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59.酒場の方は俺が収めておきました

 その後兵士たちが酒場に押しかけ、どこから話が回ったのかレークスまでやってきたのだ。鼻を曲げられた男とその仲間がギャンギャン吠えていたが、レークスの姿を見つけたメルクが大きな声ではっきりと言った。

「ミールスの薬師アリスの回復薬が効かないと言ったお前が悪い」

 と。

 メルクは本当によく通る声をしている。耳心地もよい。

 それだけでレークスは現状を把握したらしい。


「その場で問答を初めてくださったんだ」


 詰め所に行かずその場で話を始めることによって、この場でアリスの薬を貶める輩がいるということが広まるようにしてくれたという。


「詰め所で話し合いをしても、周りの人間にしたらよくわからない情報だけがのこるだろうし、他にも同じようなことをしている奴らがいるかもしれない。噂には噂をぶつけるのが一番だ」

「ラッキーだったのが、兵士たちがアリスちゃんの薬がよく効くと知っていたことよね」

「レークス様の周りにいたのは騎士団の騎士だよ」

 つまり、ターニャの作った回復薬の実験台。


「レークス様が、その効かなかった回復薬はどこで買った物か、アリスの回復薬だと言って売っていたなら処罰せねばならぬと問い詰めていてな。しどろもどろになってきた時点で周囲はそれなりに察していた」

 最後は彼らとメルク、そして殴った事実のあるロイが連れられて行ったそうだ。


「酒場の方は俺が収めておきました」

「そうそう。フォンがこれで壊れた備品の修理をしてくださいって、財布出して。太っ腹よね~」

「やだ、マリア。あれフォンの金じゃないよ?」

「えっ?」


「お仲間の懐から落ちた財布で払っておきましたよ。なぜ俺の金をあいつらのしでかしに使わなければならないのか」


「ええーっ!!! 全然気付いてなかったわ」

「気付かれるようなへまはしません」


「おい、俺もそれは聞いてないぞ……」

 メルクが額を抑えている。

 絶対、落ちてないヤツだ。


「詰め所で彼らを問い詰めたんだが、行き交った冒険者から買ったんだと言い張ってな。身元を調べたが、拠点のない、王都周りの都市近くの迷宮を巡ってるブロンズランクだった」

 そういった冒険者はギルドの依頼や、門の通過記録くらいしか情報がない。


「それでね、アリスちゃん。レークス様から言伝だ。今年の夏くらいには、君の調薬のレシピを格安でそれぞれの薬師ギルドから買えるようにするそうだ。ターニャ様が今成果をまとめている。経費などを除いた分を君に還元するという話だよ」

「……還元?」

「あれはアリスちゃんの、お爺さんのレシピだろ? あれだけの研究成果を出すには時間と労力がかかったはずだって話」

 賞賛されるべきは祖父と、ルコだ。祖父はたぶんあそこまで突き詰めてやってはいない。薫子が主導していた。


「まあ、お金の渡し方はまた考えるって話だよ。同時に、今回のことがあるからね。その回復薬の名前はまた別のものにするらしいし、レシピを渡すと同時に、そのレシピが再現できた薬師の店には認可の看板も渡すって。まあ、格安でレシピを卸すから、そういった経費にほとんどが割かれてしまうけど、これも冒険者の命を救うこととして了承してくれって話だ。そこら辺を詳しく書いてある手紙がこれ」


 封蝋に押してある印が、杖を持つ鷲。つまり、王家の物だった。


「値段のことも書いてある。基本どこの店もそれぞれの回復薬の値段はそこまで変わらないだろう? だからたぶん、アリスちゃんの店の中級回復薬を値上げしろって話になると思うよ」

「それは……」

「まあ、帰ったら読んでくれ」

「……はい」


「今まで安く売っていた、これから正当な値段になると思ったらいいよ」


「俺もアリスの作るのしか見たことなかったから、他の薬師はもっと簡単に中級回復薬を作ってたってことだよな。アリスがしていた苦労が正当な価格になるってだけだから気にしなくていいと思う」

「マリアの小遣い稼ぎがなくなるだけだよ!」

「それよー。いい金づるがなくなるわ~」

 不満そうなマリアに、皆が笑った。




 迷宮の話を聞きながら食べて飲んでして、すっかりあたりは暗くなった。後片付けはやってくれるというので、任せて帰ると、ロイが送ってくれる。

「いきなり殴るのはダメ」

「これでも結構待った」

「ロイ~」

「待ったよ」

 そんなに喧嘩っ早かったっけ? と首を傾げる。


「一週間くらいはミールスにいるけど、また王都に向かう。で、また迷宮に入る」

「うん。ロイがやりがいを感じていてよかった」

「やりがいは……あったなぁ」

 迷宮にもぐる目的は、素材、思わぬ宝、名声、金。そして己の力量を試す。


「ロイたちにも値上げしないといけないのか……」

「今回結構稼げたし大丈夫。正当な値段になるだけ」

 茶葉の瓶や香辛料の瓶を持っていったので、それを抱えていたロイも一緒に入り、棚に戻してくれた。ランタンに明かりを入れると、キッチンは明るくなった。


「……茶葉が増えてる」

「ロラン商会さんがたまにくれるの」

「ロラン商会が? あの男じゃなくて?」

「んー、まあ、カイルさんが持ってきてくれる」


「アリスはさ、あの男のことどう思ってるの?」


「えっ、どうって、お仕事の窓口の、人?」

 それ以外ない。

 ロイの顔が近づく。


「あのさ、アリス。……冬だけじゃなくて、俺が街にいないときは、夜は早めに店を閉めて。森への素材採取は俺が帰ってきてからやるから大丈夫。低級回復薬も、一人で採りに行くのはやめて欲しい。だからといって誰かと行けってわけじゃなくて、その、……危ないことはしないで」

「ロイってば、私ももう子どもじゃないから心配しないで」

「子どもじゃないから心配なんだよ、アリス」

 アリスの両手をぐっと握って、ロイが言う。

「不用意に男を入れない。店は仕方ないけど、カウンターのこっちには入らせない。親切にしてくれるからって、すぐほだされないでくれ」

「やだロイ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。マリアさんほどの美人ならまだしも」

 私なんて、と続けようとしたが、ロイが真剣にこちらを見るので渋々頷いた。

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「不用意に男を入れない。店は仕方ないけど、カウンターのこっちには入らせない。親切にしてくれるからって、すぐほだされないでくれ」 ・・・ロイっていう名前の幼なじみで親切にしていて、断られても勝手に出入り…
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