プロローグ
この物語で「飛行船」とは、いわゆる「飛行船」ではなく。未知のエンジンで飛ぶ「空飛ぶ船」のことです。
だったら「飛空船」にせい!とはいわないでやってくださいまし。
闇夜に浮かぶ飛行船
いや、ただの飛行船にしては可笑しい所がある。
月明かりに照らされて浮かび上がったその機体は全体が灰色に塗装されており、マークその他の識別記号と言えるものが一切されていなかった。
おまけにこの深夜にも関わらず無灯火。
明らかに昼間の仕事をしているような船ではない。
雲と雲の間を渡るように飛ぶその飛行船は何かから逃げているようだった。
突如飛行船の後方5リーグほどの所に小さな光点が見えると、白い糸のような軌跡を曳きながら何かが飛行船の真上あたりに飛んでいき、弾けた。
何かは眩しいくらいの光を放ちながらゆっくりと落ちて行く。
周囲が反射で明るくなり、灰色の飛行船は雲とのコントラストでハッキリと写し出される。
・・・照明弾だ。
飛行船の後方から、再び今度は赤の信号弾が放たれる。
・・・停船信号。
しかし、灰色の飛行船からは、それを無視するように先ほどまではしなかった機関音が響きだし、両端に2つずつある駆動輪が唸りをあげる。
逃げるようだ。
雲と雲をよたよたと逃げ回っていたのが嘘のような素早さだ。
すると、後方からも動きがあった。
さきほど信号弾が上がった雲の中から、同じような駆動音が響き出す。
雲が割れたかのように、その中から巨大な飛行船が現れた。白を基調とし両側装甲板の中心にレリーフとなった白薔薇の紋章が象られている。
灰色の飛行船と同様に両端2つずつの駆動輪が後方を向き、一斉に青白い光を付けるとその巨体を物ともしない加速で灰色の飛行船を追いかけ出した。
「不明艦、方位2-1-3、距離3000、速力20ノット。増速中」
「羽4つに無紋。間違いありません」
現れたその白い飛行船の艦橋では、数人の士官らが固定式双眼鏡を用いて灰色の飛行船を逃すまいと追う。
「音紋解析」
その中央の一段上がったところには見事な意匠で作られた白い椅子があり同じく白い軍服を着た女性が座っていた。
年齢は・・・10代後半といったところか。濃緑の瞳に白銀の長髪を肩で束ねている彼女は、傍から見ればどうしたって軍人には見えない。
がしかし、その鮮やかな瞳は、狭められた瞼の下から、艦橋窓からは点のようにしか見えない”それ”(灰色の飛行船)に向けられ、小さな口は不敵ともいえる笑みを浮かべている。
その様は、まさに獲物を見つけた狩人のようであった。
・・・逃がしはしない。ふふっ
「音紋照合。不明艦、情報なし。未登録艦です!!」
彼女はすっくと立ち上がる。
「規定により不明艦を空賊と断定!!本艦はこれより哨戒を中止し、空賊の捕獲を開始する。左舷砲列照準、10時方向積雲および不明艦の前方!弾頭、通常圧搾弾。」
鐘を叩くような凛とした声が艦橋に響く。
「了解、左舷砲門1番から6番装填開始。弾頭、通常圧搾弾。」
「左舷砲門1番から6番、圧搾弾頭装填完了!!」
「目標距離1.53マイル。軌道誤差修正マイナス7度」
「軌道修正完了しました!!」
一拍置いて彼女はふうと息を吐きだすと、灰色の飛行船の方向を瞳で指さして指令する。
「舵、中央へ!撃ち方はじめ!!」
砲撃開始!砲撃開始!と復唱が続き砲術長が伝声管にむかうと
ドンッドンッドンッ
重い地響きのような振動とともに白い巨艦の左舷に並んだ砲列が前から順に火と白煙を吐く。
遠くへ目をやれば、灰色の飛行船が逃げ込もうとしていた積雲がボコッボコッ
と凹んだように陥没し、直後霧散する。
「いいわよ!!」
にげられないわよ。おとなしくお縄についてもらうんだから。
ふっふっふと笑う彼女を尻目に灰色の点は、動きを止めようとしない
そして・・・
「ふっ不明艦より砲撃炎を確認、炎数3」
「えっ?」
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに口元に不敵な笑みをうかべる。
なに?わたしとやり合おうっていうの?上等じゃない!
「ただちに左舷へ回避!右舷補助機関最大!」
白い巨艦は右舷側面から圧縮された空気を勢いよく噴射し、加速したまま左舷方向に平行移動する。
「撃ったってことは撃墜される覚悟があるわけね!機関第3戦速。弾頭変更、通常弾頭。装填次第再度・・・!」
カンッ!
突然軽い衝撃が艦橋をゆさぶる。
「ちっ着弾!?」
艦橋の窓の外を見ようとすると外の景色が白く染まっていた。実弾でないことに
まず安心した彼女だが、それよりももっと重大な事実が彼女の頭をよぎる。
「煙幕?」
艦橋の誰かがつぶやく
「煙幕弾です!視界が・・・」
「落ち着きなさい!すぐ抜けるはず。」
彼女がそう言った矢先
カンッ!
再び軽い衝撃に艦橋が揺れる。
カン!カン!
その後も数度同じ衝撃があり、艦橋の窓は依然ホワイトアウトしたままだ。
まさか・・・軌道を読まれてる・・・!?
「左舷補助機関に切り替えて!!」
「了解!」
白い煙に包まれたまま白い巨艦は今度は左側に圧縮空気を噴き出す。
・・・が、
カン!
「!!!」
噴射して数秒後、なおも音は鳴りやまない。
どうして?なんで・・・?なんでこの艦の位置がわかるの?
しかもなんていう精度!!
「艦長!不明艦接近します!」
両耳に大きなヘッドフォンをつけた士官―音響員―がさけぶ。
「距離300、200、100。左舷側に交錯します。」
この短い間に進路を変えて、接近したというの・・・!?
「左舷砲れ・・・」
「間に合いません!!」
艦橋の窓はホワイトアウトしたため見えないのだが、そこからかすかに青い光が見えてくる。
するとその近くで3回ほど閃光が瞬いた。
「総員衝撃に備えよ!!なにかにつかまれ!!」
彼女は伝声管をひっつかむとそれだけ言って自らの椅子にしがみつく
瞬後、凄まじい衝撃が艦橋を襲う。
「う・・・く・・・」
なおも近づいているのか、消えかかる白い煙幕の間から灰色の飛行船が姿を現した。
その両端に付けられた駆動輪が放つ青い光が艦橋内に反射する。
・・・ぶつけるつもり!?
「操舵士!左回頭!!」
「それでは艦のバランスが保てません!」
「いいからやって!!」
床に投げ出されたらしい操舵士が舵輪に取りつき、大きく左に回す。
巨大な白の飛行船は右方向に水平移動しながらも艦首を左舷側に向け、灰色の飛行船との接触を避けようとする。
がしかし、巨大な全長のために艦尾がその突撃を避けることはできなかった。
グガアアアアアン
「う・・・・くぅ!!」
地の割れるかのような衝撃とともに艦橋の船員たちは座席から大きく投げ出された。
衝突と急激な旋回によってにバランスを失った白の巨艦はそのまま大きく右に傾く。
「艦長ぉぉぉぉ!復元できません!!」
一人舵輪に何とか食いついていた操舵士が悲鳴を上げた。
「馬鹿もの!!敵に食いつかれてるんだ!!左噴射停止!!!」
操舵士の横の制御卓に食らいつき左噴射のスイッチを切ると同時に艦の振動が止んだ。
艦橋窓を見ると、切れてゆく白煙の彼方に灰色の飛行船が背を向けて悠々と逃げ去っていくのが見えた。
「くっ」
冗談じゃない・・・と呟きながら、彼女はこぶしを握り締める。
「あれが空”賊”であるものか!!!」
拙い作品を最後まで読んでいただきありがとうございます。
今後も自己満足的に続々更新しようかと(笑)