9.お前さん、そいつらグルだ
戸締まりをして待っていろと、パンを置いたままロイが出て行った。
よくわからないが、アリスは中級回復薬を瓶詰めする作業に没頭した。
この間からよく出るので補充しなければならない。
また瓶を発注しないと。しかし戸締まりをしろということは、家を出るなということだ。
午後からが大変暇になってしまった。
先ほどの何が問題だったかよくわからない。
女一人でやっていればああいったことは多々ある。だいたい周囲の店が気付いてくれて、覗きにくると、なんだかんだと言いながら帰って行くのがいつものことだ。
ある程度仕方のないことだし、そのためにご近所付き合いはしっかりしている。祖父の時代にだっていたのだ。ロイだって何度かその場面に出会ってるはずなのだが。
よくわからなくなって、アリスは今、倉庫の前に立っている。
戸締まりをしておけというのはアリスに家を出るなということだ。家を出ないなら、魚屋の奥さんやパン屋のハンナに聞いてみることもできなかった。
ギルドに行ってくると言い残していた。ギルドまでは行って帰っても一時間かかる。ロイが帰って来る前に帰ってこられる。
ピリッとしたいつもの痛みを感じつつ、扉を開けると、トシがいた。
「おう、アリス。どうした浮かない顔して」
トシが椅子に座っている。テーブルもある。
「ほら、こっちにこい。レモネードがあるぞ」
「お前さん、そいつらグルだ」
その後スミレが硬い棒についた甘い物を持ってきてくれた。あら、アリスちゃんもいるのね、すぐに用意するわと追加で色々揃えてくれる。
今までブルーシートだった場所にテーブルと椅子が出現していた。
「グル?」
「その、シルバーランク? のトールってやつとその前のやつら。グルでやってんだよ」
トシの言っていることがわからず、アリスは首を傾げる。
それにしてもこの、薄紫色の硬い物はなんだろう。とても美味しいが硬くてかめない。そのうち口の中で溶けると言われたが、冷たすぎてずっと口には入れてられない。
「最初にお前さんを三人で脅す。女一人に男三人とはふてえやつらだ。もうその時点でこちらはびびってる。そこへ優しい顔した男がそいつらを蹴散らす。助かったってなもんだ。ところで、こういったやつらはこれからも来るだろう。どうしてもな。俺がいつも見回ってやるよ。その代わり、みかじめ料を寄越せって寸法さ」
「すんぽう……」
「ロイの坊やが言ってたんだろ? トールってやつに、お前の仲間三人がそこにいたぞ? ってな。坊やはアリスの話を聞いてすぐにわかったんだろうよ。トールってやつが仕組んだことをな。なんだ、冒険者ってのはヤクザもんか?」
「ヤクザもん??」
「ヤクザ、ごろつき、外国風に言うとマフィアか。暴力と恫喝で人から金を巻き上げるようなやつらなのか?」
それにはアリスは首を振る。
「冒険者は冒険者ギルドに登録して活動する人たちのことだよ」
「ロイの坊やの顔見知りってことは、そうなんだろうな。シルバーランクとか言ってたんだろ?」
「ブロンズ、シルバー、ゴールドの三段階。シルバーはそれなりにいるけど、ゴールドはあまりいない。ロイも若いけどシルバーになれるくらいの実力はあるんだって。試験受けてないだけで」
「そのシルバーランクがなんでそんな人様脅して金巻き上げようなんてしたんだろうな」
実際には回復薬を負けろと言われて、金を出せは言われていない。
「とにかく、ロイくんがいて良かったわね。頼りになる幼なじみさんね」
いつの間にかスミレは薄紫色の冷たい菓子を平らげていた。アリスは未だ囓ることができない。固い。
「まあ、そのシルバーランクがやらかしたって報告をしにいってるんだろうな。なんかしら処罰が下るんだろうよ。しばらくは身辺気をつけろ。身を守る方法はあるのか?」
「ううん……店の周りはそんな危ないようなことはないよ。街の中もそこまで」
「昼間の明るいうちに活動して、暗くなったら家から出ないこと。戸締まり大切、かしらね」
と、開け放たれた倉庫のドアから音が漏れてくる。誰か扉を叩いている。ロイが帰ってきたにしては早い。
「ごめんなさい。これ、ごちそうさまです。また来ます!」
「おう、気をつけてな」
扉をあちらとこちらと両方しめると、最後をやっと噛んで飲み込み、棒を加えたまま店の扉に走る。
「アリスちゃーん」
マリアの声だ。
「はい。今開けます!」
「こら! ロイから開けるなって言われてるんでしょう?」
「あ、ええっと」
「まあ、そのロイから一緒にいてくれって言われたのよ。入れてちょうだい」
鍵を開けて中へ招き入れ、再び戸締まりをする。
「なんか私もよくわかってないんだけどね。お疲れ様」
「私もよくわかってないです」
トシに説明してもらったが、トシの予想がたくさん入っているので誰かこちらの人間に説明してもらいたい。
なのでマリアにあったことと、トシの予想を交えてこういうことかと確認した。
「そーゆうことねえ。あいつら最近護衛依頼失敗して、評判下がって依頼がなかなか受けられないらしいから。そのせいで金がないんでしょうね。シルバーなのはトールだけで、他の三人はブロンズの上だしね」
ブロンズにも上中下とある。
「落ちぶれた冒険者はそういったことをし出すやつもいるのよ。気をつけないとね。それにしても、女の子だけでやってるのをわかっていたみたいよね、あいつら。そういった情報どこから手に入れたのかしら。街中で聞いたなら、ロイの幼なじみってところまで拾いそうなもんだけど」
うーむ、とマリアが肘をテーブルについて、顎を手のひらに乗せて悩んでいる。
マリアは、とても美人だ。長い金髪を高い位置でまとめて結い上げて、口元のほくろが色っぽい。性格ははっきりしているので、何度かきっぱり振っている場面をみたこともある。薄紫の瞳に見つめられると、アリスですらドキッとする。
「これは、私が行った方がよかったかしら。相手はシルバー。ロイはブロンズだからね」
マリアはシルバーの中だ。パーティーの中ではロイが一番若く、経験も浅い。
「私は安全第一。護衛任務が性に合ってるけど、キャルやフォンあたりは迷宮に挑戦したいって気持ちもあるみたい。メルクはそれならパーティーを移るしかないし、経歴を高めるためには後押しするって言ってるんだけどね。ロイがシルバーになったら二人がさらに騒ぎそう」
といってこちらをチラリと見た。マリアの流し目はなんだかそわそわする。
「ロイが迷宮に行くのはどう思う?」
「もしものために、上級回復薬を持っていってもらいましょう!」
そうじゃないのよ~と言われた。
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マリア姐さんて感じで。