96.あらやだ、ロイ不機嫌そう
門を突破されてからは早かった。
凄腕の魔法使いというのは伊達ではなく、瞬く間に城内を制圧していった学院長率いる各領地の騎士は、敵か味方か区別がつかない騎士団の者たちをまとめて取り押さえた。破壊活動をするメルヴィンたちを邪魔すべく、魔法で城を支え、そして対峙したレークス率いる第六騎士団の者が、魔法使いを次々討ち取った。
食堂に閉じ込められた使用人たちが解放される頃、あちらも決着が付いていた。
メルヴィンは生きて捕らえられ、バンゴール国王は、今回の騒動にまったく関与していない、第五王子の独断で、処罰は好きなようにしてもらって構わない。ただ、独断とはいえ、息子である王子のやったことなので謝罪し、物資を送る。できうる限りの支援はする。周囲への牽制は任せてくれと、新しい戦にならぬよう動く旨を約束した。
実際、王都はひどい有様だ。城は半壊し、貴族の屋敷がいくつも潰れ、街は燃えた。門の損傷も激しい。
今他国が攻めて来たら、迎え撃てはすれども、復興が遅れる。
王はバンゴールの謝罪を受け入れることにした。
イライザは、他にもいたバンゴールからの冒険者の一人だった。
こちらで罪を犯し、ほとぼりが冷めるまであちらで身を潜めていようとしたところ、声を掛けられ、話に乗ったそうだ。
あの食堂には何人もそうやって巻き込まれた冒険者を装った、バンゴールの者たちが潜んでいたという。
ただ、城が潰れるという話から、とにかくその場から逃げるのを優先していた。所詮雇われた者たちだ。
イライザは、アリスとロイを見つけて、我慢できなくなりせめてどちらかだけでも道連れだと、剣を向けたそうだ。
これは、虫の息だったイライザをアメリアが回復させ、尋問して吐かせた話だ。
食堂の状況がわからないと、ほとんど無理矢理に生き返らされたようなものだった。
首謀者であったメルヴィンと、その娘の夫、そして第五王子は斬首。
イライザも、同じように首を刎ねられた。
あれから一ヶ月経った。
城を再建設するのはまだまだかかりそうだ。だが、その費用はバンゴールからの大量の寄付でどうにかするという。
今は比較的被害の少なかった学院を仮の拠点とし、王族が日々忙しそうに采配していた。
「アリスさぁ~ん!! 低級回復薬もう少しお願いします」
「魔力がちょっと足りなくて……」
「これ以上無理をさせるな」
学院の研究室で、アリスはこのところ回復薬作りの手伝いをしていた。
ことが落ち着くまでは王都にいてくれと頼まれ、そうなるとやることのないアリスは学院で治療院のための薬作りに勤しむこととなった。
「ロイさん邪魔しないでいただけますー? 王都再建でどうしても怪我が絶えないんですよ。しかも軽い怪我がねっ!! アリスさんの低級回復薬は少しで効き目があるので重宝するのですよ!」
「魔力の使いすぎはよくない。ダメだ。あんたが作ればいいだろう」
「魔力は薬を飲めば回復できますから。大きな図体したのがうろちょろしてると面倒なんで、とっとと迷宮潜って物資回収してきてくれません?」
迷宮産の金属がかなり、よい資源になるらしく、今王都は迷宮に潜り、城再建の物資集めに忙しい。冒険者もたくさん駆り出されている。
「見張ってないとすぐ無理をさせるから、あんたたちは信用ならない」
正直、学院の人たちの働き方は異常だと思うのでああはなりたくない。だが、有事の際はそうも言ってられないというのはある。
「ロイ、皆大変なときだから……」
「アリスは、本来ミールスで平和に暮らしていられたはずだろ。ここで協力してやってるだけでもありがたく思ってもらって当然なんだよ。これ以上無茶をさせる気は一切ない」
絶対に引かないロイにターニャは拳を握りしめて不満を露わにしていた。
「ロイ、一回分だけだから」
「……アリスは甘すぎる。早くミールスに帰ろう」
「えっ!? アリスちゃん帰っちゃうの!?」
ちょうど扉が開かれて、ジェフリーが入ってきた。手に握られた皿に、お菓子が入っている。
その皿をそばのテーブルに置くと、駆け寄ってアリスに抱きつく。
「アリスちゃん、行かないで。行っちゃやだ、アリスちゃん」
幼い子どもが間近であんな現場をたくさん見て、心に傷を負っていないか不安だったが、わりあいすぐ、いつも通りのやんちゃな彼に戻った。保護者である、壁の賢者エイブラムが無事助け出されたのも大きかった。
「アリスちゃん、お嫁さんになってよ。そしたらずっと一緒にいられるよ」
「ダメだ! アリスは俺の――」
ぐっとそこで詰まるロイに、ターニャは軽蔑の眼差しを向ける。
「そこで言い切れないのが残念な男ですよ。ジェフリー以下です。アリスさん、すみませんが、一回分お願いします。今日はもうそれでおしまいですから」
そう言ってジェフリーの手を引いて部屋から出て行く。低級回復薬の材料はしっかり置いてあった。
残された気まずさを誤魔化すように、アリスは回復薬を作る準備を始めた。
メルクたちは迷宮に潜っている。緊急時だと、騎士団の人たちと一緒に潜っているのだ。
ロイは、アリスが心配だからいかないと拒否した。次に潜るときにと言って、半月が経つ。
調薬を始めてしまえば、余計なことは考えないのだが、それもすぐ終わってしまうのだ。
部屋に用意されたお茶で、先ほどジェフリーが持ってきてくれたお菓子を食べる。
研究室の端にある小さなテーブルに、ロイと向かい合って腰掛けた。
無言の時間が続くが、菓子はそれほどない。
最後の一つを前に、手が止まる。
「アリス」
「うん」
最近起こった出来事とともに、いろんな人の言葉が渦巻いていた。マリアや、カレアーナ、そしてスミレ。
冒険者は、ころっと死ぬというあれだ。
実際、ロイは死んだ。あのとき、アリスがいなかったら確実に死んでいた。たまたまだ。たまたまアリスの目の前でことが起こって、聖者として移動する力があったから助かった。
もしそうでなかったらと思うと、今でも寒気がする。
「アリス」
そう言ってロイはアリスの手を取った。
ロイの青い目が真っ直ぐこちらを見ている。
「俺は、冒険者しか出来ない。それしか出来ないんだ。ずっと一緒には居られない、だから、せめて……せめて街に居るときはと思ってたんだ」
街に帰ってきたらいつも真っ先に店に来た。
幼馴染みだから、祖父が亡くなってアリスが一人だからと、そう思い込んでいた。
ロイは、ロイにはお似合いの人がそのうちできるから、そう思っていた。
アリスも手を握り返す。
「アリス、ミールスに帰ったら――」
バンッと大きな音がして扉が開いた。慌てて手を引っ込める。
「ただいま〜!! 騎士団強すぎた! やっぱり迷宮は楽しい〜!! ねー、王都に定住しようよ〜」
「疲れた!! お風呂入って寝るわよ!!」
「何か美味いものが食べたい。疲れた」
「フォンは斥候として優秀すぎたな」
「お帰りなさい!」
立ち上がって迎え入れる。
「あらやだ、ロイ不機嫌そう」
「どうした、ロイ。またターニャ様に無理言われてるのか?」
ロイは答えない。
アリスも黙って笑っていた。
「ねえ、アリスさー、ミールスじゃなくてこっちに住んでよ〜」
「うーん、でもおじいに貰った店が……」
「アリスがミールスにいる限り、ロイがミールスから動かないんだもん」
キャルが笑って言う。
後ろにいるロイを見上げると、少し笑って言った
「アリスが王都に住むなら別にこっちでもいい」
「あらあら~、迷宮潜ってる間に前進したの?」
マリアの言葉にロイはそっぽを向いた。
アリスも敢えて何も言わない。
だが、自分の気持ちはよく分かった。分かってしまったのだ。
「こっちに家があれば、好きに行き来出来るかな」
たとえば、二人で暮らせるくらいの家が。
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もう一話あります。




