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88.できうる限り

「アリスさんはどこまで協力できる?」


 学院長に問われ、アリスは即答した。


「できうる限り」

「アリス!」

 ロイが厳しい声を上げるが、アリスは首を振る。

「自分のできることはとことんやっていかないと、今この状況を改善するなんてできないでしょう? ロイ、私がためらったせいで皆が死んでしまうなんて事態になったら嫌だ。それに、この能力はとても便利なものだって、よく、わかってる」

 実際は、扉がなくても開く。つまり、アリスはどこにでも出入り自由なのだ。扉がある方がイメージしやすいので思う場所に出やすいというだけ。


「ただ、さっき魔道具を取りに行ったとき、とっさに反撃することなんかは無理だった。身体が動かない。だから私に出来るのは、開いた先の状況の確認と、物資の移動だけ」

「それだけでも十分だ。王族の現在の状況も気になっている」

「あ……行ったことのないところは……」

「わかってる。それを考えるのも私の仕事だ。さあ、ロンバートがお茶を持ってきたわ。アリスさん、ロイくん。少し状況を整理するまであなたたちは身体を休めていなさい」


 暖かいお茶はとても美味しかった。

 美味しくて、疲れがどっと押し寄せてくる。気付けばアリスは眠ってしまっていた。




 次に目覚めた時は夜だった。

 頬を撫でられ、重いまぶたを開く。


「起きた?」

 窓の外が暗い。

 いつの間にかレークスや、キャルたちもいた。慌てて起き上がる。


「私、あのすみません」

「謝ることじゃないのよ。だいたい、薬を盛ったのは私だし」

「えっ!?」

「疲れているだろうけど、気が張っていたでしょう? お茶に少しだけ、ほんの少しだけよ。眠る前の白い顔よりはだいぶマシになってるわね。さ、軽食を準備してあるから食べてちょうだい」

 

 隣に座るロイを見ると、彼も不機嫌そうだった。その膝を枕にしてアリスはいままで寝ていたのだ。


「ロイも寝たの?」

「こっちに来たら二人ともグーグー寝てたよ」

 キャルが笑う。


 目の前のローテーブルに並んだパンとハムを食べながら、学院長が今後の方針を話し出した。

「城の防護壁は変わらない。動かない。ここの物と同じ魔道具にこの赤い魔石を設置して使えば、魔力はそうね……一週間は保つ。誰が防護壁内にいるかによるけれど。王族は魔力の多い方がほとんどだから。でも、その間に周囲をすべて押さえられていたらどちらにせよ負けね」


「街中での混乱は、火がつけられたことによるものだった。冒険者が積極的に消火活動に参加していた。最初街の方はそれにかかりきりになっていたらしい」

 メルクの報告にレークスも頷く。


「妻が言うには、冒険者が屋敷に押し入ろうとしてきたそうだ。今日は留守にするからとうちの騎士団の数人がその場にいたのが幸いして、うちは無事だったそうだが。いくつか周囲のタウンハウスを見て回ったが、荒らされた屋敷もいくつもあった。貴族もそちらに対応している者が多かった」


 さらに、ミアだ。

「城を偵察して参りました。城へ通ずる道や門は第四騎士団と見知らぬ騎士たちがうろついております。第四には緑の、ヴォンアイグ家の者が多く入団していますので、あちら側の人間なのでしょう。城内に入るのが難しく、外壁に残されていた符牒を探しましたが、たいした情報は得られませんでした。この後城の外にいるはずの仲間を探しに行く許可をいただきたい」


 それにはすぐ許可が出て、ミアは出て行く。


「つまりね、ほとんど何もわからないの。ヴォンアイグ家が関わっていると言うこと以外にね」

「ということは、私が場内に入って情報を得るのが一番ですね。アメリア様とお茶をした、あの庭園になら出られます」

「アリス……」

「ロイ、皆で頑張らないといけないんだよ。何もわからない状態で城に行くのと、私がどこにどれだけ人がいるかを把握して行くのじゃ、成功率が変わるでしょう? さっきも、魔道具取りに行くとき、単に取りに行ったんじゃないの。部屋の中に人がいたときのために、トシさんとスミレさんが本当に色々考えて、こっちに中の人を誘導してとか、下準備をした。それでも……わりとギリギリだったんだよ」

 壁を壊すなんて想定外で。

 ただそれは、アリスに、騎士がいざとなったら壁を壊す可能性があるという情報がなかったからだ。


「非力な女性に重荷を背負わせることになるが、使える駒は使っていかないと、私たちは今とても不利な状況にある」


 そういって学院長は魔道具とは別に地図を広げた。


「アリスがお茶会をした場所はここだそうだね。扉がなくても移動できるとも」

「そのときは、突然宙に扉が出現するのでとっても怪しいですけど。ただ、私さえ入ってしまって、こちらから扉を閉じればあちらの扉は消えるので問題ありません」

「つまり、アリスが次の場所を視ることが大切なのよ」


 お茶会の場所から見える城の部分を指さす。


「ここが、メイドたちの控え室だそうだ」

 そうして、学院長はアリスが視る場所の順番を丁寧に説明し、図にわかりやすく記す。

 アリスが扉を開けることが相手に伝わる前に、場内の状況を知る。さらにはアリスの移動出来る場所を増やそうということになった。


 たくさんのメモを持って、アリスはあちらの世界への扉へ触れる。

「アリス! 無茶はしないでくれ」

 肩をぐっと掴まれた。その手に自分のものを重ねて振り返る。

「ロイもたくさん頑張ってる。私も頑張る。私が頑張れば、ロイの危険も減るでしょう?」

 口をぐっと噛みしめて、ロイは頷いた。


「行ってくるね、ロイ」


 扉を開くときは、あまり触れていない方がいい。間違って、あちらの世界に二人で転がり込んだら……そうしたらどうなるんだろう。もうこっちには帰ってこられない。ロイと一緒にトシとスミレのところで、などと、馬鹿らしいことを思ってしまう。


「待ってて、ロイ」

 肩に乗った手を、押し返す。


 薫子は、あちらの世界から逃げてきた。逃げ出したいと祖父に懇願した。

 まさか帰ることができなくなるとは思わず、それでも二人は納得して、そして幸せに暮らしていた。


 あちらの世界に憧れはあるが、それでもアリスはこの世界の住人だ。

 守る力があるのなら、守るために使いたい。


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