58.アリスのくせに冴えてるじゃん
フォンとマリア、キャルが鶏肉など食材を買ってくると言い、アリスは店を閉めてロイとメルクの二人と一緒に家に向かった。
ロイはいつもと変わらない。じっと見ていると目が合って、口元を少しだけ緩めた。彼なりにこれは笑っているのだ。
「なんだか変な感じだわ」
「ううん」
メルクが唸る。
みんなが迷宮に行ってる間、五日に一度くらいの頻度で家の中に空気を入れるよう、頼まれていた。時間はあるので構わないが、部屋は綺麗に片付けて行ってからにして欲しい。手を出したくて仕方なくなる。
腐るような物は放置されていないからなんとか耐えたが。
出掛けるときに瓶の中の水は全部捨てているので、ロイが旅装を解くとバケツを二つ抱えて出て行った。
「それで、何があったんですか?」
「うーん。アリスちゃん、本当に何もなかった?」
何も、なかったわけではないが、余計なことは言いたくない。慎重に言葉を選ばないと。
「回復薬の売れ行きがちょっと低迷中かなあ、ぐらいですよ」
「やっぱりかあ。……まあ、それもあと少しで改善すると思うよ」
「やっぱりそこなんですね」
「ルート商会だろう?」
「らしいですけど、私もよくわかっていないんです。ロラン商会のカイルさんにも聞かれたんですけど」
「ああ、そうか。ロラン商会さんも動いてくれたのか」
バタンと扉が開いて、アリスとメルクはすっと口を閉ざす。
「二人とも先に埃を落としたら? マリアとキャルが来たら占領されるよ」
「そうだな、ロイ先にいいぞ。俺があとは運ぶから」
水浴び場にも瓶がある。そこに水を溜めて、ロイが魔法で暖めるのだ。結構強引な方法らしく、マリアは無理だと言っていた。
バケツをもう一つ持ってきて、アリスもメルクと一緒に水を運ぶ。水瓶は一度綺麗にしないといけないし、帰ってきたら家を整えるのにどうしても時間がかかる。
「迷宮はどうでした?」
「今回は初めてだからね。低階層を周回した。問題なく行けそうだから、次は中階層だな。行きたがってたフォンとキャルもだが、ロイもなんだかんだと楽しそうだったよ。それなりに素材も持ち帰れたし、王都のギルドに名前も覚えてもらえたな」
それはよかった。
いやいや行くのは士気にも関わるし、やりがいがあるならそれに越したことはない。
バケツを持って二往復したところでロイが出てくる。
「お湯にしておいたから、水と混ぜながらの方がいいかも」
「ありがとな」
今度はメルクの番だ。
ロイにかまどの火をつけてもらい、お湯を沸かす。家から先日カイルにもらったお茶を持ってきていたので、カップに注いだ。
「どう? 迷宮やっていけそう?」
「低階層は余裕だな。たぶん、俺とフォン二人でも行ける」
「中階層楽しみ?」
「……まあな」
これまで頑なに迷宮行きを否定していたので、素直にうんとは言えないのだろう。そんな様子に笑う。
「一ヶ月半か、長いと二ヶ月ここを空けるのが心配だけど」
「大丈夫よ。なんとかなるわ。おかげさまでロラン商会さんとも行き来させてもらっているし、今回もたまにカイルさんが見に来てくれたから」
途端に、ロイの口が曲がる。
「あいつ、用もないのに来てるのか」
「たまに避け石の注文をもらうのよ。専属の錬金術師は見つけられたみたいだけど、まだ経験が少ないんですって」
「あんまり家に人を入れるなよ」
「家って……店に来てるのよ?」
仕事でくるのに断ることはできない。
アリスの返答に、不満げなロイだった。
「揚げ焼きは最高」
「同意よ」
買い出しから帰ってきたマリアとキャルが水場を使う順番で争っている間に、アリスは食事の用意をした。まだ昼を過ぎたところだが、帰ってからギルドに寄って店に直行したのだろう。夕食も兼ねての酒盛りになる。
埃を落とし、さっぱりとした二人は出来上がった揚げ焼きを、さっさと食べ出した。
あとは鶏の腹に野菜を詰めて、オーブンに放り込んである。勝手に出来上がるのが助かる。
ロイは飲み食いしだしたメルクたちを見ながら、野菜を切るのを手伝ってくれた。
「さて、そろそろはっきりさせておこうか。アリスちゃん。ルート商会と何があったんだい?」
ある程度腹が満足しだしたところで、メルクが尋ねる。他の三人の空気がピリリと変わった。ロイは、相変わらずだ。
「たぶんだけど、薬師ギルドに年に一度の報告へ向かったときに、ルート商会の息子さんのハルマさんに会ったの。ギルドの中でお話を聞いたら、私の回復薬を店に置きたいという商売の話で、お断りしたら、私の回復薬の売れ行きが低迷した」
因果関係があるかわからなかったが、先日のカイルとの会話なんかを考えるとそこに行き着くのだ。
「薬師ギルド長も言っていたんですけど、ルート商会は中級よりも低級がよくでる、冒険者御用達のお店で、私の中級回復薬を一本でも二本でもいいから仕入れたいというのがとても、おかしなことだった……くらい?」
「つまり、断られたから嫌がらせをしたということか」
「売り上げがなくなれば店は潰れるので、そうなったらルート商会に卸すしかなくなるからそう仕向けたってことかなと、ここ数日は考えていた」
「やだ、アリスのくせに冴えてるじゃん」
キャルがマリアに頭を叩かれた。
「でも私は、薬を他にまかせる気はないから」
「ううん……薬に関して頑固なのもかわらないなあ」
メルクが眉間にしわを寄せている。
「それで、そちらでは何があったの?」
ずっと四人がおかしな顔をしているので、結局はロイが何かをしたと思うのだが。
「迷宮に籠もるっていっても、今回は低階層だからわりと出て入ってしてたんだよ。で、出たら食事をするだろう? 夜なら酒場だ。そこで、隣の席の話が聞こえてきた。『ミールスの街のアリスっていう薬師の回復薬がよく効くって言うから買ってみたが、全然嘘っぱちだった』ってね」
じろりとロイを睨む。
「酒場が大乱闘になりました」
「最初の対応が拳なのはロイが悪いわよ」
「でもあいつの方が嘘っぱちだし、ロイは悪くないよ!」
「結果雇われてたんだからいいだろ。それに物を壊したのはあっちのグループだ。俺は一切ヤツの身体以外壊してない」
「身体は壊したの……?」
「壊れてたわね」
「歯が飛んでた」
「鼻が歪んでましたね」
「ロイ?」
「一番わかる証明をしてやっただけだ」
つまり、その状態の相手に、これがアリスの中級回復剤だと顔に振りかけ、口へ突っ込んだという。
鼻は曲がったまま回復し、歯の抜けた部分はすぐ血が止まった。
「だめだよ……ちゃんと現状回復させてから回復薬与えないと……」
「迷宮潜りあと一回するかどうかの時でよかったよ。すでに利益はしっかり出した後だったから。ただ、レークス様にまた借りができた」
なんだかアリスのせいで迷惑を掛けてしまったようだ。
申し訳なく思いながら、焼き上がった鶏の丸焼きをテーブルへ置いた。
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ロイ君的にアウトでした。
鉄拳制裁。