67.馬は乗れません
王都までは荷馬車があると十日はかかる。
最初は一緒に歩いていたアリスだが、すぐに荷馬車に上げられた。御者席の隣にお邪魔する。
「慣れないことはするもんじゃないよ」
「森歩きも慣れてるつもりだったのに」
「距離を稼ぎたいからそれなりの速さで歩くからねえ」
荷馬車はいつもゆっくり進んでいるように見えていたのに、実際はそれなりに速かった。
いざというとき走れるようにしておきなと言われたが、今度は荷馬車にずっと座っているのが辛くなった。
店番で椅子に座ってるのは苦じゃないのに、なんでこんなことになるのか。
昼休憩で停まった頃にはぐったりしてしまった。
「初めての旅なんてそんなものだよ」
御者のコールが慰めてくれる。
「店の人間も、初めて王都に向かうときはみんなぐったりしてるさ」
コールはもう何年も商会の荷馬車に乗って王都を行き来しているそうだ。
「最初は大変だったけど、旅は結構おもしろいよ。魔物は確かに怖いけど、メルクさんたちが護衛についてくれるようになってからは安心だ」
「お褒めの言葉、ありがたくちょうだいいたします」
「アリスさんも王都に着く頃には慣れるでしょう。荷馬車の荷台は、クッションを敷いているとは言え身体に響きますからね、私の馬と交代しますか?」
今回はロラン商会長も一緒に来ている。彼の乗っている馬は黒だ。とても毛並みの美しい馬だ。
が、アリスは慌てて首を振る。
「馬は乗れません」
「俺が一緒に乗るよ」
「えー、馬に乗れるなら私がアリスと乗るよ!」
ロイとキャルが揉めているが、絶対馬の方が疲れるはず。
「荷馬車でお願いします」
三日もすれば荷馬車に慣れた。
「なら次は馬だ」
「それは無理無理無理」
絶対無理。あんなに高いのに、言うほど馬の背は広くない。横にずり落ちそうで怖い。
「でも練習はしておいた方がいいだろう?」
何がいいだろう? なのか。理解に苦しむ。
ロイとアリスのやりとりに、メルクが口を挟む。
「まあでも、アリスちゃん、馬を試しておくのもいいと思うよ。帰りはその方が楽になるかもしれないし。楽になるならレークス様に馬代もらえばいいよ。それくらい請求しても怒られないって」
ということで馬に初挑戦となった。
「乗るのが……」
「アリス、へっぴり腰なんだもん」
キャルが笑ってる。その笑ってるキャルにお尻を押されて、ロイに引き上げられてなんとか乗ることができた。馬の背は高い。
「この馬は賢いから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「自慢の子ですよ」
ロラン商会長が応える。
しばらくして、突然馬が馬車から離れた。
「ロイ!?」
「ちょっと走ろう」
耳元で、笑う。
「ロイ!!」
あっという間に荷馬車が小さくなった。馬の走りが直接身体に響いてくる。ロイの両手が身体を支えてくれているからなんとか保っているが、しゃべっていたら舌を噛みそうで何も言えなくなる。
スピードに少し怖くなり、身体を後ろに倒すと、ロイが右手でアリスの身体を抱きしめる。
「楽しいだろ?」
答えるために口を開くのもためらう。
やがて、くるりと向きを変えると荷馬車に向かって走り出した。
「アリスちゃん大丈夫か?」
「初めての乗馬でさすがに速すぎるわよ」
メルクとマリアからお叱りが飛ぶ。が、ロイは素早く馬から下りるとフォンに声をかける。
「少し先に狼。こんな平原に何でいるかわからないけど、二人で行こう」
アリスを馬から下ろしてくれている間にフォンが駆け出す。
「何匹だ?」
「群れだ。十はいた」
「二人で大丈夫か?」
「とにかく数を減らす。また連絡する」
そしてすごい速さで走り去っていった。魔法のおかげらしい。
「狼は足も速いし鼻も利く。少し荷馬車のスピードを落としましょう。アリスちゃんは荷台に乗って」
メルクは馬の手綱を引きながら荷馬車の横に、マリアは後ろ、キャルが前を歩いた。
そして、しばらくしてフォンが現れた。
「全部始末したが、血の匂いが流れた。普通ならこんな街道に魔物は来ないが、荷馬車も少し避けて行った方がよさそうだ。この先にロイが別の道を敷いた」
街道は、皆が日々通って作り上げている道だ。人の足で踏み固められたものだった。少し逸れたら草だらけで荷馬車は進みにくい。ロイが魔法で道をならすのだろう。
すぐにロイの姿が見えた。怪我もなく無事のようだ。普段から黒づくめなので怪我をしてもわかりにくいが、表情に余裕がある。
「こちらへ」
促された方にも道がある。
最後に道に印を付けておくそうだ。一時的に回避したとわかるような冒険者同士のマークがあるらしい。
「本当に、メルクさんたちと一緒の旅は安心していられますね」
ロラン商会長とコールがそう話し合っていた。
たまにああいったことはあれども、旅程は概ね問題なく終わった。
それでも、王都の門が見えてくるとほっとする。
門のところで身分証明を見せる。アリスは、預かった手紙を見せた。
途端に兵士たちが居住まいを正す。
「お待ちしておりました。迎えの者が来るまでこちらでお待ちください」
門近くの詰め所へと促される。
「ロイ、一緒にいてやれ」
一人残されるのは心細いのでありがたいが、仕事中なのではないだろうか。
「構いませんよ、後は王都の店に行くだけですので」
ロラン商会長の言葉に、ロイは頷いた。
話はついただろうと、兵士はアリスとロイを先導する。
門の詰め所の中の一室に通された。
そうしてしばらく待たされ、ドアの向こうが騒がしいと思ったら、バンッと勢いよくドアが開け放たれた。部屋で座っていたロイが瞬間立ち上がる。
しかし、現れたのはターニャ。
「アリスさん! 遠路はるばるありがとうございますー!!」
多分だが、彼女は貴族なのだ。上級貴族ではないのだろうが、それでも本来礼を尽くさねばならない相手だ。
その彼女がロイを押しのけアリスに飛びつく。
「慣れない旅は大変だったでしょう? お疲れさまです。もう、今か今かと心待ちにしておりました!」
熱烈な歓迎の後ろから顔を出すのはレークスだ。彼は苦笑いをしながらロイに話しかける。
「他の皆は?」
「ロラン商会の店舗に。今回護衛として一緒にアリスと来た形になっているから」
「そうかそうか。ロラン商会の気遣いには感謝をしなければな。さあ、アリスさん。行こうか」
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無事王都へ着きました!
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