84.可愛い貯金箱、壊すしかない
まずは魔力回復薬。
学院になら山ほどあるそうだが、誰がいるかわからないところに向かうのはアリスの身が危ないと、ミールスの家から街で買ってくるのが一番安全だと言う話に。
お金は先日もらった金貨10枚がある。ただ、魔力回復薬はとても高いので、買い占めたら足りないかもしれない。
ここはブタちゃんを破壊する時がやってきた。
「スミレさんにもらった可愛い貯金箱、壊すしかないや……それじゃあ行ってきます」
ひょいっと扉を開ける。指先に雷の精霊が宿れば、大丈夫だということはわかった。
「アリスちゃん」
「スミレさん、今何時頃?」
午後三時。こちらの時間のしくみも以前学んでアリスの世界と照らし合わせている。
「結構過ぎたんだなぁ」
トシの姿は見えなかった。
「これからどうするの?」
「ロイが起きたけど、魔力が枯渇してるの。身体の回復に自分自身の魔力も使うから。で、私の家に帰ってミールスで魔力回復薬を買おうって。前に話した気がするけど、魔力があれば身体を温めたり力を補ったりできるから」
「それでその後は?」
と聞かれたので簡単に説明しておいた。
危ないからとは言われなかった。やるしかない状況だということは、スミレもわかっているようだった。
「まあ、とにかく気をつけて。そこを出るにしてももう少しかかるわよね。またちょっとご飯作るわ」
「ありがとう。ごめんね、スミレさん。ブタちゃんも壊すことになってしまう」
「ふふ、また新しいブタちゃん買ってあげるわ」
ビニールハウス内の見えない扉に手を掛ける。
この移動はもうかなりスムーズに、考えなくても出来るようになってきた。
いつもの自宅にほっとする。
素材倉庫に入ると、ブタちゃんを木槌で叩く。可愛い可愛いブタちゃん。可哀想だけどぎっしり詰まっていた。
金貨二十枚を握りしめて、鞄を持ってロラン商会へ向かった。
「アリスさん!?」
店頭にカイルがいた。説明はあまりできないので、とにかく急いでいると押し切る。
「魔力回復薬をこれで買えるだけください」
「王都に行っていたはずじゃ?」
「時間がないんです。お願いします。早く」
ざらっと出した金貨二十枚。
こちらの剣幕に、ただ事ではないと思ったのか、すぐ準備してくれた。
もし、すべてがなんとか終わったら、アリスはここにどうせいられないだろう。
なら、時間を少しでも短くしたい。
「奥の扉お借りします」
「扉?」
店の人たちが怪訝な顔をするが、アリスはそのままぐっとノブを握って、指先のしびれを感じながら開く。
そしてビニールハウスへ。
「おいアリス! ロイの坊やの体格がわからんから、うちで一番大きい息子の、昔のシャツだ。持ってけ」
真っ白のそれは、とても上質な生地で出来ているように感じる。
「学生時代のシャツだ。図体だけはでかいやつだったから、なんとか着れないか?」
確かにとても大きい。
「ありがとう!」
「あと、スミレさんから聞いた。魔道具取りに行くって話、その前の準備が終わったらちょっと俺にも話してくれ。その部屋の周りの見取り図持ってきな」
トシの知恵はいつも的確だ。
アリスはうんと頷いて元の世界に戻る。
「魔力回復薬、持ってきた。あと、ロイ、これシャツ。トシさんがくれたんだけど、入る?」
シャツは大きかったけど、ロイもかなり背が高くて大きい。
「何その真っ白なの。すごい綺麗。ええ……ロイそれ汚すじゃん。もったいない……」
キャルがそんなことを言うのもわかるのだ。すべすべで真っ白。こんな白はそう見ない。
「これ、金貨何枚なんだろう……」
「たぶん、銅貨だよ。たぶんね」
「ええ……買いたいわぁ」
「こちらのお金あちらでは通用しないから、トシさんとスミレさんの負担にしかならないからダメー」
ご飯ですらもらっている状態だ。前に金貨を渡そうとしたら、そんなものもらっても、どうすればいいか困ると言われた。金が同じものなら、とんでもない値段になるし、メダル状になったものを大量に持っていたら怪しまれるとも。
ロイが魔力回復薬を一気飲みしようとしているから慌てて止めた。これは少しずつ飲まないと、魔力が溢れることがある。今ロイの魔力はほとんどなくなっている状態だが、それでも少しずつだ。
マリアが二階の窓から辺りへ定期的に風の衝撃波を巡らし、どのくらいの人数がいるのか探っている。
「結構魔力使うのよね。人生で初めての回復薬を味わうことになりそう」
笑っているが、それだけ大変な状況だった。
「それじゃあ私次のところ行ってくるね」
「ああ、印章もないし、どこまですぐに信じてくれるかはわからないが、あまりに信用しなかったら――」
「もう目の前で扉を開けます」
「悪いがそうしてくれ」
「今もロラン商会さんの扉借りて帰ってきたし、そこは、諦めました」
ロイが厳しい顔をしている。
アリスがいない間に説明されたそうだ。
たくさんの美味しいものを一番食べていたのがロイなので、わりとすんなり信じてくれたようだ。
学院長から受け取った手紙を持って、扉を開く。
そして閉じたあと、ノブがあるであろう場所に手を伸ばす。
また出るのは自分の家。
次行くところはどんな風に部屋があるのかまったくわからないので走って行くしかない。
と、家を出たところでハンナがやってきた。
「アリス!? あんた王都じゃなかったの? いつの間に帰ってきたのよ」
先ほど出て行ったときに子どもたちに見られていたらしく、ハンナの店に知らせがきたそうだ。
「ああ、ハンナごめんね。今すごく急いでて……」
「アリス……、それ、血……」
「あ、これは私のじゃないから大丈夫。ロイも怪我治って動けるようになったし」
「ロイが怪我したの!?」
「う、うん。ごめんね、ハンナ本当に急いでるの。これから領主様のところに行かないといけないの。お手紙を届けなくちゃいけなくて。あとで全部説明するから、ごめんね!!」
時間をとられそうで、無理矢理走り出した。
一分一秒を争うのだ。
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