56.余計な仕事が増えなくて済む
年に一度、売り上げを報告しに薬師ギルドに行く。そのとき会員費を支払うのだ。
「これでよし。また一年よろしく」
受付で書類を提出して、会費を渡す。
「去年一年で売り上げが上がったな。アリスの薬の効きのよさは聞いてるよ」
「祖父の作った物と変わらないのですけどね」
「それが広まってきたってことだな。一人で大変だろうが、まあ、今年も頑張ってな」
「ありがとうございます」
ギルドへは年に一度しか来ることがない。品質チェックは抜き打ちで入っている。いつ来たのかよくわからないが、特に何も言われなかったので問題なかったのだろう。
アリスだけになって品質が下がったと言われなくてよかった。まあ、ここ数年は半分はアリスが作っていたのでそこまで落ちるとは思えなかったが。
外へ出たところで声を掛けられた。
「アリスさんですよね?」
見たことのない顔だ。こちらが怪訝な顔をしているからだろう、彼はにこりと笑い両手を広げる。
「ルート商会の者です」
「ああ」
ルート商会は、冒険者専用、冒険者向けのものを一手に扱う店だ。門のすぐ側にあり、かなり大きい、色々な店舗からの品物も置いている。
薬草を採りに言った時よく目に入る。雑多になんでもござれの店だった。冒険者にはすべてが揃うという点で助かるのかもしれない。
「少しお話を聞いていただきたいのですが……」
「ルート商会さんが?」
ここのところ色々な経験をして、アリスも学んだことがある。
人目というのはとても大切なのだ。
「なら、ギルドの中で」
そう言ってくるりと回って再びギルドに向かうが、呼び止められる。
「もしよかったらうちの商会で」
「いえ、帰るのにだいぶ遠回りになってしまうので、ギルドのテーブルを借りましょう。ええと……お名前は?」
「……ハルマと申します」
「ハルマさんはルート商会さんの……」
「商会長は私の父になります」
「息子さんですか。ギルド内でのお話は無理ですか? 無理なら」
「店まで来ていただけますか?」
「いえ、お話を聞くのはやめようと」
アリスの言葉にぐっと拳を握りしめていた。なぜそこまで呼び寄せることに固執するのか、理由はなんなのだろう?
「どうされます?」
「ギルドのテーブルを借りましょう」
簡単に言えば、アリスの回復薬を店頭に並べないか? という話だった。それだけのことを何やら遠回りに色々な数値をつけて時間をかけて説明された。
「……そんなわけで、アリスさんにもとても利のある話だと思うのです」
うーむ。これは、どう言うべきなのか。
正直、回復薬の外部委託は利という話ではないのだ。
「申し訳ないんですけど、お断りしますね」
「えっ!? なぜですか!?」
「なぜ……」
なぜと言われても、任せられないのは任せられない。
「簡単に言うと、回復薬の品質管理を最後まできちんと自分でやりたいからです」
「我々も長年回復薬を取り扱っておりますので、品質管理には自信があります」
「それでも……すみません」
自分の作った物の責任はきちんと自分でとりたい。
「今の倍の量が売れるとしてもですか!?」
「倍量私は作ることはできませんので」
薬草の確保が大変になるし、魔力も大忙しになる。
「ぜひアリスさんの回復薬を扱いたいのです!」
「そこまで私のものにこだわらなくても、ルート商会さんは十分今まで色々な薬師さんと取引なされてらっしゃいますよね?」
「そこを、なんとか、一本二本でいいのです、お願いします!」
まったくこちらの話を聞いていないので困っていると、カウンターの向こうから薬師ギルド長がやってきた。昔から、祖父の使いで来ているので顔は知っている。そんなに背は高くなく、顔だけが怖い。
「すみません」
騒がしくしてしまったのだろう。
「薬師のもめ事はこちらにも関係あるだろう。さっきから聞いてたが、あのルート商会さんが、どうしてそこまでアリスの回復薬が必要なんだ。毎月かなりの数が売れてるだろう。今更アリスの回復薬が一本二本入っても変わりないだろうに」
ギルド長の登場に、ハルマは黙り込んでしまった。
「まあ、断られていたみたいだが」
「私は、今の店で売れるくらいのものを売っていられれば十分ですから」
「アリスの回復薬が有名になってきているようだが、かといってルート商会の回復薬の売り上げが落ちているわけじゃないだろう。どちらかというと低級回復薬メインで売ってるんだから。アリスの店の売り上げで上がってきているのは中級の方だ」
「ですから! 中級回復薬もぜひ置いて、店の発展を目指したいんです」
「確か専属の薬師がいたはずだろう」
「おりますが……」
「お仕事を奪うようなことは避けたいですし、やはり回復薬を他で売ってもらうことは考えておりません」
専属も低級より中級の方が利率が高くていいだろう。
「アリスはな、薬に関しちゃ頑固だよ。諦めな」
「わかりました。一度店に戻ります」
その返答に違和感を覚えながらも、アリスはハルマが出て行くのを見送った。
「アリス。ルート商会の今回の件は、断っておいて正解だと思うぞ」
「何か、問題が?」
「いや、今はない。商いも順調だし、あそこは冒険者が街に来る限り安泰だ。どちらかというとアリスの薬の方だ。売り上げがだいぶ上がったろう? ギルドにも、効きがよいという話が聞こえてきてる。冒険者の間にも浸透して、だから街の中の方にある店まで買いに来る冒険者が増えてきてるんだろうよ。こちらとしても今まで通り店売りのみにしてもらえると助かるな。余計な仕事が増えなくて済む」
「余計?」
「ま、またルート商会がなんか言ってきたらギルドで話し合いってことにしてくれ」
「はい」
余計なこととは何なのかと、つい、トシに確かめることとなった。
「うーん、難しいな。お前さんの世界の商品管理がどうなってるかって話だな。回復薬は一度作っちまえば品質は落ちないって言ってたよな?」
「落ちないように封をするの」
「で、ギルド長殿が余計な仕事と言った、と。回復薬の品質は基準があってそれ以上なら中級回復薬と名乗れるんだろう? たとえ性能がずっと上のものと、基準値ギリギリのものでも、回復薬には変わりないと」
「うん、そうだね」
「まあ、一番儲かるのはアリスの回復薬だと少しばかり色を付けて置いておいて、実際はいつもの中級回復薬を売る」
「ええ……それは」
「ばれるか?」
「どうだろう……私は私の回復薬がどのくらい性能が違うのかわからない。それでもこの間ロイが、違うって言ってた」
私の作り方で作ったものでも、実際私が作ったものとターニャのものが違うと言っていた。ならば、他の人が普段の作り方で作ったものはさらに違うのだろう。
「もう一つは目玉商品として店頭にアリスの中級回復薬を置くスペースを作っておく。アリスに商品を卸してもらえる店だと言うんだ。門まで結構距離があるんだろう? 冒険者ってのは用がなけりゃ街の入り口辺りでことを済ませるよな?」
「そうだね、冒険者の人が普通は来るような立地ではないね」
「アリスに信頼されて品物を卸してもらっている店だと言って普段の回復薬も売る」
「それで売れるの?」
「売れなくてもマイナスにはならんだろう」
そんなものなのか。
「一番最悪なのは、アリスの薬と他のヤツの薬を半々に混ぜて売る。回復薬としての性能はそりゃ上がるだろう? 材料は同じなんだし」
「……それは、困る」
「専属が封をまたし直せばいいんだ」
「何にせよ、アリスの名が売れてきているんだ。気をつけた方がいい。商売に利用されて、一番最悪なのはお前さんの回復薬の性能が疑われることだよ」
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アリスも成長した、危機回避!!