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76.なかなか先に進めない

 ジェフリーもそろって、新しいお茶が淹れられる。


「ばたばたと忙しくて、なかなか先に進めない。どこから聞きつけたのか、バンゴール王国からギルバートとアメリアのことを探るような文書が届いた。面倒なことだ」

「時期がと言って結婚を遅らせるからですよ。とっとと知らしめてしまえばいいのに」

 とはエイブラム。

「だが、王子の結婚となれば各所から招かねばならぬ者もいる。それこそ、バンゴールからもな。今あの国から武力がこちらに流れるのは避けたい」

「冒険者がかなりの数流入しておりますからね」

 王子も頷いている。


 なんだろう、アリスが聞いていていいことではない気がしてきた。


 アリスたちのいるウェーコール王国は、世界でもそれなりに広い国土を持つ国だ。その分端々ではいつも境界の奪い合いが起きている。

 バンゴール王国とは比較的国交のある国だという話を、冒険者から聞いたことがある。特に前の王はなるべく戦を減らして民の疲労を軽減させたいと、話し合いを持って国を治める温厚な部類だと言われていた。


「バンゴール王国は、王が替わってからかなりやりにくくなった相手だから……」

 突然陛下の言葉が尻すぼみになり、やがて人が歩いてくる音がした。


「これはこれは、申し訳ございません、近道をと思ったのですが」

 やってきたのは数人の供を従えた男性だった。陛下とそう変わらないような年頃に思える。濃い茶の髪と、薄い青い瞳。冷たい印象を持つ相手だった。


「ギルバート王太子殿下、そして聖者の皆様もごきげんよう」


「近道か、メルヴィン卿はなんとも言えぬタイミングで現れるなぁ」

「昔から運がいいのです」

 そして、一つ開いている席を差す。


「ご一緒しても?」

「ああ、茶の準備を」


 先ほどまでの緩んでいた空気が、引き締まったような気がする。アリスも居住まいを正す。

「もしかしてこちらが新しい聖者様ですかな?」

「ああ、そうだ。アリスという。だがまだどんな能力かは本人も知らぬようだ」

「それはそれは。補助系かもしれませんね。平和に自分の暮らしをする方がいいですからね。聖者となれば国が囲いに来る。それまでの生活とは決別しなければならないときもある」


「こちらは第六騎士団長の」

「ああ、レークス卿。存じております。かなり活躍されているとか」

 ギルバートの紹介を遮って表面上にこやかに挨拶をする。だがどうも不穏な空気にアリスはジェフリーの能力が羨ましくなった。アリスの隣に座った少年は、今はもう、その姿をじっと目をこらさなければ認知することができなくなっている。ただピリピリと隣に在ると感じるのみだ。


「ノールモルデン公爵様に名を知っていただいているとは、光栄です」

「有能な者は覚えておかねば流れに遅れてしまうよ」

 ノールモルデン公爵はにっと笑った。


「聖者と言えば、バンゴール王国からの要請はどうされるのですか?」

「さすがに無理だ。丁重にお断りする文書を今朝送ったところだ」

 陛下の返事に、ぴたりと止まり、カップをソーサーへ戻す。


「宰相であるわたくしはその事実を今知りましたが?」

「知ったも何も、先の会議で断るという話になったろう。こういった話は相手に気を持たせてはいけない」

「……確かにその通りですな。まさか、聖女アメリアを貸してくれ、などと、人を物のように言う輩に従う必要はありません。さらに、王太子殿下とアメリア様に子が出来たらなどと、随分先のことにも言及するなど。彼の国は何を考えているのやら」


 いよいよ、アリスはこの場にいることを後悔し始めている。

 これは、国政に関わる大切なことではないのか?

 会話のすべてがアリスの知っていていいことではない。となりのレークスの反応を見る余裕もなかった。


 自分は石なのだと思い込ませていると、隣のジェフリーがアリスの手を握った。

 その瞬間アリスには彼の存在が認知された。こちらを見てにやりと笑っている。

 そして反対に、先ほどからチラリと向けられていたノールモルデン公爵の視線が途切れた。

 もしかしてだがこれは、アリスも一緒に彼の能力の恩恵を受けているのだろうか。


「アメリア様との結婚式も難しくなりましたな。お相手がギルバート殿下でなければ簡単に済ませてしまえばいいと言えるのですが」

「さすがにそれは難しいな。どうしたものか」


「ですから父上、前に言ったようにしましょう」

「……先に籍を入れてしまうというやつか」

「はい。周知はしなくとも事実は作っておいて、後から披露すればいいかと」

「殿下、さすがにそれはいけません。戦時下でもあるまいし」

 ノールモルデン公爵が顔色を変える。


「だが宰相殿。アメリアに手出しを出来なくなるような大義名分が必要なのだ。子どもをという話はまたことあるごとにしてくるだろうが、アメリアをなどということはこれで消える。はねのけられる」


「一国の王子であるということはわかってらっしゃいますか!? 王族の結婚とは、ある意味権力を見せつける格好のチャンスなのです。特に国内外に名を轟かせている癒やしの聖女アメリア様だ。彼女が王族に組み込まれるということは大々的に知らしめるべきです」


「そなたがそこまで反対するとは思いもしなかった。バンゴール王国からの要求に一番憤慨していたのはそなたではないか」

「アメリア様は国の宝です。他国に渡していいはずがない!」

「だからこその安全策ではないか。もうすでに王族なのだと言ってしまえば、無理を通そうとする力が多少なりとも減るはずだ」


 二人の口論が激しくなってきたところを、国王陛下が止めた。


「二人ともよしなさい。客人もいる席で」

「そうね、ギルバート様。ありがたいことだけど、ほら、席の数に対して人の数が減っていると思わない?」


 アメリアとエイブラム以外の四人がはっと見渡す。

 すると、ジェフリーがぱっとアリスの手を離した。

 その瞬間、アリスの存在が認知されるようになったようだ。席から一歩も動いていないというのに。


「ええと、あの……」


「いや、これは失礼した。少し熱くなってしまったようだ」

「すまないね、アリス。このような姿を見せるつもりはなかったのだ」


 ノールモルデン公爵は、それではと席を立ち、アリスたちもしばらくして解散となった。

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