表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/93

69.ターニャが十人いると思ってくれ

 夕食の時間だと呼ばれ、メイドの後をついていく。

 招待された長いテーブルにはもう全員が席に着いていた。

 メルクたちは普段とそうかわらない服だ。


「あらー、可愛らしいじゃない」

 と、マリアの言葉を皮切りに、皆が褒めてくれる。

 マリアと、キャルの間の席に案内された。


「慣れない服かもしれないが、明日会う学院の教授陣は皆貴族なんだ。勝手なことをしてすまないね」

「い、いえ……」

「アリス、ぴっかぴかに磨いてもらってない? すごくいい香りがするし!」

「うん、すごかった」

 慣れていないアリスにとってあれは拷問だ。風呂自体は気持ちいいが、肌が未だにひりひりする気がする。


「さあ、今日はマナーなどは気にせずどうぞ」

「私も騎士や兵士と城下で食事をすることもあるし、妻は元々平民出身だ。気にしなくていいよ」

 マナーなどと言われてもまったくわからないのでそこは助かる。

 食事はとても美味しかった。ただ、順番に出てくるので、あとどのくらいかが分からなくて困った。デザートとお茶を最後に出されたが、そのときにはもうお腹がいっぱいで食べることができないくらいだ。


「アリスって食が細いよね」

「皆と同じだけは食べられないよ~」

 残ったフルーツをキャルにあげたら喜んだ。お行儀が悪いけど、と断って彼女はぺろっと食べきる。

 メルクたちは皆、パンのお代わりもしていたのだ。

 冬支度、足りなくなるのも納得だ。


「久しぶりのベッドだろう? ゆっくり休んで明日に備えてくれ。明日は、皆行くのか?」

「さすがにそれはご迷惑でしょう?」

 とはメルク。

「行きます」

 は、ロイ。

「私はやめときます。学院って、勉強するところでしょう? しかも貴族だらけとか、怖い」

「私はちょっと興味あるから、行こうかなぁ~」

 フォンはまだデザート中で黙ったまま。狩り以外のおしゃべりは、相変わらず必要最低限だ。


 結局、メルク、ロイ、マリアがついてくることになった。一人は怖いので素直に嬉しい。

「アリスさんはちょっと大変だけどな……ターニャが十人いると思ってくれ」

「それはちょっと……」

 無理かもしれない。




「なんか、服、綺麗になってる?」

「昨日のうちに洗濯してくれたらしい」

「お貴族様のメイドさん、優秀だもの~」

 一晩で洗濯して繕ったり色々やってくれたそうだ。

 アリスの消えた服はどこに行ったのだろう。今朝は宣言通り紺色のワンピースだ。くるぶしくらいまであり、ブーツも新品が準備してあった。昨日の夕方履いていたブーツとはまた別なのだ。足の大きさもぴったりで、びっくりした。


「アリス、いい匂いがする」

「メイドさんが、お気に入りの香油を……」

 今日は爽やかなすっとした匂いのするものだった。


「香油いいわよね~私もお肌の手入れしてもらっちゃった」

 美人がぴかぴかつるつるで、とても綺麗になっている。キャルは昨晩は風呂の補助を断ったそうだ。だが、アリスのつるつるぶりを見てお願いしたら酷い目にあったと朝食で嘆いていた。

 ゴシゴシされたんだろうと思う。


「こうなると湯船が欲しい」

「無理。今でも長い湯浴みがさらに長くなるんだろう、迷惑極まりない」

「女性の身支度は時間がかかるものさ、メルク」

「知っていますよ、ええ」

 レークスが笑ってる。


 初めて馬車に乗った。荷馬車とは段違いで、座っててお尻が痛くなるようなことはない。中にソファがあるのだ。クッションの厚みがすごくて、振動がそこで吸収されてしまう。

 背の高い男性陣が三人も乗っているのに、さらにそこにマリアとアリスがいて座れてしまうのがすごい。

 ちなみに、レークスとメルクが向かいに、ロイ、アリス、マリアと並んで座っている。


「レークス様、アリスちゃんのこの服って、もらってしまっていいのかしら?」

「ああ、必要なら持って帰ってもらって構わない」

「マリア!?」

「だってー可愛いもの~シンプルだし、そこまで華美じゃない。仕立てがよいから長持ちするわよ。アリスちゃん、もうずっと背伸びてないから止まったんだろうし、いいじゃなーい。ねえ、ロイ」

「街で着るのか? 目立つだろ」

「そうじゃないでしょう……可愛いって褒めるところでしょうよ」

「……とても、可愛い」

「う、うん。ありがとう」

 マリアがロイを睨んでいた。




 窓から見える風景が、屋敷から木々に囲まれたものに変わった頃、大きな建物が左手に見えた。

「あれが王立学院だ。学問で優秀さを認められたら入ることの出来る場所だな。ターニャ様もとても優秀な方なんだよ。あの若さで学院に入ることが許されたんだからね」

 ターニャはたぶん、二十歳前だ。アリスより少し上くらいだろう。


「少し貴族らしからぬ振る舞いがあっても、許されているのはそのせいだ。あと、実家が侯爵家だというのもある」


「アリスさーん!!」

 遠くから呼ぶ声が聞こえる。

 学園前の円形広場で手を振るターニャの姿が、小窓から見えた。

「貴族の爵位は知っているか? 侯爵家は公爵家に次ぐ高位貴族だ。教授陣ももう爵位を譲った方々や、兄弟に爵位を譲って学問に打ち込んでいる方が多い。脅すようになって申し訳ないが、一応、我慢してくれ」

「はい……」


 礼儀をわきまえてでなく、我慢と言われた意味はすぐわかった。




「こちら、アリスさんの回復薬に興味を持った方々です。お名前は省略しますね~貴族の名前は長ったらしいので覚えるの大変でしょうから。服の色で青いローブのおじいさまおばあさまでよろしいですよ」

「ええ、それで構いませんね」

「まったく問題ありません」

「ささ、それよりも、実験室は準備しておりますよ」

「はやく、調薬を見せてくださいな」


「学問を修める方々は好奇心が旺盛なのですよ」

 レークスが苦笑する。


 調薬陣は持って来ている。今はロイが運んでくれていた。アリスが教授たちに押され、連れて行かれている後ろから、彼らはついてくる。

 できれば助けて欲しいが、たぶんこれが我慢するところだ。

 大変な一日になりそうだった。

ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。


10人のターニャに囲まれます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ