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65.森に行く用事があったのがよかった

 夕方、扉を叩く音がした。アリスは急いで扉を開ける。だが、そこにいたのはハンナだ。


「今日はさすがに売れ残ったわ。よかったら食べて」

「ありがとう。みんな家に籠もってるもんね」


 そうだ、と、後ろを振り返る。

「スープがあるんだけど、持っていく?」

「……ロイに作ったんじゃないの?」

「その、何も手につかないというか、でも何かしてないと不安で、野菜たくさん切ってスープ作ってたの」


「終わったらロイがきっと来るから、ロイに食べさせてやりなさいよ」


 ハンナは手を振って帰って行った。

 あちらで味見を結構したので、お腹は空いていなかった。




 翌朝、早くから店を開ける。ここは門からかなり遠いので、どうなっているかがまったくわからない。

 どうしようか悩んでいると、魚屋の奥さんがやってきた。


「アリス、何か聞いてるかい?」

「ううん。全然」

「冒険者ギルドには同じような人が詰めかけているだろうしねえ……」

 かといって門にも人だかりができているだろう。

 話しているとご近所さんが寄ってくる。


「うちの婆さんが、三十年以上前に同じようなことがあったって言ってたよ」

「突然溢れるんだろ? 定期的にはあるらしいから、今回のもそれなんだろうけど」

「ミールスはわりと冒険者も多いだろ? きっと大丈夫なんだろうが、何もわからないのも不安だよねえ」

「ロイくんも行ったんだろ?」

「早く終わるといいねえ。大きな怪我してなけりゃいいけど」

「アリスちゃんも不安よね」


 そこからどこか事情通の伝手はないのかという話に流れていった。


 門近くに知り合いはいないのか、と。そんな中アリスに視線が集まる。

「そういえばロラン商会が最近出入りしてたんだろ?」

「発注受けてたって話じゃないか」

「アリス、聞きに行ってごらんよ」


「え、ええ……迷惑だよ」


「迷惑にならないよう一人が代表で行くのよ」

「アリスちゃん、お願い。ちょっと見に行ってきてよ。あんまりにも人がいて忙しそうだったらいいし」

「そうそう、少し様子を見て来てよ。なんなら門に行ってもいいしね。あんまり近づいたらだめだけど」

「ここら一帯の人間の代表だよ、アリスちゃん」


 おばさま方に敵うはずがなく、強引に送り出されるはめとなった。


 とはいえ、アリスも気になるのは気になるのだ。彼女たちをだしにして、聞きに行く口実ができたと考えるべきだろうか。


 ロラン商会は街中にある。大きな店だ。いつもせわしなく人が動いているが、今日はまったく買い物客がいない。皆家に籠もっているのか。

 かと思えばかなりの人と行き交った。冒険者でない人が多かったように思う。


「アリスさん」

 近づいていくと、店先にいたカイルがこちらに気付いた。

「こんにちは」

「あまり出歩かない方がいいですよ?」

「それはそうなんですけど……」


 奥からロラン商会長が現れる。


「やあ、アリスさん。どうされました?」


 そこで仕方なく、アリスはことの経緯を話す。

 まあ、人のせいにしているが、アリスも事態を把握したい。


「店頭ではなんですからこちらへ」

 店の中の方へ招き入れられた。


「森の中はやはり魔物で溢れていたそうです。ですがそれも冒険者の皆さんのお力で、かなりの数を減らすことができたので、今日の昼には一度皆帰還するそうですよ」

「それは、よかったです」

「多少の怪我人は出ているそうですが、重傷者や死者はいないということです」

 

 本当によかった。


「それもこれも、ロイさんがいち早く異変に気付いたからですね」

「たまたまですけど、森に行く用事があったのがよかったです」

 あの子どもたちだけで森に入って行ってたら、どんな事態になったか、恐ろしい。あのとき採取に行こうと決めたのがよかった。


 アリスはお礼を言って来た道を戻った。

 こういったことがあると、飲食店がこぞって冒険者をねぎらうために値段を安くすることがあるらしいので、ロイたちはそちらで冒険者仲間と打ち上げをするかもしれない。

 まあ、スープは明日くらいまでは持つだろう。一度火を入れて、素材倉庫にしまっておこう。



 アリスが戻ってくると、家の中からわらわらと奥様方が出てきたので、聞いたことを伝えると、皆胸をなで下ろしていた。

 魔物に対してなすすべがない。冒険者や領主の兵士や騎士に頼るしかなく、不安に押しつぶされそうになりながら待っていた身には、何よりの知らせだ。


 挨拶を交わし、店に戻る。

 少し落ち着いたので、日常を取り戻そう。




 昼過ぎ、店の扉が開く音がした。振り返れば、ロイだ。

「ああ! 無事だったのね!」

 駆け寄ると、既に湯を浴びたのか、薄汚れたところはなかった。服装も街なかのそれだ。


「まあたいしたことないよ」

「怪我は?」

「多少はあったけど、アリスの薬で治った」

 役に立てたことが喜ばしい。


「お昼ご飯は?」

「軽くは食べた」

 それならば、スープの出番だ。

 ハンナのパンも、ひたして食べれば大丈夫。


「温めるから、座って」


 スープを食べたあと、また背中に、魔力溜まりの部分に手を当てる。ロイはだらりと両手を垂らし、頭を机の上に乗せていた。

 やはりだいぶ疲れていたようだ。

 ついでに、魔力を巡らしてロイの内臓の位置を探る。やはり、あの本に載っていたのと同じだった。科学というものはすごいのだ。


 そのうち気づけばロイは眠ってしまっていた。上半身裸なのでこのままでは風邪をひく。

 だが、起こすのは可哀想なので、上掛けを持ってきた。

 床につかないように、ロイの身体をしっかり覆う。変な体勢で寝ているから、起きたとき首の調子がおかしいかもしれないが、それはまたアリスが魔力を巡らせればいいだろう。


「お疲れ様」


 客が来て、ロイが起きてしまうとかわいそうなので、閉店にしておいた。


 

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