63.なんでロイがダメって言うの
アリスがこれは治癒術でと説明するも、残った三人はニコニコするだけ。
「メルクさんもします?」
「いやいやいや、しない!」
「ダメ」
「なんでロイがダメって言うの?」
ロイが特別疲れているのかと思ったが、疲れていそうなのは誰もが同じだった。
「みんなすごく疲れてる感じだし、ロイも楽になったって言ってたでしょ」
「ダメだ」
ロイは側にあった上着を着ながらそういうと、席を立った。
「マリアさんがやるなら部屋で」
「う~ん、そんなにいいものならしてもらいたい気もするけど、やめとこっかなぁ。回復薬をお願いします」
迷宮がかなり大変だったのは、全員が全員中級回復薬をほぼ使い切っていたことでわかる。
「どちらかというと疲労回復に使ったからな……」
「引き返すタイミングが難しいですね」
「低層階をどれだけ体力を使わずに通り抜けるかにかかってる気がする」
「途中道間違えたでしょう? 次は気をつけないと。フォンだけが悪いんじゃないと思うわ。あそこ本当に入り組んでるから」
メルクとフォン、ロイも金を払いながら真剣に話していた。
「とりあえず家賃分は稼いできたから、しばらくは休憩だな。王都への往復はするかもしれないけど。アリスちゃん、回復薬の素材はどう? 俺らで採ってくるよ。二日くらい休んだ後で」
「そうしてもらえると助かります」
「美味しい物食べてゆっくりするわ~またね、アリスちゃん」
三人はキャルの分もとたくさんの中級回復薬を持って帰って行った。
「ロイ、ご飯足りた?」
「うん……アリス、あれ、他のヤツにやるなよ」
「えっ、別に魔力そこまで使わないよ? 最初のほんの少しだけだし、身体へ負担もないし」
かなりいいことづくめの治癒術だ。患者の疲労回復で施術するそうだ。
「だけど、直接魔力溜まり辺りに手を触れないといけないんだろう?」
「うん、まあそれはそう。それが一番魔力の消費が少ないから」
荷物を整理しながらだったロイが、くるりと振り返りアリスに迫る。
「上半身裸になった男に触れるなんてダメだろ」
ロイに言われた言葉が頭の中で反芻され、あの状況がどんな風に見えていたかに気付いた。キャルが出て行った理由も、やっとわかる。
顔が熱くなる。
「えっと、ああ。あの、でも」
「マリアには部屋でって言ったくせに」
それは、女性だから。なんて言い訳できる状況ではない。
「普通は、この年になったら治療でもない限り異性に触れない」
「……だから治療だし。ロイは昔からで」
「昔からだから……俺は、まあいいとして、他の男には触るなよ。アリスは誰にでも親切だし丁寧に接するから、男は勘違いするぞ」
勘違いさせたばかりなのでロイの言葉が身にしみる。
「……メルクさんやフォンさんに勘違いさせた?」
「あの二人はそんな風に思ってないよ。アリスのこともよくわかってるから。だけど、ダメ」
「……はい。マリアさんは?」
「マリアはやりたいって言うならいんじゃないか? 女性の治癒師が重宝されるのってそういうことだし。ただ、アリスは治癒師は無理だよ。魔力が足りない」
「そう、だね」
残念なことに魔力量は生まれついてのものだ。成長するごとに増えてはいくが、ちょうどアリスたちの年頃でそれもストップする。身体の成長が終わる頃には魔力の増量も終わりだ。
「明後日中級の採取なら……、明日低級回復薬の採取に行くか?」
「ああ、うん。そうだね、あちらもちょっと出たから補充しておくのもいいな」
約束をして、ロイも家に帰っていった。
翌日は朝からロイが迎えにきて、採取だ。
大きめの通りを通って、最後は門までの大通りに出る。ここは道幅も広く、荷馬車が行き交う。朝のこの時間は活気のある場所だ。
と、門近くのルート商会が目に入った。
先日のことがあるのであまり近づきたくないなと思っていたら、ロイがアリスの手を引いてわざとそちらを通る。
「ロイ!?」
声を上げるが彼の足は止まらないし、そうなるとアリスはされるがままに進むこととなった。
店の前を通る時、ハルマが店頭にいた。
だが、こちらと目を合わさないよう、顔をそらしている。他の従業員とも、誰一人として目が合わない。
ロイを見上げると口の端を上げて笑っている。
「ロイ?」
「何?」
これは絶対何かやっている。聞いた、王都の酒場だけじゃなさそうだ。
最近はアリスが採取に行かなくても誰かが行ってくれるので、久しぶりの門だった。採取がなければここまで来ることがない。
「やあアリスちゃん、ロイくん。気をつけて」
門兵がそう言って手を振るので、アリスも笑顔で手を振り替えそうとしたら、手が強くひっぱられた。
「ロイ! 危ない」
「早く行くよ」
そんなに急いでも素材がなくなることなんてないのに。
そう思っていたのに、森の入り口付近でその異常さに、ロイが気付いた。
「アリス止まって」
まだ森の中に入り始めたところだ。
この付近で魔物に遭うことなんてまずない。子どもたちのキノコ採取ポイントでもあった。
「どうしたの?」
「すぐそこに十匹以上魔物がいる。なんだかおかしい……帰ろう」
「こんなところに?」
ロイの探索能力を疑うのわけじゃないが、さすがにこんな森の外、街の近くでそれはないだろう。
「ダメだアリス、急ごう。おかしすぎる。ギルドに報告しないと」
帰り道、子どもたちが採取籠を持って街からやってきたので、その子どもたちも連れて門まで行く。
「あれ、どうした?」
さっき見送ったばかりのアリスたちが、同じく出て行ったばかりの子どもを伴って帰ってきたのだ、門兵も不審そうにする。
「森が変だ。外周に魔物が迫ってる」
ロイがシルバーランクになり、彼の探査能力を知ってる門兵たちは顔色を変えた。
「門を閉鎖した方がいいだろうか」
「上に指示を仰ごう」
「俺がギルドに行くよ。アリス、家にいるメルクたちに声を掛けてくれるか? ギルドに来て欲しいって」
ロイたちの会話に、門付近にいた人々も不安そうにし始める。
「とにかく動こう。人を街から出さないで」
アリスもメルクたちに知らせるべく駆けだした。
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にぶちんVSなんだろうな……奥手ではないんだけどなぁ、きっと