60.ロイだっていつも無事とは限らない
ロイを見送って、ランタンを持って部屋に行く。封蝋をゆっくり剥がして、レークスからの手紙を取り出した。
まず、アリスの回復薬の効果について。やはり手順や処理の仕方が大切だったようで、これはとても素晴らしい発見だと、研究者たちの間でも絶賛されたそうだ。先に金貨十枚を渡したが、それでは足りないとも言われた、と。
メルクが言っていた通り、きちんと対価を払うので、浸透させたいという。
まあ、同じ材料で作れるのならよいものの方がいいだろう。そこには何も異論はない。
名前を正中級回復薬とするそうだ。さらには、こちらの薬が広まった後でいいので、上級回復薬の実演もして欲しいとあった。
アリスの薬は全部手順が違うのではないかという話が持ち上がったそうだ。
それは、否定できないというかたぶん、違う。特に低級が。
「うーん」
低級はこのままにさせてもらいたいなと思った。
低級は冒険者だけでなく街の人々も使うのだ。手順が違い効果が違うから値段を上げるとなってしまうと、アリスは他の薬師が作っている低級を作ることができない。
ただ値段の上がった今までと同じ物が売られることになるのだ。
上級は、書き付けを見たが研究しているものは残っていなかったと思う。
たぶん、材料が集めにくいし、上級が必要なほどの傷を何度も作ることができなかったのだろう。当然だ。上級を使うときは窮地に追い込まれているときなのだから。
あちらの態勢が整ったところで、王都に来て実演してもらいたいと記してあった。
王都か。
正直行きたくない。
回復薬が効くのは祖父の代から変わらないはずだ。祖父とアリスの手順はまったく同じで、品質も変わらない。
何が違ってしまったのだろう。
なぜアリスの代になってからこんなに注目を浴びることになってしまったのだろう。
はあ、とため息を吐いて、枕をぐっと抱きしめる。
さっきのロイも何なんだろう。
ロイは冒険者だ。強くて、背も高く、顔も悪くない。街中ではいつも女性に声を掛けられている。
幼なじみだから色々と気遣ってくれるが、本来はアリスなんかと一緒にいるタイプではないのだ。
ああやって気を遣われれば遣われるほど困ってしまう。
「ううう」
枕に向かって呻く。
最近は考えることが多くて疲れる。
「はーい、アリスちゃんお土産。昨日渡しそびれちゃった」
「マリアさん、もうこれからは私の中級回復薬売れないでしょう? 気を遣ってもらわなくていいですよ?」
「可愛いアリスちゃんにお土産は買いたくなっちゃうのよ~ロイと同じようにね」
にこりと笑うマリアをカウンターの奥へ通す。
女性だから、問題ないだろう。
お茶と、この間作った残りの芋飴を出した。
「ロイもあれは、鍛えたらゴールドに行くわね。今回で、フォンがさらにやる気を出したの。次の中階層はかなりしごかれるかも」
「回復薬しっかりと持っていってもらわないとですね」
「……そうね」
先ほど入れたお茶は冷めているが、味は悪くならない。
せっかくだからマリアからもらった砂糖菓子を並べて食べる。
「冒険者はね、死の淵が常にそばにあるの」
唐突に語り出したマリアの表情は変わらず笑顔だった。
「どんなに強く熟練した冒険者でも、よ。だからね、後悔しないようにやりたいことはやっておくし、食べたいものは食べておくし飲みたい酒は飲んでおくのよ!」
バン、と机を叩く。
「あの赤い煮込みがまた食べたい!」
「あー、あれ……」
トマト、まだ時期じゃない気がする。真夏にたくさん出来ると言っていたから、今はないと思う。
「それか白い煮込み!」
スミレの特別な調味料、ルーが必要なやつだ。
「あれはチナ鳥でたまたま美味しくなったと思うの」
「つまり明日はチナ鳥狩りね。わかった。メルクたちは今日は採取に行ったんでしょう?」
「うん。中級と低級の素材を採りに行ってくれてる」
「ここに来たら真っ直ぐ家に帰って来てって言っておいて」
マリアがやる気だ。これは、スミレにお願いしてルーを手に入れなければいけない。
「アリスちゃん。ロイもよ? ロイだっていつも無事とは限らない。だって冒険者だもの」
「えっ?」
「それじゃあ、チナ鳥待っててね」
言いたいことだけ言うと、マリアはさっさと店を出て行った。
「ホワイトシチューは美味しいものね~わかるわ。私は白菜を入れた鶏団子のやつが好きよ」
「俺は鶏胸肉で作ったあっさりしたやつがいいな」
事情を話してルーを皿に分けてもらった。
「小麦粉とミルクで作ってみたんだけど、これとはちょっと違うみたい」
「まあそうね。他にもいろんな物が入ってるから。マリアさんも冒険者なんでしょう?」
「うん、魔法を使うんだよ。火ならロイよりも上手だってフォンさんが言ってた」
「死と隣り合わせかぁ……今の日本じゃそんな職業はねえからな。もちろん危ない仕事はあるが、命のやりとりをするようなもんはない。やっぱりアリスの世界はこっちよりも過酷だな」
「魔物がいないんだよね?」
「もちろん人を襲う動物はいるが、人はそういった動物が住むところにはほとんど住んでないし、住むとしたら対策をたてるし……むしろ、ライオンなんか飼ってるからなあ」
「飼う?」
「これはなかなか説明が難しいな……動物園なんて、アリスたちにとったら狂気の沙汰だな」
トシとスミレはうーんと唸って考え込んでいた。
「そう、まだ先になるんだけど、ちょっと王都に行くかもしれないから、そしたらしばらくこっちには来れなさそう。決まった時にまた言うけど」
「王都か。へえ、ミールスの街よりずっと大きいんだろ?」
「うん。何倍も。回復薬がやっぱり手順とか処理で改善されているだろうから、中級以外も実演して見せて欲しいって」
「まあ、命のやりとりが頻繁にある世界じゃ、回復薬ってのは大切なもんなんだろうよ。しっかりお代とってやれよ!」
「そこら辺は私よりも向こうが何かと気を遣ってくれてる。それに――」
気を遣う理由があることにも気付いてしまった。
「前に特別な能力がある人が聖女とか聖人って言われてるって話したでしょう?」
「ああ。聞いたな」
トシの顔がすっと引き締まった。
頭のよい二人は、もうずっと前から気付いていたようだった。アリスだけだ、言われるまでまったくピンときていなかったのは。
「まとめて聖者って言うんだけど、この間、私も聖者だろうって言われた。ただ、能力がこの回復薬の効果向上かもと思われていたらしいんだけど、どうやら違うなら、他にもあるんじゃないかって」
「他にも? こっちに来られることを話したんじゃないのか」
「違うの。聖者には聖者がわかるんだって。……私もフードで顔を隠していた聖女アメリア様が、ずっとピリピリ気になってた。たぶん、あれが聖者がわかるってことだと思う」
「はあ、それでばれちまったのか」
「能力はまだわからないってことになってるけどね」
「王都に行ったら色々聞かれるかもしれない」
「うーん、まあ大してあちらさんに害になる能力ではないと思うが、ただ、人を連れてきたらアリスの力はなくなるんだろうから、帰ることができなくなる。無理矢理でも一緒に移動しようなんてさせないように気をつけろ。お前さんの大切な物があっちにはたくさんあるんだろう」
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さあ、場所を移して物語が進んでまいります。