74.十分ここに座る権利はある
ドレスを手に入れたということで、すぐに城へ行く日取りが決まった。
その間に頭痛薬、鎮痛薬の手本を見せて、頭痛薬の方も多少の手順の違いがあった。
ただ、こればっかりは切って試すということはできないので頭痛の患者が現れたときにと、治療院へ依頼したそうだ。
あとは、休んでいろと言ったのに、その間に回復薬作りに明け暮れていたらしい面々の披露会をした。
結果、今の回復薬を改良し、正中級回復薬を検査する魔道具を早急に開発しなければならないという話になった。これは薬師ギルドの長が強く主張した。
確かに、レシピを広めるとなればその薬が本当にそれだけの効用があるのか、調べることも必要だ。特に作り始めは、優秀な研究者である彼らでも製品の効果に差があるのだ。
城へ向かう日の朝、アリスは朝から風呂へ入れられた。
初めのころのようにゴシゴシと洗われることはなくなった。それでも、人に世話をされながら湯浴みをするのは慣れないことだ。
「今日はしっかり髪も結い上げますよ」
「このドレスは本当にアリスさんにお似合いだわ。さすが奥様趣味がよい」
「髪飾りも素敵よ。偽晶石にしてはなかなかの一品だわ。細工の部分はさすがだし」
「香油はこっち」
「いえ、こちらよ」
後ろで喧嘩が勃発してる。
午前中いっぱいかけて準備をして、軽い昼食をいただいたら出発だ。
午後のお茶に呼ばれているのだ。
カレアーナはお留守番。レークスにエスコートされてなのだが、歩きにくい。
とても、とても歩きにくいのだ。
「そうか、慣れぬ者はそのような歩みになるのか」
「もうしわけありません……」
「まあ、時間はある。ゆっくり行こう」
城には馬車できた、そこから庭園を歩いてその先に今回席が用意されているという。
庭園はとても綺麗に整えられており、色とりどりの花が咲いていた。たまに薬草の花を見つけてつい気をやってしまい、転んでしまいそうになった。
レークスが慌てて支えてくれて、なんとか事なきを得たが、今回限りにしてもらいたい。
二度とこの靴は履きたくない。
真っ白なテーブルと、周囲を飾る花々。テーブルは八人掛けだった。アリスはレークスの隣に座った。まだ誰も来ていない。
「他に六人もいらっしゃるのですか?」
「そうだな、お二方は知っているが、四人は聞いていない。まあ、アリスさんが臆することはないよ。君も、十分ここに座る権利はあるのだから」
聖者であるからと、レークスは言う。が、根っからの平民であるアリスにとってここは自分の知らない世界だ。真っ白なレースのテーブルクロスも、このように広い庭も。今まで味わったことのない世界なのだ。
前方がざわりと騒がしくなる。レークスが立ち上がり、椅子を引いてくれた。足下に気をつけながら立ち上がると、背の高い壮年の男性と、よく似た色味の若い男。さらにアメリアがやってきた。
「陛下、この度は――」
レークスが口上を述べようとするが、壮年の男性が手を振る。
「よいよい、これはごくごく私的な集まりである。さあ、小腹が空いた。お茶にしよう」
陛下というからには、彼がこの国の王だ。
アリスの緊張は最高潮に達する。椅子を引かれて座るのだが、体中がギシギシと動くごとに音を発しそうだった。
「お茶の種類はどうしましょう。アリス様がお好みと聞いているものをいくつか取りそろえておりますが」
すぐ側の女性が尋ねてくるが、頭の中が真っ白になって受け答えも難しい。
「そちらのものを、屋敷でも好んでそれを飲んでいたから」
「かしこまりました」
レークスの助け船に、これでは会話がままならないと、何度も息を吸って吐く。
「ほら、陛下はいらっしゃらない方がよかったではないですか。アリスさんが可哀想ですよ」
同じ色味の若者が言うと、陛下は肩をすくめた。
「だが、聖者ならば会っておきたいではないか」
「私が可愛い子だと言ったのが悪かったかもしれませんね」
アメリアが面白そうに笑いながら言う。そしてアリスに向き直った。
「今日は不敬だなんだと言われることはないから、少しは楽にしてね。あれからどう? 何か力の発端は見えたかしら」
彼女からの質問で、それまで焦っていた気持ちがすっと引く。
一度息を吐いて、首を振った。
「いいえ、残念ながら」
「そう。もう覚醒していると思っていたのよ。あれだけ反応があるんですもの。ほら、今も私と対面しているとなんだかそわそわしない?」
空気がピリピリとする。それは続いていた。
「覚醒して、発現しているのにそれが表立った能力になっていないということは、日常生活に溶け込んでいたり、本来普通の人にはある事柄を補うものだったりするかもね」
「補う?」
紅茶が入れられ、茶菓子が皿に用意される中、アメリアの言葉は止まらない。金と青のオッドアイが面白そうにゆがめられる。
「私が会ったことがあるのは、本来は目が見えなかった聖者よ。だけど、普通の人とあたりまえのように生活をしていたの。彼の能力は視力を補うものだったの。聖者の中にはそういった発現の仕方をする者も多くいるわ」
「じゃあ、例えば……足が動かないはずなのに動いている、とか?」
「そうそう。四肢の不具合を補うような能力ね。こういったものは血筋とは別に発現することが多いようね」
と、庭園の向こうが急に気になりだした。
自然とそちらへ視線が向く。
「ほら、アリスさん。気付いたもの……遅刻よ、エイブラム!」
「すまない。ごきげんよう陛下、ギルバート王太子殿下」
そう挨拶して席に座る。
エイブラムと呼ばれた彼は、髪に白いものが混じりだした、陛下より年上に思える男性だった。
「レークス様と、アリスさん。こちらは彼の有名な『壁の賢者』エイブラムよ」
「お会いできて光栄です」
レークスはきちんと返事を返したが、アリスはあの伝説を目の前にしてただただ目を丸くするのみだった。
「アリスさん、私に会ったときよりずっと反応がいいわね。さすが大人気の壁の賢者だわ」
「アメリアだって十分有名だよ。ただ私は、子どもの寝物語によく登場する」
「ところで、ジェフリーは?」
「そのせいで遅れたんだよ。一番楽しみにしていたくせに、時間になったら姿を消す。あれにつけている護衛騎士は大変だな」
淹れたてのお茶を一気に飲み干して、エイブラムはアリスへ向き直った。
「それで、もう覚醒しているようだが、能力はわかったのかい?」
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聖者がごろごろ出てきました。
 




