73.いい買い物だったわ
アリスの宣言により、翌日は皆が休むことになった。レークスが、カレアーナがアリスと出かけたいと言っていたから助かったと、馬車の中で言うのだ。
そして、連れて行かれたのは今までみたこともないようなきらびやかな衣装店だった。
「カレアーナ様、いらっしゃいませ!」
「急でごめんなさいね。この子に合うドレスをお願いしたくて」
店主だと挨拶をしたのは、青い髪をサイドでまとめた、カレアーナよりは年上に見える女性だった。
光の当たり方によっては黒なのだが、明るい場所だと青く見える。不思議な光景に見入ってしまう。
「あら、初めて見たのかしら。これはね、染め粉を使っているのよ。綺麗でしょう」
アリスに失礼だと言うわけでもなく、店主は指で毛先をくるくると回した。
「よかったら試してみる?」
「だめよ、ビビアン。この子平民なの。染め粉はその後の手入れが大変だから、この艶やかな髪を損なってしまうわ」
「あらそうなの? 残念。確かに手入れができないならお勧めしないわ」
そうして、奥の部屋に通された。入ったところに飾ってあったドレスもすばらしかったが、部屋に並ぶドレスも色とりどりでくらくらしてくる。
「平民が登城するときに着ていて失礼にならない程度のものでいいの。あまり着飾らせないように言われてしまったのよ」
残念だわと言っているが、本当にやめてもらいたい。
城に行くのは決定事項のようなので諦めたが、飾ってあるようなドレスは無理だ。破いたり汚したりしたらどうなるか考えたら、一歩も動けなくなる。
「栗色と、緑の髪。肌はわりと白い方ね。ただ日を避けて歩いているわけじゃないからそれなりに焼けている……決めている色とかはあるの?」
「特には……あ、ロイくんの目は青ね!」
「ロイ?」
「ドレスの色に好きな人の髪色や瞳の色を取り入れるのよ」
「す、好き!?」
「あら、そうでしょう?」
当然のように言うカレアーナにアリスは首を細かく振った。
「え、違うの? 私はてっきり……。ロイくんだってアリスさんのことしか見てないじゃない」
アリスはそれにも首を振る。
「ロイは幼なじみですから。それに、ロイはすごく、モテるし、祖父を慕っていたから、祖父がいなくなって色々心配してくれてるだけで……」
「そうなの? そんな風に見えなかったけど。まあいいわ。青系のシンプルなドレスにしましょう。栗色の髪に合うのは少し濃い色かしら?」
「そうねえ、明るいものよりは落ち着いていいかもしれないけど……アリスさんってまだまだ若いでしょう? そんな落ち着いた色でいいの? 可愛いピンクとか、黄色も似合いそうよ?」
そこからアリスは着せ替え人形となった。
もう、言われるがままに次々ドレスを替えるのだ。途中から最近着ていたワンピースと同じくらいシンプルな洋服も選び出した。
「あの、もう三着もあるので十分ですから……」
「あらダメよ、貴方に私は恩を返したいの」
何のことだと思ったのは、アリスだけではなかった。
「恩って?」
「ほら、貴方も誘われていたあの腕輪の。あれの仕掛けを教えてくれたのがこの子なのよ」
精霊の互助会の話か。
と、ビビアンが目の色を変える。
「ああ、貴方なのね!? ドレス、好きなの持って行ってちょうだい!」
「ええっ!?」
「本当に助かったのよ! 私、あれを知り合いの子爵様にお勧めするところだったの!! 直前でカレアーナから連絡が来て、本当に危ないところだったんだから。貴方に感謝している人は山ほどいるのよ? 本当に、本当によかった。貴族に入り込んで行っていたら、どうなっていたことか」
「危なかったのよ。ギリギリだったの。アリスさん、だから私はたくさんの洋服と靴を貴方にプレゼントしたいの」
その後は着せ替えにビビアンも積極的に参加し始め、最後はぐったりと動けなくなってしまった。たかが洋服の脱ぎ着なのだが、十着二十着と数を増すとこれがなかなかに疲れる。
城へのドレスはホントにシンプルなものにしてくれた。濃い青のドレスだ。動くのも問題ない。合わせての靴も、ヒールのほとんどないものだ。が、ブーツが基本のアリスにしてみたら足の甲が見えるような頼りない、駆けることのできない靴は不安だった。転んでしまいそうだ。
ビビアンの店は全身を揃えられる場所のようで、髪飾りもと、青い石の入ったものが選ばれた。
「この石は錬金術で作られたから、石自体に価値はないわ。安心してちょうだい」
だが、金属部分はとても繊細で花の形をしている綺麗なものだった。
安心するべきポイントがわからない。
「普段も使えるような髪飾りも買いましょうよ」
「カレアーナ、それは、そのロイくんの役目ではなくて? 貴方は普段使いのものじゃないものを買ってあげなさいよ」
「確かに、確かにそうだわ」
二人で盛り上がっているが、残念ながらロイとはそんな関係ではないのだ。
ずっと一緒にいるロイ。
これからもそうあればいいと思うが、ロイにだってロイの人生がある。単なる幼なじみで薬師でしかないアリスに構っているのも、他に誰かいい人が現れるまでだ。
アリスには、ロイをつなぎ止めておくほどの魅力はない。
「お城に伺うのは、先日の件で?」
「まあ、そんなところね」
カレアーナがはぐらかし、はぐらかされたと理解したビビアンは引く。
二人の話の端々で、彼女たちの仲は理解できた。
カレアーナは豪商の娘だ。元々は平民だった。そのときからの友人なのだ。
最初は一応様をつけて貴族の奥様として扱っていたが、ドレス選びに興が乗ったあたりから言葉遣いはかなり砕けていた。
「ああー、いい買い物だったわあ」
学院に向かうときに使う馬車で来た。ロイとメルクとマリアとレークス、そしてアリスの五人でもまあ乗れた。その馬車が荷物の箱だらけになっている。
「帰ったらレークス様にも見せてあげてね、着ている姿」
ワンピースも五枚増えた。
「アリスさん、好きな人はね、逃したらだめよ」
にっこり笑って言う。
むむと、口をつぐむ。
「特に冒険者なんてころっと死んでしまうんだから」
カレアーナの瞳がすっと細められた。
「迷宮潜りなんて、一瞬よ」
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お洋服たくさん買ってもらいました。