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75.研究者の執念だな

 壁の賢者エイブラムは真っ直ぐこちらを見る。アメリアのどこか茶化した物言いとはまったく違った、確信しているその物言いに、アリスは口ごもってしまった。


「まだ自覚がないのよ、エイブラム」

「まさか、こんなにも反応があってか? ならば、補助系か?」

「そうではないかと話していたところよ」

「本人がコントロールできているのならよいことだ。多少王家に振り回されるのは諦めなさい」


 エイブラムはそういってお茶を飲んだ。


 これは諦めることなのか……。


「聖者たちの話はもう終わりかな?」

「あら、話に入ってきてくれてもいいのよ、ギル」

「能力の発現に関してはまったくわからないからね。まあ、本人が苦がなく、周りに影響も与えないのなら、今までと同じように穏やかに暮らすといい」

「そうだな、店があるのなら、定期的に監視の者が冒険者に紛れて訪れるくらいのものだ。それよりも、学院からも話が来ている。中級回復薬だけでなく低級もかなり違っているようだと」


 アリスではなくレークスに向かって陛下が言うと、レークスは深く頷く。


「おかげさまで他の薬まで試し出しました。彼女はこの間店を閉めて来てくれていますからね、その辺はしっかり対価を払ってあげてください」

「もちろんだ。薬師ギルドの者と話し合って、どのような支払いをするのかは検討させる。しかし、それほど違いがある正中級回復薬、私も試してみたいな」

「お戯れを。周りの者が目を回しますよ」


 はははと笑っているが、護衛たちは渋い顔をしていた。やりかねないということだろうか。

 そこからは壁の賢者の面白い話を聞いたり、アメリアが普段は治療院でやっている仕事の話を聞いた。

「昨日ターニャが頭痛薬を持ってきたのよ。ちょうど頭痛の患者さんがいたから、渡したのだけど、どうなるかしら。前より効くはずだという言葉に喜んでいたのよね」

「あ、それはあまり……」

 思わず口を出してしまい、慌てて閉じる。


「何? アリスさん」

「いえその、プラシーボ……ああ……」

 スミレの本で読んだ言葉はこちらに通じない。


「ええと、人の心は複雑で、効くと言われたら思い込んで、身体も反応してしまうことがあるのです。例えば」

 例えばなんだろう……。そうだ。

「例えば、祖父が、小さい頃食べ過ぎてお腹が痛いと嘆く私に、さらによく効く薬だと言ってのど飴をくれたんです。ただ、私はまだ小さかったから、のど飴を知らなくて……」

 単にもう薬も飲んであとは時間経過と睡眠くらいしかなかったのだが、小さな子にそのような正論を言っても黙るわけではない。祖父の苦肉の策だったのだろうと思う。


「飴をもらって舐め始めたらすぐに腹痛は治りました」

「でものど飴だったんでしょう?」

「飴を自分で作る頃にはわかっていたんですけど、子どもの頃はわかっていない、あれはすごく効く腹痛の薬だと思い込んでいました。頭痛薬を効く薬だと言って渡したら、身体の方が一時的に勘違いするかもしれないので、なるべく同じものだと言って渡して効きを比べるか……酷いはなしですが、前からの薬と、今回作った薬を渡す人を分けるなどした方が効果はわかると思います。痛みに個人差があるからなんとも言えませんけど」


 偽薬実験の本も読んだ。

 あちらの世界は研究の仕方に余念がない。突き詰めていてすごいと思う。新薬などもそうやって色々調べるという。


「この後、治療院で検討するわ」

 アメリアが真剣な顔で言った。


「先日の、精霊の互助会のときもだが、アリスさんはとても思慮深い方なんだね」

 ギルバートの言葉にアリスは慌てて首を振る。

「いえ、そんなことは……」

「大商人の娘さえ騙されそうになったと聞いたよ」

 ちらりとレークスを見る。

 レークスは苦笑いを浮かべていた。


「あれは、最初に腕輪の方が気になってしまって」

 これは嘘ではない。始まりは腕輪だ。

「ふと、どのくらいの人があの腕輪を買ったのだろうかと思って計算し始めたらとんでもない数になっていったんです」

「錬金術もこなすからこそ気付いたということか」

 陛下が深く頷いた。そしてレークスを見る。

「あれもな、少しきな臭くなってきた。後で通達するが、少し調べに走ってもらわねばならぬかもしれぬ。それでな、そなたの部隊がそちらに回る。アリスさんの身辺が手薄になりそうだということで、彼女の身を学院の寮に移そうかという話になった」


「陛下!?」


「そうだよ、レークス。学院長が手を回した」

「あの方たちは……」

「研究者の執念だなぁ」

 陛下は少し面白そうだ。

「こちらから使い勝手のいい者を貸そうと思うが、どうだ?」

「女性の?」

「ああ。騎士というよりは影の者だ。ミールスでもアリスの監視をしていたから彼女のこともよくわかっている」


 監視はつくとは言っていたが、まったく気づけていない。


「身の回りの世話をする者として一緒に寮へ連れていきなさい」

 最後はアリスに向かってだ。もう決定事項なのだから大人しく頷く。


 と、右手の方がなにやらそわそわする。ピリピリと。気になってそちらを見ると、突然手に何かが触れた。


「ジェフリー! やめなさい!!」


 エイブラムの鋭い声に、突然隣に少年が姿を現す。

「ジェフリー、ダメだと言っているでしょう? 魔導具を着けられるわよ」

 アメリアも怖い顔だ。


「だっておどろかせたかったんだもん。僕に気付かなかったらまだ起きる前だよ。でも完全に気付いてたね、アリス」


 オレンジ色のような明るい金髪に、茶色の瞳をした、座っているアリスより小さな男の子だ。あのざわつきを考えれば彼もまた聖者。そして突然現れたこれが彼の能力なのだろう。


「透明になれるの!?」

「いや、人の注意を引かなくなるだけなんだ。そこにいても、気付かれなくなる。すまないね。止めろと言っても、自分の立場を悪くするだけだと言っても、これはまだその意味がわかる年頃ではないのだ」


 ジェフリーはエイブラムの系譜らしい。

 少し困った状態の彼を、面倒を見るからと引き取っているという。


「目に見えて己に利がある、私やアメリアのような能力は歓迎される。だが、ジェフリーのそれは、嫌がられることが多い。人の秘密を暴くことも出来る能力だからな……早く理解して欲しいのだが、子ども過ぎる」

 今年で五歳だそうだ。


「アリス遊ぼうよ。アリスの能力は?」

「ごめんなさい、まだわからないの」

「ええー」

 小さな子にまで嘘をつく罪悪感に、胸がチクリとした。

ブックマーク、評価、いいねありがとうございます。

誤字脱字報告も助かります。


アリスはだいたい目処が立ちました。

あと1ヶ月ほどお付き合いください。

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