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66.それはちょっと勘弁

 しばらく森には入れず、薬草の採取もできなかった。

 ギルドに置いてきた回復薬は、後日呼ばれて使った分は代金を。余った分はその場で自分の回復薬を使ってしまった冒険者たちに買われていった。

 まだ多少回復薬は置いてあったが、心許ない。

 そうこうしている間に、ロイたちの出発が迫っている。ロラン商会の定期便が王都へ向かって出発するのだ。今回は迷宮にもぐることはないが、往復に一ヶ月弱かかる。


「明日フォンと採取に行ってくる。魔物狩りついでだけど」

「申し訳ないけど、ちょっと今の森は怖いからお願い」

「この間、キャルに中級渡してただろ? キャルが代金を払おうとしたのを断ったってのも聞いてるし、今回は対価の回復薬なしで。皆も了承してる」

 ごねても無理な気がしたので素直に受け取ることにした。




 ロイたちがいない間は、スウェンとハリーが森に入って素材を採ってきてくれた。本当に助かる。

 これといって騒がしいこともなく、穏やかな日常を甘受していた。


 そして、ロイたちが帰ってきてもたらしたものに、アリスは深いため息をついたのだ。


「残念だけど、強制ではないと書いてあっても強制だ」

「わかってます……」

「ロラン商会さんが、せっかくなら荷馬車に乗って行けばいいと言ってくださった。それだけでもだいぶ楽だからな。いつもの定期便より速いが、荷馬車を出してくれるらしいから」

「お気遣いに感謝しないとですね」

「滞在期間がわからないのが困りものだが……まあ、頑張るしかないね」


「泊まるところきちんとしてくれたら、別に私たちもしばらく王都にいてもいいしね~」

 王都好きのキャルが言うがメルクは首を振る。

「絶対それ言うなよ。王宮に泊まれとか言われたらどうするんだよ」

「それはちょっと勘弁」


 ターニャからの、王都でお手本を見せてくれという手紙だった。


 ターニャは精力的に回復薬を作り続け、レークスは訓練と称して怪我人を積み上げたそうだ。実際この訓練により騎士や兵士の実力はあがったので問題ないと書いてあったが、実験台にされた側はたまらないだろう。低級でなく、中級を使うほどの怪我をしたのだから。


 ターニャの新しい回復薬の効果は、王宮勤めの薬師たちの目にも明らかだったらしく、彼らもまたターニャに倣って作り、実験を重ねたという。一応手順通りにやってはいるが、それが実際アリスの薬とどの程度の差があるかなども確認したいし、アリスが作るのも見たいとの声が上がった。


 研究馬鹿なのだと、レークスの感想が小さな文字で記してあった。


 あちらでの生活は責任を持ってレークスが面倒を見るので、身一つで来てもらって構わない。衣類も用意する、と。

 衣類……これは、普段着ているようなみすぼらしい服装ではダメだと言うことか?

 そうなると、用意される物が恐ろしい。


 憂鬱でしかないが、出発は一週間後だ。色々と片付けていかなければならない。

 一番最初にしたことが、トシとスミレにしばらく会えなくなると言うことだった。

「仕方ないけど寂しいわね。気をつけて、怪我しないでね」

「ロイの坊やが一緒に行くんだろ? なら平気だろう」

「そうね、アリスちゃんについて回るのかしら。それが許可されるのかしら、王宮ってお城でしょう? まあ、想像つかない世界だわ」

「私も、お城、どんなところなのか全然わからないや」

「城っていってもアリスが行くのは実験室みたいなところなんじゃないか?」

「そうね、王様に会うとかはなさそうよね」

 アリスがうんうんと頷いていると、トシが少しだけ顔をしかめた。

「ただなぁ、アリス、お前、聖者だって向こうは知ってるんだろ?」

 問題はそこだろう。

「まあ、気をつけて」

「トシさんとスミレさんに会えなくなるのが嫌だ……」


 王都に行くのはそこまで問題ではないのだ。

 ここの扉を通れなくなるのが、嫌なのだ。


「それだが……まあ、うん。帰ってきたらまたうまいもんたくさん作ってやるから」

「そうそう、お帰りパーティーしましょうね。ここのセンサーは常につけておくから、来たらわかるわ。スマホに通知がくるようにしたのよ。便利だわ」

「そんなことも出来るんだね。科学ってすごいね」

「俺らからしたら、魔法がすごいが……まあ、努力と知恵の結晶だよ、科学は」

「薫子さんも、回復薬を努力と知恵でもっとすごい物にしたんだね……」


 扉の向こうの世界は、努力と知恵の世界だった。




 出発の朝。ロイたちに言われて準備した物の確認をしていると、扉が開いた。

「アリス、これ持っていって」

 焼きたてのパンだ。

「ええ、ありがとう。お店の空気入れ替え、申し訳ないけどお願いね」

「任せて。素材倉庫の中身は大丈夫?」

「うん。あそこは泥棒避けもしてるし、触らないのが正解だよ。ロイたちのおうちまで、ごめんね?」

「たいした手間じゃないし、帰ってきたときにチナ鳥取ってきてもらう約束をしたわ」

「チナ鳥焼いたのをパンに挟んだら美味しそうだね」

「その案はいただきだわ。……気をつけてね」

「うん。皆がいるし大丈夫だよ」


 一緒に出て鍵を掛ける。

 焼きたてのパンは布に包まれているので、このまま持って行くことにした。荷台の隅に乗せてもらおう。かなりの数があるように思う。きっと皆が食べられるように持たせてくれたのだ。


 歩いていると、向こうからメルクが現れる。

「ハンナさんよろしくお願いします」

 そう言って鍵を渡した。

「生もの水瓶は始末した?」

「それはしっかりと」

「なら基本空気の入れ換えだけだからね。掃除はしないよ」

「だめよ、ハンナ……手をつけたら全部やりたくなるから、絶対やっちゃダメだよ」


 アリスもかなり我慢したのだ。

 そこまで汚いわけじゃないが、それなりに散らかってる。

 フォンの部屋が一番、何もなくて綺麗だった。


 ハンナとはそこで別れてメルクと門へ向かった。

 門周辺は広場があり、そこに出発前の荷馬車が並んでいる。日によっては溢れて門の外で積み込みをするはめになることも多いそうだ。


「アリス」

 こちらの姿を見つけると、ロイが駆けてきた。

「メルク、準備出来たって」

「それじゃあ行こうか」


ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。


詐欺編終了で、聖者編はじまります。

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