引いてくれますし、女将さんの人柄が良いです。それにここだけの話、下手な飯屋よりも食事が美味しいです。少し海からは離れてますが、安全面を考えるとここが一番良いかもしれないですね。ソレイ領は安全とはいえ女性の一人旅は色々と危険ですから」
「はい、ありがとうございます。宿代が安く済むのはとても有難いですし、食事が美味しいならこの宿にしたいと思います」
「うんうん、そうしてください。ではこの宿屋の場所をお教えしますね」
大きな地図を広げハンさんは分かりやすく宿屋への道と、図書館への道、それから職業紹介所の場所を教えてくれた。
「それからお嬢さん、もし予算に余裕があるのならワンピースと麦わら帽子を購入すると良いですよ」
「麦わら帽子とワンピースですか?」
「はい、ソレイ領は日差しが強いですからね、お嬢さんの今の服装だと暑いと思います。それに街中にいる女性はワンピース姿が多いです。街に馴染むなら明るい色のワンピースがお勧めですね」
確かにホームに降りた時に感じた気温差を考えれば、私の今の服装はソレイ領にはそぐわないだろう。
ボストンバッグの中の数少ない私服は、全て元居た場所の気候に合わせているものばかりだ。薄着に着替えても今とあまり変わらない。観光客感丸出しだろう。
懐は痛むが善意で教えてくれている事を無下には出来ない。
それにチケットには衣料品店のものもある。
店に行けば私でもどうにか購入出来るものもあるかもしれない。
ブラウスだけと思っていたけど、ワンピースに切り替えた方が賢明だろう。
「ハンさん、ありがとうございます。そうしてみますね」
「ええ、是非そうしてください。軽い服に着替えたら今以上に楽しめる筈ですよ。それと、お嬢さんの旅が楽しい物になる事を星に願っておきますね」
「はい、ありがとうございます。では失礼しますね」
ハンさんと観光案内所の皆に手を振り、私は駅の外に足を踏み出す。
その瞬間太陽の熱さを感じ、ハンさんがワンピースと共に麦わら帽子を進めた意味を体感する。
「蒸し暑くはないけど、確かに日差しが当たると帽子が必要だし、この服じゃ暑いわね」
日陰に入ると今の服装でもどうにかなる。
けれど日の当たるところでは袖まくりしたくなるぐらい暑いと感じた。
「うん、色々と歩き回りたいし、麦わら帽子とワンピースは必需品かもね」
大きな痛手となるが背に腹は代えられない。
それに汽車代も安く済み、ハンさんのお陰で宿代もだいぶ浮きそうなので、ワンピースと麦わら帽子ならば買える可能性は十分にある。
「職業紹介所は明日にして、今日は洋服屋さんと図書館巡りかしら」
そんな事を呟きながら安いけどいい品があるとハンさんから聞いた衣料品店へとウキウキとしながら向かう。
自分の為に服を買うなど久ぶり過ぎて、どうしたって気持ちが浮かれてしまう。
これまで実家では姉のおさがりだったし、その姉だって古着を着ていた。
職場では支給されたお仕着せで済んでいたので、自分用の服など中古で購入した上に着古したものだけだった。
「いらっしゃいませー」
店に着くと女性店員さんのちょっと甲高い可愛らしい声で出迎えられた。
私が着ている気候に相応しくない服装を見ても嫌な顔などせず「ご旅行ですかー?」と笑顔で話しかけてくれた。
「あ、あのチケットを使って服を購入したいのですが」
「ああ、観光客様用のお得チケットですね。大丈夫ですよ。あちらの商品ですとチケットを使って半額になります。こちらの商品ですと一割引きになります。お客様は色白で可愛らしいのでどちらの商品でもお似合いになりますよ。勿論この私がコーディネートすることも可能ですし、お客様ご自身で見て頂いて選んでいただいても大丈夫です。良ければ試着室もございますのでお気軽にお声掛けくださいね」
「は、はい、ありがとうございます。あの、出来れば店員さんに似合いそうなものを選んでもらいたいんですが」
自分で選んで服を買った事など殆ど記憶にない私は、当然店員さんのスキルに甘えるしかない。
するとお願いを受けてくれた店員さんは笑顔だけど何故か瞳をギラギラとさせ握り拳を作った。
戦場に行く兵士とはこんな風だろうか? そう思うような気合の入れ方だった。
「私にお任せください! お客様をこのソレイ領で一番の美人様に仕上げて見せますわ!」
「ソレイ領で一番……」
「はい、一番です!」
ここへ来る前の私なら、そんなの絶対に無理だと白けていただろう。
だけど私を喜ばせようとしてくれる店員さんのその言葉がとにかく嬉しかった。
「よろしくお願いしますね」
「はい、お任せください!」
闘志を燃やす店員さんに値段の方も宜しくねと、心の中でお願いをした私だった。
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夢子