53.金貨十枚をお孫さんに渡すようにと
聖女様御一行が街から去れば、本格的に人々が動き出す。長い冬が終わり、人はもちろん森の魔物も動き出すのだ。
「四日後からロラン商会の護衛で王都に向かう。そのまま、迷宮に挑戦する」
「気をつけてね。メルクさんがいるから大丈夫だとは思うけど、無事帰ってきて」
冬が明ければ、金さえあれば食べ物にありつける。
ロイたちの家での食事はそれぞれが済ませるスタイルに変わった。
マリアとキャルは飲みに出たらしい。フォンやメルクは冬の間に覚えた料理を、材料を買ってきてやっているそうだ。
ロイは材料を買ってきてアリスの家で食事をすることが多くなった。
「前に言っていた、薬草の材料を、明日フォンと行ってくる。メルクも暇だから行くと言ってるんだが……」
「じゃあ、決めた分量でメルクさんにも回復薬でお礼するよ」
人が動けば冒険者が動き出し、薬が売れる。材料を採ってきてくれるのはすごく助かった。
「春はのどかでいいわよね。ついうとうとしちゃう」
スミレの言葉にトシが違いねえと頷いていた。
ビニールハウス内は日が出ればすぐ暖かくなる。
そして謎の器具が増えている。
「これは?」
「ポータブルお風呂。買っちゃった。ということで、アリスちゃんお風呂入るわよ!」
冬は風邪を引くのが怖いからと言ってやめていたお風呂がパワーアップして帰ってきた。
今はもうホースでお水がしっかり張られている。
「このヒーターで暖めている間にご飯にして、その後入りましょう」
毎日お風呂に入るのが当たり前だという二人には逆らえない。いつもの美味しいご飯をいただいて、布を吊して風呂に入る。
「バスマットの上でお湯を浴びて、身体を洗ってから入るのよ」
「俺も試したが結構開放的でいいな」
「温泉気分よね」
お風呂に入っている間はトシは畑を見て来ると出て行き、スミレは不測の事態に備えてテーブルで黒い小さい板をいじっている。
終わった後は湯冷めをしないようにと髪の毛を乾かす。
ふらりと戻ってきたトシが、湯の始末をしてくれていた。
「これですっきりね~。状況が許さないとわかっていても、お風呂に入れないとか、耐えられない気がするわぁ」
「私もお風呂に入った後は好き」
入っている最中が大変というか。
「暖まったところにアイスもいいわよね」
今日のアイスは小さい茶色い一口サイズのものだった。六つ入っているのを三人で分ける。
「ロイくんがお出かけなら、夕飯持って行ってね。菜花と卵とツナのサラダと、つくしのおひたし。天ぷらはちょっとここではね。今度お昼に来たときにお蕎麦と一緒に食べましょう。鶏ももの照り焼きをつけておくわ」
「もう少ししたらきゃらぶきの佃煮だよな。楽しみだ」
「トシさんはあれが大好きだものね」
「あれさえあれば白飯がいくらでもはいるからなあ」
なんだかんだと言ってるうちに、二人に会って一年が経ちそうだ。
そうして平和な日常が始まったところに、一人の冒険者がやってきた。年の頃はアリスより少し上だろうか? 茶色の髪に茶色の目。背はロイよりは低い。それでもありふれた顔立ちの青年だ。
彼から一通の手紙を渡される。
祖父宛のそれにはバルグという名前があった。
「そうか、亡くなってしまったのか……バルグ爺から受け取ってくるようにって言われてるんだけど……俺はこの街を三日後に発つから、三日後の朝にもう一度来るよ。手紙を読んでくれ」
渡された手紙の内容は、簡単に言ってしまえば金の無心だった。
正直祖父の冒険者時代の交友関係はまったく把握していない。唯一知っていそうなララに聞いてみることにした。
「朝早くからごめんなさい」
事情を話しながら手紙を見せると、ララは難しい顔をしていた。
「バルグという名は聞いたことがある。キースのかなり古い友人だ。冒険者をやっていたころのな。同じような年だから、もうあちらもよぼよぼだろうよ」
手紙には、昔話が綴られ、最後に借りを返してくれ、と金貨十枚を彼の孫のラルグに渡すようお願いされていた。
「キースの借りなんだろう? アリスが応える必要はない。だいたい、金貨十枚なんて、街の薬師にしたら結構な大金じゃないか。それを三日で用意しろってのもおかしな話だ。足が悪くなけりゃ私が行ってガツンと言ってやるんだが……ロイがいないのも困ったものだな。こんな時こそあいつは働かなけりゃいかんだろうに」
「借りっていうのがわからないんだよね」
「あんまり借りを作る側の人間じゃなかったがなぁ。どちらかというと、昔からキースは……いや、ルコは世話焼きだったから、何かとしてやっていたのはキース側だ」
「でもそれはルコおばあちゃんが来た後の話でしょう?」
「まあそうだが……」
「おじいの部屋をちょっと探してみる。書き付けはたくさんあるんだ」
「とにかくアリスが払う必要はないと思うがね。断るなら誰か知り合いの男に頼みな。うちの息子を行かせてもいい。三日後の朝だろ?」
「お願いすることになったら連絡するね」
祖父の書き付けはかなりの量がある。薬草に関してなのだろうが、問題は悪筆なのか、わざとなのか、書いてある内容が読めないのだ。解読に時間がかかる。
特に古ければ古いほど読めない。最近の分は普通に読めるのだが。
ララの家から帰ると、祖父の部屋に入り、棚いっぱいの紙の束を引っ張り出す。昔の物の方がいいかなと、奥の方から取り出した。
几帳面に紙の束の最初に日付が打ってあり、ひもでまとめてあった。
「あ、今日はお昼に美味しいのを作るって言ってくれてたんだ」
開店直後のラルグ訪問。ララの家に行って、もう昼が迫っている。
読書の時間をこれに費やすことにして、紙束と皿を持って不思議の扉を開いた。
美味しい物は、とても美味しかった。
「この周りのが甘くてしょっぱくて美味しい」
「おいなりさんって言うの。私も大好きなのよ」
茶色い周りの皮の中にあるご飯には、豆やひじきが混ぜ込んであった。
「いくらでも食べられそう」
「おかずもちゃんと食べてね。夜に持って帰ればいいわよ」
お言葉に甘えようと思う。
食後のお茶をいただきながら、アリスはほこりっぽい紙の束をテーブルに乗せた。
「あらそれは?」
「おじいの書き付けです。なんか、おじいの昔の知り合いのお孫さんがお手紙を持ってきたんです。昔の借りを返してくれって。金貨十枚をお孫さんに渡すようにと」
「あらまあ」
「アリスにはもう関係ないだろうよ」
トシはララと同じことを言う。
「そうなんですよね。ララも、おじいは人に借りを作るようなタイプじゃなかったって言うし」
「……もうちっと詳しく話せ」
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またもや怪しげなのに巻き込まれです。