54.これ、日本語だわ
言われた通り朝からあったことを話すと、トシはううんと唸っている。スミレもまた黙り込んでしまった。
やがて一言。
「お前さん、そりゃオレオレ詐欺だ」
「オレオレ詐欺……とは違う気がするけど、金品受け取る受け子役がそのラルグさんね」
「というかなんならそのラルグってのが全部一人でやってるんじゃねぇか?」
「ありそうだわ。電話で確認と言うわけにはいかないようだし、ラルグさんは三日後にまた移動してしまうと、相手を急かして考える時間をなくしているのね」
「また、詐欺?」
「いやまあ、ほんとかもしれねぇけどよ、普通証文もなしに、そんなたよりない言葉で何十年も会ってなかったようなやつに金を要求するか? さらに言えばお前さんの爺さんは亡くなってるだろ? 都合がよすぎるんだよ。ロイ坊がいないって点も含めてな」
「ロイくんがいない時に、何か起こるわねぇ」
確かにロイがいたらすぐ相談していたと思う。
「こっちにはさ、姿が見えずとも遠くから声だけ運ぶ、電話って便利な物がある」
「本で読んだ」
「ああ、スミレさんに教えてもらってたな」
トシがにこりと笑う。
「その電話の向こうで、『オレオレ、オレだよ』ていうからオレオレ詐欺って呼ばれる詐欺行為があってな。年寄りなんか、オレだよて言われたら、ああ、息子かな? と思って話しかけちまうんだ。そしたらそうだよ、って話が始まる。やがては金を巻き上げられる。その人のことを疑うのは心苦しいがな、あくまで爺さんとの話だろうで突っぱねるのが一番だと思うぜ。ララさんの息子さんに同席を頼みな。それかあの幼馴染みのときみたく、門兵さんに頼むとかな」
やはりそれが一番か。
「それで、わざわざお爺さんの書き付けを持ってきて調べようとしてたの? ふふ、律儀ね」
「ここなら読めるかなと思って。昔の物が字が汚くてよく分からないの」
「あら、達筆すぎてかしら?」
スミレは書き付けの一枚を手に取った。
そっと眉を寄せる。
「ん?」
「ちょっと待っててね……」
スミレはその紙を持ったままビニールハウスから出て行き、すぐ戻って来る。
「アリスちゃん、これ、日本語だわ……」
「えっ?」
キッチンのテーブルに、石が山盛り乗っている。避け石だった。
その数を数えていると、扉の開く音がする。
「いらっしゃいませー」
言いながらカウンターまで行くと、そこにはラルグがいた。
「おはようございます」
「おはよう。手紙読んでもらえたかな? 用意してもらえた?」
「どなたかな?」
「祖父の古い友人のお孫さんです」
「ああ、キールさんの」
奥から現れた新しい人物に、ラルグの表情が少しこわばった。
「ラルグさん、確認したいんですが、その借りっていうのは、サンヤナの町でのことですか? それともロンガールアの町のことですか? それによってお渡しする金額が変わると思うんですけど……聞いてらっしゃいます?」
「あ、ええっと、確かロンガールアだったはずだ」
ロンガールアは、ミールスよりずっと南。国のほとんど国境にあたる町だ。
「そうですか。ロンガールアでのことはもう始末はついたと書き付けにありましたので、申し訳ありませんが、お金をお渡しすることはできません」
「そ、なら、サンヤナだったかもしれない!」
「サンヤナも、特にお金の貸し借りについては書かれていませんでした」
「はぁ!? つまり、踏み倒すってことか!!」
途端に語気が荒くなり、カウンター越しのラルグが前のめりになってくる。
すると、アリスの背後に立っていたカイルが前に出た。
「何十年も前の貸し借りを、神殿の証文もなしに要求するのは無理があるでしょう」
「だ、誰だよ」
「誰でも構わないでしょう? 本当にそういったやりとりがあるなら、神殿の証明を持っていらしてください。あなたがバルグさんのお孫さんだという証明をね。もちろん、金の貸し借りがあったという証明もお願いしますね」
「疑ってるのか!?」
「ええ、疑うのが当然でしょう? こちらにはもうキースさん本人もいらっしゃいませんし。当事者でもあやふやになる何年も前のやりとりを、当事者ではない、何も知らない孫同士で嘘だの本当だの、通用するわけがない」
「いい加減にしろよ……踏み倒すつもりなら、そっちがそんな風に出るならこちらにも考えがある」
「考えというのはどのようなことだ?」
扉が開いて人が入ってくる。
ラルグは身体をくるりとひねり身構えた。
「店の外にまで聞こえてきたが? 正当性はアリスさんたちにあるように聞こえた。……同じような話が詰め所にも回ってきているんだ。古い知り合いから昔の借金の請求が来たっていう話がね。ちょっと一緒に来てもらおうか」
扉の外には兵士が何人もいて、ラルグはこちらをものすごい形相で睨みながら連れていかれた。
「付き合っていただいて、ありがとうございました」
「いいえ。よかったよ。アリスさんが思慮深くて」
そう言われると心苦しい。アリスはトシとスミレに指摘されてやっと気付くのだから。
ララの息子に同席してもらうことも考えたが、前回と同じように門兵の顔見知りにまたお願いしようと思った。
門に向かう途中、ロラン商会の前を通ったところ、商会長のロランがアリスを呼び止めた。保存石の追加発注を頼みたいとのことだった。そこで、世間話がてらどこに行くのか聞かれ、門に向かっていると言い、気付いたら一連の流れを話し終えていた。
ロランはアリスの話を聞いて、余所の街から漏れ聞こえた噂話と合わせて気になることがあると、一緒に門へ向かってくれたのだ。
門の詰め所ではアリスはほとんど話すことはなく、ロランがすべて仕切ってくれた。
どうやらラルグたち一味がいろいろな街で、同じような手口で金を騙し取っていたようだ。
「冒険者を引退した年寄りの家で、ある程度の金を持っていることが見込めるところに、同じように祖父、祖母の貸していた金を受け取りにくる孫、というパターンがありましたね。子どもじゃなくて孫というのも、話はそこまではっきり分からないがということで誤魔化しやすかったんでしょう」
カイルとともにロラン商会に行き、改めてお礼を言っているところだ。
「色々と相談できたのがよかったですね。一人では判断に迷うこともあるでしょうし、また困ったことがあれば相談してくださいね」
「商会長への相談が恐れ多いというなら俺でも構わないから」
カイルの言葉に商会長も頷く。
「ロイさんは年に何度か迷宮に挑戦するようですし、街を空けていることも多いでしょう。家の周りにお知り合いは多いと思いますが、街全体の情報ならうちの方が断然上ですので、遠慮せずに声を掛けてくださいね」
ありがたい言葉に、アリスは何度もお礼を言った。
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