美味しい夕食
「……さっきは悪かったな……」
夕食の準備を始めた私の元に、どう見ても不服そうな顔をしてロイが謝りにやって来た。
台所の扉にはマイア様が良い笑顔で立っていて、その後ろにはハンさんとコリンさんの姿が見えて、こちらの二人はニヤニヤとして悪い笑みだ。
幼馴染の子供っぽい行動が楽しくって仕方がないらしい。
男の人っていつまで経っても子供だと誰かが言っていたけれど、ハンさんもコリンさんも仕事場で見せる雰囲気とはまるで別人のように幼く見えた。
それだけ三人ともマイア様に心を開いているという事だろう。
彼らにとってマイア様は親のようであり、親友のようでもあり、師のような立場でもあるのかもしれなかった。
「ロイさん、謝罪を受け入れます。それに私も大人げなかったですし」
ルナさんに嫌われると言った事は本心だったけれど、ちょっときつく言い過ぎた自覚はある。家政婦として考えるとお客様にあの態度はあり得なかったなと反省だ。
それにロイの態度を見れば分かる。
大好きなマイア様を取られそうで焼きもちを焼いたのだろう。
弟妹が私を取り合って見せた行動に似ていて、とても怒る気にはなれなかった。
「おまえが謝る必要無いだろう、悪かったのは俺だし……」
「いいえ、お客様に対して失礼でした。それとロイさん、私はおまえではなくソフィアです」
唇を尖らせ素直になれないロイは、私のすぐ下の弟が怒られた時の姿に良く似ていた。
あの子も兄のように出来いないと言って良く拗ねていたっけ……
まあ今のロイのように大きくは無かったけれどね。
「ソ、ソフィア、俺が悪かったよ」
「はい、分かりました。ロイさん、マイア様をお世話するものとして、これから宜しくお願い致しますね」
「……ああ……」
手を差し出し握手をする。
マイア様の手前仲良くなったことを見せなければロイも居心地が悪いだろう。
「ああ、そうだ、ロイさん、良い事を教えてあげますね」
ロイと仲良くなるためにルナさんとの親交の深め方を伝授する。
ルナさんはミルクが好きなこと。
美味しいお魚が好きなこと。
それから柔らかいクッションが好きなこと。
貢物をして謝ればきっと仲良くなれますよ。
扉の傍にいるメンバーに聞こえない音量でそう囁けば、ロイのふくれっ面は笑みに変わった。
本当に子供のようである。
まあ、ある意味可愛いが。
「分かった、次に来る時はルナに土産を持ってくる。サンキューなソフィア!」
余程嬉しかったのか握手した手を引っ張られぎゅっと抱きしめられた。
そのままバンバンと背中も叩かれ、背骨が折れるのではという程の衝撃を受ける。
どういたしましてと答えたいが、ロイの胸板が厚すぎて口が塞がれ声が出ない。
これは窒息死するかも?
もしやこれがロイなりの復讐か?
苦しさの中走馬灯が過り始めた私の耳に、ロイを呼ぶ冷ややかな声が聞こえた。
「ロイ、ソフィアさんを殺す気かい?」
マイア様に名を呼ばれ、ロイが乱暴に私を離し、今度は頭がぐらぐらと揺れる。
勢い良く頭を振られた衝撃のせいか、ロイの肩に置いたマイア様の手元からミシミシと恐ろしい音が聞こえる気がしたが、きっと幻聴だろう。そうでなければロイの肩は粉々なはず。それに優しいマイア様がそんな攻撃的なことをするとは思えなかった。
「イテッ! マ、マイア様?! あ、あああ、ソフィア、すまん! レイナ、いや、妹を抱きしめるみたいにやっちまった」
「い、いえ、大丈夫です……なんともありませんから……」
フラフラする体をどうにか保ち、営業スマイルでロイに答える。
コリンさんとハンさんの声を出さないで笑う姿が目の端に見え、仕返しをしてやりたい気持ちになった。
「ロイ、ソフィアさんはレイナと違って普通の女性なんだ、扱いには気を付けなさい」
「はい、はい! マイア様、すみません!」
マイア様がロイの肩から手を離すと、ロイがホッとした顔をする。
マイア様のちょっと後ろに下がり、肩を摩る姿が気の毒に思えた。
「ソフィアさん、大丈夫かい?」
「はい、これぐらい全然、大丈夫です」
弟妹に振り回されたことを思えば何のことも無い。
ただ久し振り過ぎてちょっとめまいがしただけだ。
直ぐに落ち着くそう思った瞬間、私の周りが光り出した。
「癒しを」
マイア様が呪文を唱えると私の周りが金色に輝き、ふわりと体を包み込んだ。
「魔法?」
体が急に軽くなり、さっきまでのめまいも消えている。
それに今日一日働いた疲れも吹き飛んだ。
驚いたままマイア様へ視線を向ければ、優しい笑顔で微笑まれた。
「ソフィアさん、体の調子は戻ったかい?」
「あ、はい、というか物凄く体が軽いです」
「フフフ、それは良かった」
優しく微笑むマイア様が余りにも魅力的で、私の心臓がきゅうっと変な音を立てる。
この方は懐に入れた者にどこまでも優しい。
つまりは私も身内認定されたわけで、頬がぽっと熱を持つのが自分でも分かった。
「さ、さあ、少し早いですが夕食にしましょう。みんなもお腹が空いたでしょう?」
誤魔化すように使い魔たちに声を掛ける。
私の心を汲んでか、それとも本当にお腹が空いていたからか。
皆「ご飯だー」と喜んでくれて、私のドクドクと波打つ心臓の音は誰にも気付かれなかった。
「こちらは鴨肉の燻製ローストです」
席に着いた皆に食事を提供する。
当然最初はマイア様。
ありがとうと答えてくれる。
「今日もとっても美味しそうだ。ソフィアさん、ありがとう」
常にお礼を言ってくれるマイア様に笑顔で応え、次に使い魔たちに食事を提供する。
マイア様の使い魔の方が私の中では三馬鹿幼馴染より立場が上だからだ。
「ソフィア、ありがとうー」
「やった、今日もいっぱいお皿に乗ってるー」
「今日も初めての料理ね、美味しそうだわ」
「とってもいい香りですわね」
使い魔たちにも礼を言われ、私は次にロイに食事を提供した。
「スゲー美味そうだな、ソフィア、ありがとうな」
初対面とは別人のようにニカリッと笑われ、ロイの本性が分かった気がする。
この人も身内には甘い人だ。
私を抱きしめた事で妹認定した気がする。
「どうぞ」
コリンさんとハンさんの前にも食事を提供する。
貴族令嬢らしい微笑みでお皿を二人の前に並べれば、コリンさんとハンさんはピタリと固まってしまった。
「ソ、ソフィアさん、なんか私達の鴨肉が少ない気がするけど……」
「ソフィアさん、鴨肉が私達だけ二枚しかないんだけど……」
質問にはニッコリと笑い、それだけで答えて終えた。
面白がって笑っていた二人に食べさせるものなど何も無い。
本当ならばサラダだけで終わらせたいぐらいだ。
その意図は二人にも無事伝わったようで、ガックリと肩をおとした。
「では頂こうか、ソフィアさんに感謝して、頂きます」
「「「「いただきまーす!」」」」
いつもならば私も一緒に食卓に着くが、今日は給仕をしたかったのでマイア様には先に伝えておいた。
皆が美味しそうに食べる姿を見ながら、頑張って鴨肉を燻製した甲斐があったとホッとする。
「ソフィアさん、ごめんね」
「ソフィアさん、もう笑わないから」
鴨肉二枚をぺろりと平らげた二人が謝って来た。
はてさてどうしましょうか?と思ったが、よく考えてみたら私は査定中では無いだろうか。意地悪をしたらきっとマイア様には相応しくない認定をされてしまう。この屋敷が気に入った私にとってそれは非常事態。物凄く困ってしまう。
小さなため息をつき、仕方がなくコリンさんとハンさんのお皿に肉を乗せる。
「次はありませんからね」
しっかりと釘を指せば二人共 「はい」 と良い返事を返してきた。
「「ソフィア母さんありがとー」」
「誰が貴方達のお母さんですか」
全く反省の色が無く、調子に乗って揶揄ってきた二人を私は睨む。
もう鴨肉が手に入ったからか、二人はまたクスクスと笑い楽しそうだった。
食後のデザートはソレイオレンジのシャーベット。
二人には提供しなくてもいいなと、心に決めた私だった。
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夢子
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