90.私たちとまったく別の世界の食べ物です
アリスがビニールハウスに戻ると、トシがうつらうつらしていた。
「おおう、アリスか。どうだ」
「王様にお手紙渡せました。トシさん、寝てください。ご飯は、ここのパンもらっていきます。あと、ペットボトルのお茶とか」
「王族の皆さんのお口に合うかねえ」
「ふふ。どうでしょう。ここは何度も開け閉めするかもしれないけど、気にしないで」
「気にならないわけがねえだろう。が、確かにちょっと仮眠しないとな。ここで寝るから、何かあったら起こしてくれよ。なあに、揺すられないと起きないから大丈夫だ」
そう言って、トシは何やら組み立てだす。すごく低いテーブルのようなものの上に、白いくるくる巻いてあった細長いクッションを広げる。
「もうこれなしでは寝られなくてなぁ。身体にフィットしていいんだよ。じゃあな、アリス。気をつけて」
「はい、おやすみなさい」
アリスはエコバックとやらにパンと、ペットボトルを詰めて扉の中に移動する。プラスチックのコップも一緒だ。
「アリスさん……それはなに?」
「これ、私たちとまったく別の世界の食べ物です」
にこりと笑うと、アメリアは興味深そうに眺めていた。
防御の間に逃げ込んでいたのは、王と正妃、ギルバート王子とアメリア、第二妃とその小さな子二人。あとは護衛が十名ほどだった。
「まさか、メルヴィンがな……」
誰だっけ? とアメリアに目を向けると、彼女はメロンパンにかじりつきながらにこりと笑った。
「彼はもともと諸外国との交流を大いに望む政策を押し続けていますから。それに、彼の長女はバンゴールの公爵に嫁いでおります。交流という名の元に大手を振って手紙をやりとりしていました」
「バンゴールは王が替わってから戦争推進の一途を辿っていましたからね」
チョココロネに目を輝かせながら、第二妃が言うと、正妃も頷いている。彼女はチュロスがお気に入りのようだ。
初めは異世界の食べ物と手をつけなかったが、子どもたちが甘い匂いに我慢が出来ず手を出した。
紙皿の上にビニールから取り出して並べた物を、ぱくりとやって、その反応に大人たちも不安ながらに手を伸ばした。
アリスも前にもらったが、本当にパンが柔らかいのだ。びっくりするほど。
皆と同じようにプラスチックのコップを潰しながら、お茶を飲んだりジュースを飲んで、やっと人心地ついたところだった。
「それではすまないが、クラリッサにこれを届けてくれるか?」
「はい。それでは失礼します」
アリスは扉を開いてビニールハウスを経由する。トシがぐっすり寝入っていた。お年寄りに無茶をさせてしまっていて申し訳ない。
もう一度扉を開くと何人かはソファで休んでいた。
「アリス!」
「お待たせしました。皆さんお元気でしたよ。差し入れをしておきました」
そう言ってもらってきた手紙を渡すと、学院長はペーパーナイフでそれを開いた。
「加担している家門は、ノールモルデン公爵家を筆頭に、ヴァンアイグ公爵家、ラウンドル伯爵家以下家門のようね……。アリスが行っている間にミアが戻ってきてね、多少相手の騎士の数を減らしてはいるけど、近隣の農村に隠れていたらしき、バンゴール王国の騎士が増えてきているそうよ」
「しばらくは籠城かしら……市民の様子も気になるのよね。そういえば魔力回復薬は渡せた?」
そうだ、忘れていた。
「それが、トシさんと相談しているときに、ここの周りだけやたらと手薄なのがおかしいって言われて、今回は行っていないんです」
「やたらと手薄……そうね、結局彼らが城で暴れないのは、王族が魔力が尽きて根を上げるのをまっているのよね。今までの話だと、その方はとても思慮深いように思えるし、忠告は聞いておきましょう。となると、他から魔力回復薬を手に入れないとね」
「それなら、我が家の倉庫にある分を使えばよいかと。一応数本は常備してます」
レークスの屋敷なら、アリスは行って帰ってこられる。
「三本あれば十日は保つ。それくらい、この装置に組み込んでしまえば魔力消費量は少なくなるのよ」
「アリス、詳しい場所を教える。カレアーナが扉は開けてくれるし、なんなら鍵を開けないで中に入ってそのまま渡しに行ってくれ」
「はい」
仕事がある方が気が楽だった。
どんな風に王国を救うかまでは、アリスには考えが及ばない。
「軍が動いているだろう。各領地に伝令を私から飛ばした。ミールスの領主からも行っているはずだ、彼がアリスを信じたのなら」
「目の前で扉を開けたので信じてもらえたとは思いますよ」
「情報を得にくい状況というのは、戦争に不利だな」
「本当に。たぶん、バンゴールに隣接している領地はすでに寝返っているのでしょうね。ここで収めても、その後のことを考えるとうんざりします。が、まずは王都を制圧しなければ」
「だな。すべてはそれからだ。王都をこちらの手に確実に取り戻してからのことだ。夜も更けたことだし、街の様子を探ってきてくれるか?」
そう言われて答えるのはメルクたちだ。
何度も来ていて街のことには詳しいだろう。ミアも出ると言う。
「それじゃあ私も行ってきます。カレアーナ様はもう寝ているかもしれないし、扉の位置もわかるので直接中に移動していただいてきます」
部屋の中の詳細な配置を教えてもらって、アリスはまた移動だ。
移動して移動して、これには魔力を使わないようだった。
アメリアの治癒も同じなのだろうか?
扉を開けるとばっとこちらを高貴な方々が見やる。
「失礼しますね」
防護の間は、立て籠もるように作られている。色々な設備もあるのだが、今回はあまりに急で食料や水などが確保できなかったそうだ。それさえ手に入ればかなり安心していられる部屋だ。子どもたちが部屋の隅のついたての向こうで眠っているそうだ。
「クラリッサ様からのお手紙と、魔力回復薬です」
「おお……助かった。五本もあれば十分守りを続けられる」
気疲れはしているが、食料も水も十分で、最初に見たときよりは顔に生気が見られた。
「今、街の状況の把握に走っているそうです」
「そうか……そなたの能力で何か打開策をと思うのだが、人が通れないのなら、難しいな」
「通ったらあちらの世界から帰ってこられなくなりますので」
そうだなそうだなと、王は笑う。
「外の貴族たちも戸惑っているのだ。たぶんな。明確な敵がわからない」
「きっとだが、ヴォンアイグ公爵家もラウンドル伯爵家も、今は外では被害者面をしているのでしょうね。屋敷は、緊急時には門を閉じれば入るのが難しくなる。屋敷を守る魔道具も多いですし」
ギルバート王子の言葉に王は頷いた。
「もし、その家門が敵だとわかったらどうなりますか?」
「そこの子飼いはあちらにつくかもしれんが、他の家門は屋敷の騎士とともに、タウンハウスを襲いに行くだろうな」
「ウェーコールの人間は血の気が多い。父上が平和的に治めるのに、いつも苦労しているのさ」
「タウンハウスの前で、拡声の魔道具で演説したいものだ」
はははと、王は笑った。
ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。