83.フォンは屋根の上でも
「敵が、今日を選んだのは、いや、私たちを今日王都の外へ誘導したのは、学院に私がいないようにしたかったからだと思う」
学院には、王都の、城の守りに必要な魔道具が隠されているらしい。
「簡単には見つからないようにはなっているが、それを破壊されれば王都は丸裸になる」
異変を感じた時には、王族がその魔道具を発動するという。
「逃げ道がない時の最終手段だがな」
「状況が分からないのが痛いな」
王都は壁も厚く、城はさらに奥にある。ここからではどうやっても何か起きているのかわからなかった。
「その魔道具って、どれくらいの大きさなんですか?」
「手のひらくらいの魔石の嵌まった本だ。学院の私の実験室……今はアリスさんが使っている実験室の戸棚にある」
間借りしているあの綺麗な部屋は学院長のものだったらしい。
「私が行ってここへ持ってくるとか」
皆が目を丸くする。
そして首を振った。
「危険すぎる」
「中に誰かいたら、何が起こるかわからない」
「だが、ここでは何ができるわけでもない……」
「学院の周囲は警戒されているだろうな」
危険だと言い、だがそれ以上の方法を思いつくことができない。
周囲は囲まれているという。こちらへ攻撃はしてこないが、ようは、我々を、学院長をここに留めておくために動いているのだ。
「ロイが無事だったら無理矢理突破も出来たろうが……」
「それにしてもこの人数が無事に抜けるのはなかなか難しいよ」
村人だと思っていた者たちが、どうやらこのために入れ替わっていると思われた。
完全に仕組まれている。
「私がここにいるのもラミス様のお導きだと思います。使ってください」
結局ここでじっとしていても、王都が陥落したら同じだ。
誰もがそれはわかっていた。
「どれほどの家門が裏切っているかもわからないしな……」
貴族の私兵が守りに来たと言って裏切ることだってあり得るのだ。そうなると王族の周りを固めることに多くの兵を割き、他で暴れる敵兵を始末する者が減る。
王都内は混乱していることだろう。
「書く物はあるか?」
「いや、先ほど馬車に置いてしまったな」
荷物を載せているところへの爆発だったのだ。
「じゃあ、もらって来ますね」
アリスはつるつるの紙とボールペンを借りた。部屋の中のテーブルで学院長がその書き味に驚いている。
「インクをつけなくていいとは……」
「あちらは魔法がなくて、その代わり誰でも使える技術が発達しているそうです」
「魔法がないのか……」
いちいち書き味に驚きながら、学院長は部屋の見取り図を書く。
「ここの棚に本が並んでいただろう?」
よく覚えている。何度か手に取りもした。
「この上から三段目の本を全部降ろすと、棚の板が外せるんだ。外したところに、魔石のボタンがある。それを押せば、棚の背板が、ちょうどその段だけ外れる。その奥に魔石の嵌まった箱がある。王家にあるものと対になっている。両方破壊されたら王都の結界が解けてしまう。どこからでも入りたい放題になるな。壁があるとは言え。さらに、これに魔力を注ぎながら持っているととても強固な結界となるんだ。王族はいざというときこれを使う。まあ、時間稼ぎにしかならないがな。いつか魔力は尽きるから」
「つまり、その魔道具を持ってこられれば、皆で固まって、無理矢理一つの馬車に乗り、王都の門を突破して中に行くこともできるのか……」
「ふふ、そんな無茶な使い方をするのは見たことがないがね。まあ、理論上不可能ではない。王都を守る結界であると同時に、局地的に強力な結界を張る魔道具さ」
「一番大きな馬車なら、御者席に無理矢理四人座れるよ」
「中は八人余裕だね。ロイさんが寝たままでも行けます。なんなら足下に置けばいい」
「フォンは屋根の上でもいいんじゃない?」
「まあ、後ろの荷物を捨てればそこでいいし、王都近くになったら屋根から弓で狙う」
「どちらにせよ、魔道具か」
「失敗しても、殺されない限り目を盗んで移動はできるから」
座っている床に扉を作ればいいのだ。きっとできる。
「殺されないって?」
テーブルの周りに集まって話していた。
その後ろから掠れた声が聞こえた。
「ロイ!」
アリスは駆け寄って、身体を起こすロイの首筋に触れる。
「起き上がって大丈夫? どこか違和感ない?」
ランタンの明かりを頼りに、身体を検分しようとしたが、膝立ちしているところをぐっと抱きしめられた。
「ロイ? 気分悪い?」
「……最悪だ」
「気持ち悪いの?」
そのまま何も言わずに動かないので、段々困ってきた。
そして後ろでは今後の動きについて相談が再開されている。
ただ、そうやって回された腕が震えているので、アリスもそっと抱きしめ返した。
「よかった、ロイ、気がついて」
泣きながら治癒術を使っていたので、もう涙は涸れたと思っていた。だがこうやっていると、じんわりと目が潤んでくる。
「ロイが死んでしまうと思った」
身体を包んでいた毛布がアリスの涙で濡れていく。
「アリスに、もう会えないと思った」
しばらくそうしていて、やっとロイが手を緩めた。
「すごく、無理矢理治してるから、違和感はあるかもしれない。私にはこれが限界」
「十分だ。こうやって、アリスにまた触れられる」
ロイの手が頬を撫でる。青い瞳が真っ直ぐこちらを射貫いていた。
なんだかそれは、すごく困ってしまって、返す言葉がない。
「ロイ、お茶飲んで。声が掠れてる」
話をそらすように、スミレがくれたヤカンのお茶をコップに入れる。透明の、プラスチックのコップだ。これには皆かなり戸惑っていた。レークスは一度握りつぶしている。
「すごく柔らかい素材なの。そっと持ってね」
お茶は後から淹れる。まず間違いなく握りつぶすのだ。
「ロイ、身体はどのくらい回復してる? 自力で動けるか?」
「……わからない。アリス、あれやってくれないか? 魔力溜まりに触れてやるやつ。魔力はほとんど使わないんだろ?」
「ああ! いいよ」
身体を包んでいた毛布の前を開く。上着はもうズタズタだ。そして胸の辺りにそっと手を当てた。
ロイの鼓動が感じられる。
よかった。
「アリス、もう十分だ」
そう言って、ロイは立ち上がった。
手のひらを何度がぐっと握りしめる。
「動ける。魔法も使える。ただ、魔力はあまりないな……」
「そうなのよね、アリスさん、まずは魔力回復薬だわ」
魔道具を手に入れる前に、アリスはあちこち使いに行くことになった。
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