68.そのときは俺は残るつもりです
レークスに連れられて、ターニャと移動するのだが、気持ちが高ぶりすぎているのか、ずっと話しているのだ。
「ターニャ様、少し落ち着こう。じゃないとロイに切り捨てられそうだよ」
「切り捨てていいなら」
「ダメだよ、ロイ」
レークスは笑ってるが、アリスはびっくりだ。
確かに往来でのこれはちょっと参ってしまっているが、前回を考えると十分想定内だった。
「王宮に部屋を用意すると言われたんだが、さすがにアリスさんも気を遣うだろう? ということで我が家に部屋を用意した。ロイたちはどうする? 一応人数分確保できるが」
「助かります」
「アリスさんは、ターニャ様に色々引っ張り回される。護衛がてら私が一緒にと思っているが、ロイも来るのか?」
「そのつもりです」
「わかった。あとは?」
「さあ、他の四人は知りません」
「ふうん。ともかく、ロラン商会の店舗に、メルクたちにうちに来るよう伝えておこう。帰りは何日後だ?」
「十日後くらいかと」
「間に合うかわからんな。最悪俺がしっかり送る予定だ」
「……そのときは俺は残るつもりです」
「ロイ! だめだよそんなの」
仕事なのに。
「まあ、そのときはまた考えようか。さあ、ようこそ我が家へ」
レークスはもちろん爵位持ちだが、土地はない。騎士団としての給金と、妻の実家からの援助で暮らしているという。にしてはかなり大きな建物だった。ミールスの街の貴族の屋敷くらいある。
「嫁の家が豪商でね」
と笑っていると、奥から女性が現れた。
「お帰りなさい、あなた」
「ああ、ただいま。こちらがあのアリスさんだよ。アリスさん、この美しい女性が我が最愛の妻、カレアーナだ」
金髪に緑色の目をした柔らかな印象の可愛らしい人だ。レークスが黒髪黒目の厳しめの顔なので、一緒にいるとかわいらしさが引き立つ。
「お初にお目にかかります――」
「まあ! あなたが!! お礼がしたりないのよ、明日ドレスを見に行かない? 可愛いわねー栗色の髪に映える色、何にしようかしら」
手を取られてまくし立てられ、アリスは次の言葉を紡ぐことなく口をパクパクとさせていた。
「だめですよカレアーナ様っ! アリスさんは明日から教授陣の前で調薬三昧ですっ!」
「ええっ……若くて可愛い子が何をしてるのよ。おしゃれよ、おしゃれをしなけりゃ始まらないわよっ!」
「着飾っても調薬の効果は変わりませんからっ!」
「あなたそのままじゃ本当に行き後れるわよっ! この間紹介した子爵令息はどうなったのよ!!」
「流行の話しかしないような阿呆はお断りです!!」
怒濤の勢いに、数歩下がる。手は、ターニャと言い合いを始めた時点で離れていた。
「ほら、二人とも。お客様を立たせたままはだめだ。ターニャ様。調薬は明日からだ。馬車を回すから今日は帰りなさい。カレアーナ、アリスさんは仕事で来たんだ。ドレスは……時間があったらにしなさい」
いらないですと、首をブンブン振っているが気付いてるのに無視される。
「明日学術院に時間通りに連れて行くから」
「迎えに来ますよ!!」
「いらないよ、はい、ターニャ様お疲れ様。教授陣によろしく」
玄関前に着いた馬車に、ターニャはそれは見事にぽいっと詰め込まれて去って行った。
「すまないね。彼女も興味があることにはまっしぐらで、歯止めがきかないというか」
「流行ばかり話すような阿呆はダメってことは、学問を修めてる子爵令息辺りを狙うべきかしら?」
「まだその方が望みがありそうだな。まあ今は部屋に案内してあげてくれるか?」
「ええ、そうね。アリスさん、こちらよ、いらして」
お屋敷は、三階建てだった。部屋数もたくさんある。
「レークス様の部下の方がいらしたりするでしょう? 基本的に宿舎に住んでらっしゃるのだけど、たまにお泊まりになるのよ。客室だけはたくさんあるの。どうぞ、満足いただければいいのだけれど」
満足どころの話ではない。
広い。
ベッドとその周りだけで、アリスの部屋と同じくらいの大きさだった。大きなベッドに、タンス、ソファ、テーブル。奥にまだ扉がある。
「こっちはお風呂ね。使い方は……すぐメイドを向かわせるわ。お友だちはまだ来ないでしょうし、よかったら旅の埃を落としてね」
つまり、汚いからとっとと入れということか。確かに、こんな汚れた状態では屋敷を汚してしまう。
「すぐ入ります」
「わかったわ。ゆっくりくつろいで」
このときの返事を、アリスはすぐ後悔することになった。
お風呂には慣れていたはずだ。
スミレが準備してくれて、身体を洗い流した後のすっきりした感じも気に入っていたので、わりと頻繁に風呂に入っていたと思う。週に一回は必ず。
「あら、平民のお嬢さんにしては身ぎれいにされているのね」
「本当に、お湯も一度で足りるんじゃなくて?」
「替えのお湯は止めてもらって」
「髪も綺麗よ。薄化粧をしたら映えそうだわ」
「着替えは何色がいいかしら?」
「旦那様の色の説明は曖昧なのよ。男性ってダメねえ」
「こら、男性全般に当てはめちゃだめよ。まあ、旦那様は奥様が好きすぎて他に目がいかないのよ」
「それは本当にその通りだわ」
メイドは三人。ずっと口が回っている。だがその間も手はひとときも止まることはない。一番最初に風呂に入ったとき、何度も何度も身体をこすられた。だが今はそのとき以上にゴシゴシとやられている。
皮膚がべろりとむけてしまう。
「さあ、アリスさん、上がりましょう」
最後に湯をかけられ、背中がひりひりとした状態に心で泣きながら今度は香油を塗られた。
最初に自分で出来ますからと言ったのに、すぱっと断られて諦めた。
諦めなければよかった……。
風呂場で椅子に座らせられて、香油をたっぷりすり込まれた。とても甘いいい香りがする。
「私のお勧めの香油です。男なんてこれでイチコロですわ」
「ホントに貴方は甘ったるいのが好きねえ。明日は私のお勧めの香油にしますね」
「あまり塗りすぎたらだめよ、キツい香りは男性を遠ざけるのよ」
そして、アリスの着ていた服は消えていた。
代わりにあったのは、深い赤のワンピースだ。
「明日のお出かけは学院の教授様とお会いになるのでしょう? 少しおとなしめがいいと思うので、紺にします。その代わり今日は赤です」
「ホントに、可愛らしくなりましたね。髪も結いましょうか」
「まだ未婚でしょう。全部結い上げてはだめですね。サイドを少しすくって、そうね、それくらいにしておきましょう」
仕上がったころには日も暮れていた。
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レークスの家でお世話になります。