80.私を殺せばそれが解ける
反応できなかったのは騎士。
赤と青と紫の騎士だ。
その間に、緑の教授の家門の騎士は彼らの半数以上を始末した。
五人ずつ来ていると思っていたが、違った。
緑の家門の騎士が三人多く、他は四人ずつだった。
そしてその犠牲の上に、ロイが地面から鋭い土の楔を作り出し、二人貫く。フォンの矢がさらに二人の頭部を抜いて、マリアは風で学院長に襲いかかった騎士をはねのける。
ミアも恐ろしく速い動きで騎士を一突きしていた。さらにロイと同じく土を使うようで、少し離れた緑の騎士の周りの土を盛り上げている。
アリスはその光景を、少し下がったところの木の根元で、ジェフリーを抱えながら見ていた。自分の身体に彼の頭部を抱え込み、両手で耳を塞ぐ。
物事のわからない子どもに見せるものではない。
その代わり、アリスはことの一部始終を見ていた。
騎士たちの狙いは、学院長だ。
騎士たちの刃の先が、ことごとく彼女へ向く。
何かが学院長にあるのだ。彼女を殺したい何かが。
目の前に来た騎士が、マリアの風の魔法によって後ろへ吹き飛ばされたのを見て、学院長は手をかざした。
一瞬だった。
彼女の手から放たれた暗い茨が、残っていた騎士と、緑の教授を縛り上げ、吊した。
「アランが一番この採取をしたいと言っていたね……」
目の前に、暗い茨で吊された緑のローブの教授の顔がある。ジェフリーに遺体を見せたくないと言ったら、ロイが穴を掘り埋めてくれた。
青の教授は腕を思い切り切られたが、回復薬で動かせるようにはなっていた。
「アラン、これはどういうことだ?」
だが、彼は話さない。彼は学院長によって、肩に魔力封じの陣を描かれていた。
「尋問するには道具が足りないね。王都に帰らねば」
「急ぎましょう。部下に知らせは飛ばしましたが、どこの家門が裏切り者かがまったくわかりません」
「レークスが最近調べていたこともここら辺だろう?」
「きな臭いのが大勢紛れていて、少し間引いていたところでしたよ」
歩きながらレークスと学院長が言葉を交わしている。とにかく村までは行き着かねば足がない。そこから一気に帰るが、もうすでに何かが起きているかもしれないと、教授がどうやって学院に行くかを検討していた。
「私を狙うのは、城を守る結界のせいだろう。私を殺せばそれが解ける」
学院には、王都の護りを担うものがあるらしい。
アリスはジェフリーを背負って進んでいた。他の人たちは何かあったときに動ける方がいい。ロイが変わると言ってくれたが、ロイこそ手が空いていなければならないだろう。
それに、何かあった瞬間ジェフリーは能力を使う。
アリスも隠してくれるだろうからまた同じように少し離れたところに隠れていればいい。
採取専門の冒険者は、騎士たちに事前に仕込まれた者だった。今は森の中に縛られて置いていかれている。誰もその仕打ちにもの申すことはなかった。
結構な奥まで入り込んでいたので、森を抜けるのにかなりかかった。それでも、昼過ぎには村が見えてきた。あそこまで行けば馬車や馬がある。学院長とレークス、ロイたちは先に馬で行けばいい。
アリスや教授たちは足で纏いになる可能性があるので、ミアを護衛とし、村で待っていようという話でまとまっていた。
「おや、お早いお帰りで」
村は簡単な柵があるだけで、ミールスや王都のように特別な壁はなかった。
魔物が襲ってきたときは、村にある防護魔法が施された建物に逃げ込み、助けを呼ぶ魔法を打ち上げるのだ。防護魔法が施された建物は、だいたい村長や村の集会場であることが多かった。
農具を担いだ村人は、朝も会った人だ。
「早いお帰りですね。他の馬は厩に繋いであります。連れてきましょうか?」
「ああ、すまない、頼む」
「おおい! お客様がお帰りだぞ、馬を!」
男が声を上げると、しばらくして馬を引く者たちが三人ほどやってきた。それぞれ二頭連れている。
「まだいたな。それじゃあこちらを先にお返しして、もう一度行こう」
馬は全部で十あるそうなのだが、今はそこまでいらない。
「いや、実は少し急ぎの用ができて――」
「待て!」
「ロイ!!」
レークスが断りついでにと手綱を受け取ろうとしたところを、アリスの隣で少し離れたところにいたミアが声を上げる。
レークスの側にいたのはメルクとロイ。そして気付いたロイがレークスの腕を引く。
結果的に、男とレークスの間にロイが滑り込んだ。
ドンッと腹に響く音と、先ほどまで男がいた場所を中心に広がる倒れた馬と、ロイとレークス。
馬の腹がえぐれ、男の姿は消え、ロイの左腕が無くなっていた。
「ロイィィィ!!」
キャルの怒号に止まっていた時が動き出す。
側にいた馬を引いた男たちは、キャルの放った剣で喉を切られ、あちこちから飛び出してきた者はフォンの矢に貫かれた。
「全部いらないわね」
マリアがそう言うと、彼女の前方にいた男たちが二つに割れた。
「こちらへ!」
アリスの側にいたはずのミアが、近くの家の扉を開けて、皆を誘導する。メルクがロイを担ぐ。フォンがレークスを引きずる。
キャルとマリアの牽制に、村に潜んでいた敵はなかなか近づくことができない。どうやら魔法使いはいないようだ。
「アリス!」
アリスは目の前の悪夢に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
と、頬を小さな手が撫でる。
「アリスちゃん、走って」
小さな小さな声が耳元でした。
そうだ。動かなければ。
「ロイ……ロイが」
一生懸命走っているつもりだった。
メルクが担いだロイが、家の中に消える。ミアが外に出てきて、周りを土で覆い始めた。 アリスの前を教授が、学院長が行く。
家の中は真っ暗だった。ミアが窓も土で覆ったのだ。その前につけられたろうそくが揺れている。
血の匂いがむっとする。
「フォン、上級を」
「おう」
上級回復薬をふりかけ、いつの間にか持って来ていた吹き飛ばされたロイの腕をつける。アリスの上級回復薬だ。つければ、繋がる。そして止血にもなった。だが、内臓が。腕だけだと思ったのに、ろうそくを近づけてその傷を見たメルクの絶望の表情がそこにあった。
「ロイ!!」
キャルの叫び声とマリアとミアの足音。そして扉が閉められる。
「二階は開いてる。時々空気の入れ換えをして欲しい」
「任せて。ついでに二階から撃つ。火を付けられたりしても困るしね。フォン、行くよ。メルク、私の上級も渡しておく」
「あ、ああ」
応えたメルクの返事に、マリアは顔をしかめながら階段を上った。
「アリスちゃん、アリスちゃん、大丈夫?」
背中の子どもの声に、アリスはああ、と掠れた声を漏らした。
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