91.王の首をはねるのは私だ
目の前を行ったり来たりする男に、苛立ちと言うよりも哀れみすら覚えてくる。
それを娘の夫である、モルバラン公爵の息子カンドールがなだめていた。彼は物事の道理と、今何をすればいいかをよくわきまえている。苛立ちの男、バンゴール王国の第五王子、ウォルバール王子は今回の遠征で手柄を手に入れ、王位継承権をと思っているようだが、そこまでの器ではないだろう。
だが、バンゴール王の一番のお気に入りである側妃の子だそうで、何かしら箔をつけてやりたいということらしい
ここについていては、バンゴールの中で勢力を伸ばすことはできないが、足がかりにはできそうなのでそれなりの対応をしてはいる。
しかし、忍耐というものを母親の腹の中に置いてきたのか、たかが二日事態が停滞している程度でこの有様だ。
ここまでいくつも、綿密な計画を立ててきた。
今の王は内政を収めるといい、辺境の領地へ、あくまで戦は受ける側であれと言う。だが、もともとウェーコール王国はいくつもの国をまとめてのし上がってきた国だ。攻めるのではなく、守れというのは、諸侯の不満を積み上げるだけの事態となった。
これだけでは反旗を翻すまでにはいかない。
今の王は、うんざりするほどことを収めるのが上手い。
バンゴールの王に、話を持ちかけられたのは、娘の婿にするべき相手を考えあぐねていた頃だ。王国内に嫁がせる利のある年頃の男がおらず、諸外国へ目を向け始めていたとき。
小競り合いをしつつも、外交には力を入れるべきだと常々思っていたのだ。あちらも攻め初めは常に魔物の侵入があり、と、魔物や盗賊のせいにする。とはいえ侵入してきたと武力を盾にして、やり合いが始まる。
ノールモルデン公爵領は、外国に接しているわけではない。だが、縁戚関係にあるラウンドル伯爵領は、バンゴールに接しており、度重なる侵入に頭を悩ませていた。その相談にもよく乗っていた。
あるとき、ラウンドル伯爵から内密の話があると持ちかけられたのだ。それが、バンゴールと共謀し、このウェーコール王国を乗っ取らないかというものだった。
提案に、最初はもちろん激怒した。
そう、演技した。
ラウンドル伯爵もよくよくわかっていたのだろう。
メルヴィンの内に燻る感情を。
そして、娘を嫁にやった。
娘は、頭の良い子だった。
メルヴィンの意図を十分理解して嫁いだのだ。
内側から弱体化させようと、色々手を尽くした。
辺境の領地と違って、王都に近い内陸の貴族たちは、争いのないこの状況にすっかり腐抜けている。
金を巻き上げ物資を巻き上げ、そうして内側から弱体化させた上で、王の首を取ればいいと思って準備してきた。
『精霊の互助会』は、とても巧い方法だった。アレを考えたバンゴールの詐欺師の言うことには舌を巻いた。
最初は、平民でいい。平民から、徐々に貴族へと巻き込んでいくよう命じた。
途中に巻き込まれに行く貴族はいくつか選別してあったのだ。
そうしなくても、入り込もうとしていた。
貴族が下に加われば、平民からの申し出も受け入れ解決の道を探らねばならない。貴族より平民の方がずっと多いのだ。その平民がヒエラルキーの上にいる。
その事実に貴族たちが気付いたとき、どのようなことが起きるか。
あと少しだったのだ。
子爵あたりから始まり、男爵へと広まるか、それとも、伯爵へと広まるか。楽しみにしていた。
あと少しだったのだ。
脳裏に、あの少女が思い浮かぶ。
忌々しい。栗毛の聖者。
まだ能力が開花していないという、あの小娘がすべてを台無しにした。
錬金術で腕輪を作っていた男を、即座に始末させた。
一年近く準備した計画がご破算となり、あの小娘を前にしたとき、苛立ちを顔に出さないことに全力を注いだ。
聞けば他にも面倒ごとに巻き込まれながら、自分で解決するように上手くやっているという。
何かそういった方面の力でもあるのではないかと思っていた。
次の手をと思っていたところへ、バンゴール王国からのあの、無礼な希望だ。
聖女を貸し出せ? 誰がこんな馬鹿なことをと問い合わせているうちに、断りの返答が出されていた。
当然だ。
当然なのだが、それでは交渉の余地もなくなる。
宰相である己を差し置いて勝手にことを進めたウェーコール王に心底苛立った。
そして、もうやることにしたのだ。
押し進めることにした。
王の首を取ってしまえば、この国は瓦解する。
どこの領主も元々血の気の多い者たちだ。
領地に騎士を大量に抱えている。だからこそ、攻めあぐねていたのだが、トップの首がすげ変わり、バンゴール王国とともに周囲を攻め立てる方針を打ち出せば、乗ってくる領主が半数以上いる。
その辺りを丸め込む自信はあった。
外交をというのは、それが決裂するのならば武力で押さえてしまおうという表明だ。メルヴィンはずっとその方針を推してきている。
「ウォルバール様、そろそろお食事にしましょう。日も暮れてきました」
「……奴らは飲まず食わずで丸二日だぞ? そなたたちの計算では魔力はとうに切れているはずだろう」
王家を急襲した。
だが、さすがといおうか。それとももう警戒されていたのだろうか? 例の魔道具がある部屋に籠もられた。
まあ、籠もっていても、最小限の守りだけでも、三日もたない。
そう報告を受けている。
学院の緑の教授、ヴォンアイグ家の者がそう言っていたのだから確かだろう。
王城はこちらの支配下にある。城の中にもかなりの協力者を紛れ込ませていたのだから。多少の日時はかかろうとも、あの部屋の守りが消えるときは、魔力を使い果たした王族たちがいるだけだ。
他国の侵入を甘んじて受ける、腰抜けの王として首を門前にさらせば、立場を考えていた貴族たちもこちらにつくだろう。
騎士団は家門だ。
家の方針で敵にも味方にもなる。敵になったら切り捨てていけばいいだけだ。
「最後のあがきでしょう。明日の朝にはさすがに守りも解かれるはずです」
「王の首をはねるのは私だ」
ウォルバールがにやりと笑う。
本当にいやらしい男だ。残虐なその嗜好を隠すこともしない。
こいつの暇つぶしに、城の兵士が何人も引き渡されているのを、メルヴィンは黙認していた。
バンゴール王よ、可愛い側妃の子どもはとんだ屑に育っているぞ。
「ウォルバール様。このクーデターはバンゴール王国の力を借りて、我々ウェーコール王国の貴族が成し遂げなければならないことです。申し訳ございませんが、王の首は我らにお任せください」
この男に刎ねさせては計画が狂うのだ。
「なら、他の王族を寄越せ」
「ウォルバール様。その辺りはまた、制圧したときに話し合いましょう。ほら、食事が」
娘の夫であるカンドールが促し、酒を注ぐ。
蔑ろにしすぎてはいけないが、いい加減どこかに閉じ込めておきたい。と、こっそりため息を吐いたとき、外で大きな破裂音が聞こえた。
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