運命病によって解雇されました
「あの、こちらで仕事を紹介して頂けると聞いて来たのですが」
ある事情により、私はこの国の南にあるソレイ領にやって来た。
ソレイ領は温暖で領民も穏やかなものが多いのだと聞き、前の職場で嫌なことがあり、落ち込んだ気持ちになっていた私は、なんの情報も持たない状態でソレイ領へ逃げるようにやって来た。
私の名はソフィア。
一応貴族令嬢ではあるが、貧乏子沢山な子爵家の娘でハッキリ言って貴族令嬢らしい生活など送ったことは無い。
今現在十三人いる兄弟の中で私は三番目。
それも次女とあって、両親から女の子として気に掛けてもらえたことなど無かったように思う。
物心ついた時には幼い弟や妹の世話や家事に追われていたし、常にお腹が空いていたので食べ物のことばかり考えていた。
姉や兄が学園に行くようになって、私は自分も同じ様に学園に通えるのだと思っていたが、ソフィアは女の子だし次女だからと、両親のそんな勝手な判断で私は学園に通うことは許されなかった。
勉強は兄たちの教科書を見て自己流に学んだ。
姉と兄は貧乏な暮らしが私以上に嫌だったからだろうとても上昇志向が強く、学園生活を楽しむ同級生たちには目もくれず、がり勉生活一直線で優秀な成績を取り、今では二人共王城の文官として働いている。両親の自慢でもある。
姉と兄は出世コースまっしぐらの為、貧乏な家を継ぐ気もなく、子沢山で育ったためか適齢期を迎えても結婚する気も無い。
何よりも自分一人の生活がとても楽しく充実しているとそう言っている。
両親は縁談を持っていっても結婚しない姉兄に頭を悩ませているようだが、私にはその気持ちが良く分かったし、正直自由な姉と兄が羨ましかった。
私は学園に通えなかった為、学園卒業資格が必要な職場では働けなかったし、自分が希望していた職種にも就けなかった。
まあそれは元々分かっていたことだったので半分諦めていたし、あの両親のもとに生まれ落ちた時点で見切りも付けていた。
なので無難にメイドとして働き、それなりに給料も貰い、可もなく不可もなく、変わりばえのしない日常を送ってきた。
勤めたお屋敷ではメイド用の大部屋で生活していたけれど実家よりはマシだったし、ご飯も三食食べさせてもらえた。
実家に仕送りしながらでも自分の為に使うお金は多少は用意できたし、特に文句のない平凡な生活を送れていたと思う。
十五歳から働きだし、年頃を迎えたけれど恋愛など私には無縁で、私自身も姉と兄同様結婚に思い入れを持てなかった。
なのできっとこのままメイドとして一生を終えるんだろうなぁとそんな漠然とした思いを抱えていたのだが、ある日思わぬ事件が起きた。
「ソフィア! 愛している、僕と結婚してくれ!」
私が勤める屋敷の跡取り息子である坊ちゃまに、ある日突然告白をされた。
それも買い物に付き合わされた際、人通りの多い商店街の公衆の面前で。
信じられない坊ちゃまの愚行に頭を殴られたような衝撃を受けた。
「……坊ちゃま、ご冗談はお止め下さいませ。私はメイドでございます。坊ちゃまのお相手に相応しくはございません」
私ソフィア二十歳、坊ちゃま十五歳。
主従関係なくとも当然私には断りの一択である。
弟のようにしか見えない坊ちゃまを恋愛対象として見れるはずがない。
それ以前に何故しがないメイドの自分に告白などしてきたのか、そういう遊びが学園内で流行っているのかと、そんな疑いが浮かんだぐらいだ。
「そんなの関係ない! 僕はソフィアを心から愛しているんだ! 僕とソフィアは結ばれる運命にあるんだー!」
運命?
結ばれる運命ですか。
ああこれは恋愛小説の影響だなと、私は坊ちゃまの奇行に納得した。
これこそ年頃の男の子が良くかかると巷で噂の運命病だと分かる。
数年前にもどっかの国の年頃な王子が、この運命病を患ったと一時話題になったものだ。
私は実家の弟たちとは違い、大人しい坊ちゃまを心配し可愛がっていたので、きっとそれを運命のように感じたのだろう。
私は仕える屋敷の坊ちゃまの心を踏みにじらないようにと、それはそれは悲しそうに目を伏せると、坊ちゃまの告白に答えを出した。
「坊ちゃま、ありがとうございます。けれど私達には身分の壁がございます。きっと奥様や旦那様も私達の結婚は許されないでしょう。どうかこのまま私達の関係は清く美しい物にしておいてください。私は大好きな坊ちゃまを心の中でだけ思っていたいと思います」
弟のように。
「ソフィア……」
「坊ちゃま、どうか私の事は忘れて素敵な大人になって下さいね」
私の言葉を訳すと、運命病を早く治してくださいね。だ。
これで坊ちゃまは私と結婚したいなどとそんな迷い事を言うことも無くなるだろう。
きっと運命病からも立ち直りすぐに回復する。
私はそう信じ安心したのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「このあばずれ! よくも我が家の大事な跡取り息子を誑かしたなっ!」
バシンッといい音がするほど強く頬をぶたれ、私はその場に倒れ込んだ。
坊ちゃまに告白された次の日、ご主人様の部屋へ呼び出されると、問答無用で頬を打たれ罵倒された。
どうやら坊ちゃまの運命病は想像以上に重傷だったようだ。
坊ちゃまは買い物から帰るとすぐに両親に私との結婚を懇願したようで、おかげで私は今の状況に陥っているという訳だ。
私の年齢や立場を考えればご主人様のお怒りももっともだと思うが、暴力はいただけない。
それに私は坊ちゃまをそういう風には見ていないし誑かしてもいない。
それよりも自分の息子が運命病を患っている事に気付かなかった貴方達が悪いのでは? そう問いただしたい言葉をどうにか飲み込む。
「あの子には良い縁談が舞い込んでいたのに、貴女のせいで台無しよ! 信頼してあの子を任せていたのにこんな売女だったなんてっ!」
奥様が扇子を私に投げつける。
それが額にあたり地味に痛い。
坊ちゃまの意見も聞かず、そんな婚約話を進めようとしたから強硬手段に出たのではないだろうか。
そう思ったが一メイドがそんな事を奥様に言える訳もなく、私はただ黙ってやり過ごすしかない。
「貴様はクビだ。荷物をまとめてすぐさまこの屋敷から出ていけ!」
「紹介状なんか書きませんからね! 勿論退職金も無しよ! いいわね!」
まあここに呼ばれた時点でクビは覚悟していた。
紹介状無しは痛手だけど仕方がない、選り好みしなければ仕事は見つかるだろう。
けれど退職金無しはきつい。
私の手持ちでは暫く実家に送金できなくなるかもしれない。
まあでも仕方がないよね。
それに姉や兄からも仕送りはあるだろうから、私の送るはした金など両親はあてになどしていないだろう。
私はいつものように「そんなものだ」と諦めを付けると、怒りが収まらないご主人様と奥様に頭を下げた。
「承知いたしました。ご主人様、奥様、今までお世話になり、ありがとうございました」
この瞬間、貧乏な私は無職となったのだった。
初めまして、夢子です。
新連載、どうぞよろしくお願いいたします。
連載中作品
その言葉後悔いたしませんか?
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完結作品
パン屋麦の家
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