マイア様との契約
エルフ公爵様の屋敷に着くと、コリンさんは「じゃあ、私はこれで」と言ってさっさと帰ってしまった。
仕事があるので当然かもしれないし、何日も私にお付き合いいただいたのだ、任務完了ということで、ここまで送ってくれただけで十分かも知れない。
だけど昨日初めて顔を合わせた良く知らない者同士。
何となくだが居た堪れない雰囲気になる。
「えっと、ソフィアさん、取りあえず、ここに座って、今お茶を淹れるから」
「あ、はい、ありがとうございます」
エルフ公爵様はこの空気から逃げるように台所へ向かった。
今日こそ私がお茶を淹れるべきだったかしら? と残された私は自問自答する。
「さあ、どうぞ、コリンには負けるけど」
「ありがとうございます。頂きます」
私とエルフ公爵様はぎこちなく向かい合う。エルフ公爵様がお茶を淹れてくれて助かった。
会話が弾まなくてもお茶があれば問題無い。
口に付けていれば何か話す必要がないのだから。
「……んん?」
エルフ公爵様自ら淹れてくださったお茶を飲むと、渋みと苦みが雑妙にブレンドされた刺激ある味がした。思わず出てしまった声を笑顔で誤魔化しカップをソーサーに戻す。
これは使った茶葉に謝った方が良い程の味だ。
一体どのお茶を淹れたのか、あの美味しいソレイ茶だったら驚くところだ。
「すまないね、私はどうもお茶を淹れるのが苦手で……」
エルフ公爵様は苦笑いを浮かべながら頬を掻き、遠慮気味に話しかけて来た。
今日のエルフ公爵様は昨日とは違い、きちんとした服装をして 『麗しきエルフ』 と本の中に記載されるだけの雰囲気を出している。
白のシャツに灰色のベスト。
ビスタ色のズボンはソレイ向きだろう、麻で出来ているように見える。
エルフ公爵様の薄金色の長い髪は今日はきちんと手入れされており、昨日よりも輝きがあるといえる。
それと今日は耳が出ていて、エルフの耳は長いと聞いていたけれど想像よりもちょっとだけ短いと感じた。
ジロジロと見てはいけないと思い、窓の外へと視線を向ける。
昨日は緊張して気付かなかったが、エルフ公爵様の屋敷の庭からはソレイの海が美しく見えた。
「「……」」
お互い緊張しているからか、それとも種族が違うからか、異性だからか、年齢差があるからか、話が弾まず無言のまま(不味い)お茶を飲む。
コリンさん、戻ってきてーー!
心の中で叫んでみるが当然コリンさんに届くはずはなく。
何となく気まずい雰囲気が流れたまま時間が過ぎる。
「あ、ああ、そうだ、忘れるところだった」
お茶を飲み切ったところでエルフ公爵様がポンと膝を叩く。
何だろうと首を傾げていると、どこからともなくエルフ公爵様が一枚の紙を取り出した。
まるで手品のようなその様子に目を見張るがエルフ公爵様は気にもせず、さも当然と言った様子だった。
「ソフィアさん、私と雇用契約を結びましょう。先ずはこの書類に目を通してください」
「は、はい」
エルフ公爵様に差し出された書類に目を通す。
休みやお給料の金額、それに長期休みの許可など、坊ちゃまの屋敷で働いていた時よりもあまりの好待遇なことに驚いてしまう。
それに何より、図書室の自由使用許可。
まさかエルフ公爵様の図書室を私まで自由に使って良いとは思わず、これには驚いてしまった。
「どうだろうか、ソフィアさんが望む最低限の水準には至っているだろうか?」
「はい、いえ、最低限どころか最高の水準です。あの、本当に私も自由に図書室を使っても宜しいのでしょうか? エルフ公爵様のお仕事の邪魔にはならないでしょうか?」
書類とエルフ公爵様を見比べながら質問をする私に、エルフ公爵様は優しく微笑んだ。
これは分かる!
同じ趣味を持つ人間が現れて嬉しい表情だ。
エルフ公爵様も嬉しい事に相当な本好きらしい。
「うん、大丈夫だよ。仕事に必要な書籍や大切な書籍、それに呪われそうな本は大体私の仕事部屋にある」
「……の、呪われる……?」
恐ろしい言葉が聞こえ、思わず眉根に皺をよせる。
そんな私をみてエルフ公爵様はフフフと笑った。
「大丈夫、人体に影響のあるような本じゃないよ。ただ魔法使いにはね、そういった物を好む者もいるからね、防衛の為にも知識は持っておく方が良いんだよ」
「防衛……ですか」
本を読むことが呪いの防衛になる。
絶滅されたとされる魔法使いにも警戒し、立ち向おうとするエルフ公爵様に尊敬の念が湧く。
「書類に問題無ければサインを」
「あ、はい」
またどこからかペンを取り出したエルフ公爵様。
流石に私も何かがおかしいと気づく。
もしかしてコリンさんは私に大事なことを話していないのではないだろうか。
そんな疑問を抱えながら書類にサインをする。
「我、ジェレマイア・ジョザイア・ジョゼフィン・デ・ヨングはソフィア・スチュアートを家政婦として許可する」
エルフ公爵様がそう呟いた瞬間、ジュワッと音がし、目の前で書類が燃える。
炎が舞い上がると契約書類は消え、私にキラキラとした金の粉が降り注ぐ。
「ソフィアさん、私の名前を言ってみて」
「えっ?」
初めてエルフ公爵様にお会いした時に自己紹介はされたが、名前を覚えることは出来なかった。
名前を言えと言われても言える自信がない。
「えー……、エルフ公爵様のお名前は……ジェレマイア・ジョザイア・ジョゼフィン・デ・ヨング様……」
自然とエルフ公爵様の名前が脳裏に浮かび、つっかえることなく名を呼ぶことが出来た。
「うん、良かった、ちゃんと契約は結ばれたようだね。ソフィアさん、どうぞこれから宜しく頼むね」
ニコリと笑い私に手を差し伸べるエルフ公爵様。
はいと答えたが、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
エルフ公爵様はもしかしてと、自分の中で答えが出る。
「あの、エルフ公爵様は、もしかして魔法使いなのですか?」
「えっ?」
エルフ公爵様と目と目が合う。
お互い二度、目をパチパチとさせる。
「えーっと、もしかしてソフィアさんは、コリンから何も聞いていないのかな?」
「……エルフ公爵様の生活態度についてはとても詳しくお聞きしました」
「せ、生活態度……?」
「はい、生活態度です……子供みたいだって」
エルフ公爵様が頭を抱え顔を隠す。
「コリン……」
呪いの呪文のようにコリンさんの名を吐くエルフ公爵様。
その気持ちが分かる私はエルフ公爵様に同情する。
「ソフィアさん、私は魔法使いです……」
小声でつぶやいたエルフ公爵様の髪から覗いた耳は、可愛そうなほどに真っ赤になっていた。
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コリンが問題児になっている……
夢子
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