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新しい土地へGO!

 解雇された私は荷物をまとめてお屋敷を飛び出した。

 これまで一緒に働いていた仲間に挨拶もさせて貰えなかったが、あのご主人様たちの怒りを見ればそれも仕方がない。

 私は坊ちゃまを惑わした悪女なのだ。

 屋敷の者とはもう関わらせたくはない。そう思われて当然だった。


 可もなく不可もなしと思っていた職場だったけれど、五年も勤めていればそれなりに思い入れはある。

 坊ちゃまだって恋愛抜きにすれば可愛くっていい子だったし、職場の同僚も親友とは行かなくとも友人関係は築いていた。


 でも流石に売女やあばずれと言われてまであの屋敷で働きたいとは思わない。

 誤解を解いてあの屋敷に残ったとしても言われた言葉や頬を叩かれた痛みは消えはしない。

 あの方たちを主人と思って仕えることはもう無理だと諦めた。


 外に出ると春だというのに寒さを感じる風が吹き、私の心を表している様だった。

 その冷たい風を浴びながら、私は小さなボストンバッグを持って行き先の無い旅に向かう。


 なんだか少しだけ小説の主人公のようで面白いではないか。

 ここで旅のお供が出来れば尚更面白いのだが、影を抱えて歩く女に声を掛ける者などいなかった。


 自分の不幸に酔いながら私は慣れた街を歩く。

 ただし今現在財布の中身がかなり厳しい状態なので、早めに就職先を見つけないといけない。

 蓄えは少しはあるが、それを全部使い切れば野垂れ死ぬしかない。贅沢をすれば自分で自分の首を絞めることになる。私は自由になった心と財布の紐をギュッと締める事にした。




「はぁ~、やっぱりメイドの仕事は紹介状が必須よね……他は住み込みだと飯盛女にお針子かー、うーん……どうしようかなー」


 取りあえずお金が大事だと職業案内所に向かってみた。


 けれど当然紹介状が無ければ働き口は限られている。


 飯盛女は飲み屋や宿屋で働く女性で、給金は安く客に体を求められることもある。

 お針子は働く店によるが、一般的にもやはりこちらも低賃金だ。


 貴族令嬢として刺繡(実家では繕い物)は最低限嗜んできたが、それを仕事にしたいとは思えない。


 学園を卒業出来ていたら、本当は王城図書館で司書の仕事に就きたかった私。


 出来れば本を読めるような環境のある職場が望ましいのだが、無論そんな職場が保証人のいない私に舞い込んでくるはずも無かった。


「いっそ他の土地に行ってみようかな……」


 私の世界はとても狭い。

 この街で生まれこの街で育ちこの街で働いていた。


 知らな場所に一人で行くことは怖いけれど、こんな事がなければ自分の為に旅行するなど思いつかなかったはずだ。


「良し、思い立ったが吉日だよね!」


 適当に立ち寄った店でパンを買い、私は駅へと向かう。

 今はまだ朝早い時間。今ならどこでも行き先は選べるだろう。

 汽車に乗るなら早い方が良い。

 善は急げと私は走り出した。


「すみません、汽車で安く行けて海が見える綺麗な場所ってどこかありませんか?」


 無理難題を駅員さんに押し付けると、目をぱちくりさせた駅員さんがニヤリと笑う。


「お客様、北と南どっちがいいですか?」


 仕事人は私の難題にも余裕顔。

 迷惑客でしかない私に駅員さんは笑顔で対応してくれた。


「南……かな」


 急な解雇で地味に落ち込んでいた私はきっと温かさを求めていたのだろう、駅員さんの問いかけに迷わず南と答えていた。

 それを聞いた駅員さんは「南ならソレイ領」がお薦めだと教えてくれた。

 ソレイ領は学園に通った事がない私でも知っている有名な土地だった。


「ソレイ領って、確かこの国の一番南に位置する領ですよね」

「そう、そうなんですよ。実はね、先月ソレイ領に線路が開通したんですが、開業記念式典前の今なら特別切符が出ていて、なんと電車賃が五割引なんです。三カ月の期間限定お得切符なんで今を逃すと勿体ないんですよ」

「なるほど、五割引は大きいですね。因みにソレイ領には何があるのですか?」

「フッフッフ……良くぞ聞いてくれました。実は僕はソレイ領出身なんですよ」

「そうなんですか」


 ソレイ領出身の駅員さんは自分の故郷が自慢なのだろう。

 胸を張り鼻高々に頷いて見せる。


「まあ、綺麗な海、これは当然ですね」

「そうなんですね」

「それから美味しい食事に可愛いおん……ゴホンッ、えーっと、穏やかな住人達」

「……はい」

「それとソレイ領にはエルフ公爵様が住んでいて、そのお陰で美しい森もあります」

「エルフ公爵様?」

「そうです、我が領の恩人エルフ公爵様です」

「恩人……」

「そうなんです。そんな亡国のエルフ公爵様が住む街だけあってソレイ領は穏やかでとても過ごしやすい」

「そうなんですか……」


 学園に通っていない私はこの国の歴史には疎い。

 エルフという人種については少しは知っているが、駅員さんが自慢するエルフ公爵様については詳しくない。

 その為駅員さんに自慢されてもソレイ領に行きたいという気持ちが微妙だった。


「それとね、お客様。ソレイ領には有名な祭りと大きな図書館がありましてね」

「図書館?!」

「そう、エルフ公爵様のお陰でその図書館には庶民でも無理せず通えるような金額で入れるんですよ。それにいろんな本があるので本好きな人にはお勧めな場所なんですよ。どうです、ソレイ領に興味が湧いてきたでしょう?」

「はい、湧いてきました。私行きます! 私ソレイ領へ行きたいです! 駅員さん、切符を下さい!」

「はい、喜んでお売り致しましょう!」


 切符は半額であっても、やはりそれなりの値段はした。

 けれど駅員さんの話を聞いて、落ち込んでいた私の心は浮足立つ。


 美味しい食事や穏やかな土地柄も何よりだが、一番大事なところは大きな図書館その一択だった。




 汽車に乗ろうとすると、切符の確認の際車掌さんに貴族令嬢ならば一等車が良いのではと心配され、そう進められた。


 だが財布と相談したうえで私は断った。

 一等車両なら小さくても個室となっているが、今の私にそんな財力は無い。

 私は貧乏で無職、締めるところは締めていかなければならない。


 だが流石にすし酢目状態の三等車両に乗る勇気はなかった。地味な私だって一応は女の子だ。


 二等車両だって結構財布に響いたのだ、車掌さんに心配されても一等車両に移る気などなれなかった。


「お客様、十分にお気をつけくださいね」

「はい、ありがとうございます。気を付けます」


 女の一人旅と合って車掌さんはとても心配してくれた。

 各停車駅に止まり切符を確認するたび、車掌さんは私の安否も確認してくれた。


 駅員さんも良い人だったが、この車掌さんもとても優しい人だ。


 もしかして車掌さんもソレイ領出身なのだろうか?


 それとも国を挙げての鉄道事業だけあって、素晴らしい人たちが選ばれただけだろうか。


 解雇になって落ち込んでいた心が心配されたことによって吹き飛んだ気がした。





「ああ、やっと、海が見えて来たわよ」


 数時間電車で揺られ荷物を抱えながらウトウトとしていると、そんな声が聞こえ私は目を覚ます。


 半分寝ぼけた私の目に映るのは鮮やかな青。

 キラキラと輝く水面は只々美しかった。


「うわー……綺麗……」


 初めて見る海はとても綺麗で大きくって驚きしかない。

 淡い青色の海はどこまでも輝いていて、吸い込まれそうなほど透き通っていて怖いぐらい。

 海は空にも届きそうなほど雄大でどこまでも広がっていて、私の荒んだ心を一瞬で浄化してくれた。


「凄いわ、海ってこんなに大きいのねー」


「お嬢ちゃん、海を見るのは初めてかい?」


「はい、生まれて初めてです!」


 向かい側に座るご夫婦のうち旦那様の方が私に話しかけてきて大きく頷く。

 はしゃいでいる姿が微笑ましかったのか、奥様のほうが鞄からオレンジを取出し「良かったらどうぞ」と渡してくれて、お礼を言って受け取る。

 どうやら駅員さんが言っていた通りソレイ領の人は温かい人ばかりのようだ。


「この海はさ、俺達の自慢なんだ。昔の地震で海は荒れちまったがエルフ公爵様のお陰で昔の美しさを取り戻せた。だから俺達もこの海を大事にしていこうって、順番に掃除をしてこの綺麗さを保ってんだ。それっくらい大事な海だからさ、嬢ちゃんに喜んでもらえると嬉しいよ」

「はい、とても美しくって、素晴らしい海だと思います」

「うんうん、そうだろう、そうだろ」

「お嬢さん、海はね、離れて見るのも美しいけれど近くで見てもとても綺麗なのよ。時間が合ったら是非海岸にも足を運んでみて頂戴ね」

「はい、そうします」


 ご夫婦から頂いたオレンジを食べながら、駅に着くまで私は海を見つめ続けた。

 これ程美しい海を保つように尽力されたエルフ公爵様。

 話でしか聞いたことのないエルフ公爵様の株が、私の中で一気に上がった瞬間だった。

いつも応援ありがとうございます。

ブクマ、ポイント、感謝しております。

ソフィアは明るいお話にしたいと思っています。楽しんでいただけたら幸いです。

夢子

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