89.アリスの能力を最大限に使う
アリスには敵味方の区別がそこまでつかない。
アリスの目的は、防護壁の中にいる人たちと連絡を取れるようにすること。
つまり、防護壁内へ侵入することだ。
「ずいぶんと、危ない経路だな」
アリスがビニールハウスに出ると、夜にも関わらずトシがいた。スミレは家で眠っているそうだ。
「こっちの方がいいんじゃねえのか? アリスの能力を最大限に使う、なんだろ? んで、ここの部屋は人がいないってその学院長さんの魔道具でわかっているそうじゃないか」
「ああ……ここにはね、魔力回復薬がたくさんあるんだって。城の防護壁、私たちが移動時に使ったほどじゃないけど魔力は使うの。助け出すまでに、ここに籠もってる人たちの魔力が尽きないように届けて欲しいから、ここからいただくのがいいだろうって」
「うーん……魔力、大切なもんなんだよな? ならその部屋を放置しているのもどうかと思うんだが」
「そんなに変なこと?」
「戦いの基本だが、補給路を断つってのは重要なことなんだよ」
「実際断たれてるから、必要ないってことじゃないの? 魔力回復薬は結構なお値段がするから、自分たちで使おう、とか」
「うーん……その割には、こっちの厨房とか、食堂のまわりには人員を配置してるだろ? ここだけわざと開けてるようにしか見えねえんだよ。魔力回復薬はすぐすぐ必要なわけじゃないだろ? ここを避けて、こっちのルートで行こうや。その王様たちと話してからでもいいだろう」
なぜか、トシの話は聞きたくなってしまうのだ。
さらに、トシは絶対安全に行けるルートとやらを細かく作ってくれた。
扉を開ける回数は増えれば増えるほど見つかる率が高くなる。
だが、必要なところはこまめに開けて、安全に行くべきだと言われた。例えば、廊下の角なんかは、前回と同じように鏡を使えと。
アリスが前回口元を血まみれにして帰ってきたのを気にしているようだった。
扉は、顔を出さなくても目の前のことならばわかるのだが、その先をどうしても見なければいけない。手を突っ込んで、鏡を出さないとだめなのだ。
そのときだけは慎重に。回数を重ねた。
そして、トシと一つ一つ確認しつつ、とうとうあと少しのところまで来た。
「ここにはどうしたって見張りがいるだろうさ。だからな、アリス。イメージしろ、小さな、とても小さな手首しか通らない扉を作るんだよ。しかも足下の方にな」
学院で行ったことと同じだ。
人を移動させる。少しでも妨げる者を減らす。
ほら、と渡されたのは、ひもを引っ張るビービーと音を鳴らすものだった。こんな音、聞いたことがない。そして、とてもうるさい。
それじゃあ手はず通りに、と。
アリスは小さな扉を想像する。扉は、内開き。
「ほら、扉の大きさも自由自在だ。すごいな、アリス」
すぐそこには床が見える。アリスは防犯ブザーとやらをあちら側へそっと置く。と同時に、手を突っ込んで、前回は使えなかったぷしゅっとして相手を怯ませる、唐辛子スプレーを振りまいた。そして素早く閉める。
足音は聞こえていたから、音につられて見張りはこちらに寄っているだろう。あわよくば目が痛くなるスプレーで苦しんで異変を感じる。
その間に、防護壁の向こうにある扉をひと目見るだけでいい。
今度も危険を冒す必要はない。小さめの扉を作り、こちら側へ開ける。向こう側の扉もこちらに開くタイプにする。そして、確認した。最後の扉。
防護壁はわかりやすく赤色をしていた。赤いガラスで覆われたようになっている。
確認したらすぐ閉める。
「その、防護壁の中、本当に安全なのか?」
「トシさんの心配はわかるけど、この中に敵がいたらもうどうしようもないの」
「慎重に慎重を重ねる……としても、まあ、欺いているやつがいるならどうしようもないな」
「扉を見れば、向こう側を知らなくても行けるっていうのが不思議」
「たぶん、開けている空間に出られるか、潜在的にアリスが恐れているんだろうよ。壁の向こうに物があって、それにぶつかったら、アリスがどうなるかわからないだろう? 空間が絶対にあると確認できている場所にしか行けねえんだよ。扉の向こうには……だいたい部屋があるからな」
学院長からの手紙を持った。青の教授から借りたローブも持った。王がいればアリスの顔は知っているが、いきなり会えるとは限らないからと持たされた。
「それじゃあ、行ってきますね」
「なんか食いもん欲しいなら言いな」
「トシさんにもそろそろ寝てもらわないと」
「まあ、もう少ししたらスミレさんと交代だ」
宙に、扉が出現する。
この短期間で何度も力を使うことによって、それは考えることなく振るえるようになってきていた。
扉を開けると、眼前にあったのは、剣。
このような対応があるだろうと事前に知らされていた。
だからなんとか悲鳴を飲み込む。
「聖者アリスです。国王陛下に、学院長クラリッサ様からのお手紙がございます」
扉を開ける前から取り出していた封筒を、剣の前にかざした。
タウンハウスなので、封蝋もきちんとされている。
目の前の騎士は戸惑いを隠せていない。
「こちらのローブは青の教授よりお借りした物です。先日アメリア様やエフモンド様ともお茶をご一緒しました。怪しいのであれば封筒を少し先に投げますので、拾ってください」
騎士たちは顔を見合わせる。
どう考えても、非力そうなアリスが脅威に思えないのだろう。
そういえばと思いつく。
「正中級回復薬のレシピを開発した、アリスです」
騎士はハッとして剣を下げる。そしてアリスの差し出していた封筒を受け取った。
「このまま待っていただけるか?」
「はい」
そして部屋の奥にある立派な扉を開き入っていった。
が、閉まる間もなく、顔を覗かせたのはアメリアだ。
「アメリア様!」
「アリスさん!! ああ、やっぱりあなたは聖者だったのね」
彼女の反応に騎士も剣を収めた。
「すみません……隠しておりました」
「……そうね。反応がありすぎるのよね。さあ、来て。今陛下が手紙を読んでいるわ」
「その前に、少し戻ります。アメリア様、唇がカラカラ。皆さん水分取れていますか? 何か食べるものも持ってきます。生き物は私しか移動できないけど、食べ物なんかは持ってこられるので」
アリスの言葉に目を見開くアメリアだが、頷いた。
「もうお腹ぺこぺこなのよ」
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