52.訓練に熱が入るのはいつものことです
息をするのも忘れた。
驚きに何も言えなくなる。
二人の間の沈黙が不自然な長さになっても、アメリアは笑ったまま黙っている。
「聖者?」
「ええ、感じたでしょう? 私に会った日からずっと私の存在を気にしていたじゃない」
確かに、気にはしていた。
なんだかピリピリするのだ。
「私たちが新年初めに各地を、なぜ回ると思う? 聖者を探し出すためよ。そして、どんな能力なのか見極めるため。アリスさんも何かしらの能力があると思うの。回復薬の効果を増大させる能力なのかと思ったんだけど、ターニャの反応から手順は本当に違うようね。ターニャにも同じ物が作れたら、貴方の能力はまた別のものになるわ」
「能力……」
「その様子だとまだ自分自身で把握できていないということかしら? ご両親はもう亡くなったと聞いたわ。森に強い魔物が出て巻き込まれたと。お爺さまも、もともとはお強い冒険者だったそうね」
アリスが呆然としている中、アメリアは話し続ける。
「聖者は血筋で生まれやすいの。つまり、親から子へ遺伝しやすい。もちろん発現しないこともあるけど、率で言えば断然血筋なのよ。私の祖母もそうだった。血筋は管理されるわ、アリスさん。貴方の能力が分かりやすいものだといいんだけど……治癒力とかね。国のためになるもので、絶大な物なら国がすぐ貴方の元へやってくる。ただ、そこまで有用なものでなければ今のままの生活よ。管理はされるけどね」
怖いことをさらりと言ってのけた。
「有用でないものって?」
「そうね、例えば物の腐敗を遅らせる能力とか? わりと細々とした能力があるの。聖人と持ち上げられるのはその中のごく一部。聖者とは、特殊な能力を持つ者の総称だから。結構な数の人がいる」
祖父に何か能力があったのだろうか? アリスはまったく知らされていなかった。もちろん両親も。
「何か自分の能力がわかったら知らせをちょうだい。私でもレークス様でも。周りに迷惑がかかりそうならなおのこと。能力の制御方法を一緒に考えることもできるから。まあまずはターニャが回復薬を作ってみて、かしら。同じレベルのものが作れなかったら、きっとあなたの力は回復薬の効果を飛躍的に上げるものなのでしょうね」
それが違うと言うことをアリスはもうわかっていた。
扉だ。
あの扉を開ける能力が、私の聖者としての能力なのだ。
ということは、祖父も?
そんな姿一度も見たことがない。あの倉庫だって、つい最近までは普通に倉庫として使っていたのだ。
「祖父が聖者だと知っていたのなら、私にそれを教えなかったのはなぜでしょう」
「血筋で伝えられていくということを知らなかったのじゃない? ご両親は早くに亡くなっていたようだし、彼らも能力が発現していなかったら、想像もつかないでしょうし……まあそういった意味で、もしお爺さまが能力を持っていたとしてもまったく問題を起こさずに暮らしていたのだから、貴方の能力もきっと穏便なものなのでしょうね」
穏便、ではある。
他の誰にも迷惑はかからないだろう。
だいたい通れるのはアリスだけなのだから。
「さ、降りましょうか。古い太ももの怪我を見抜いて治療してあげたことにするから……他の人には知られたくないのでしょう? 私は、しかるべきところには報告するけどね。まあ、急に何かが変わるわけではない」
アメリアはフードを被らずに寝室から出て階段を降りる。
アリスもすぐ後を追った。
降りてきた彼女にロイだけが驚く。メルクは知っていたようだ。
「お待たせ」
「アリス、大丈夫か?」
「あら、彼女に私が何をすると? 古傷があったから、それを治療してあげただけよ、その後女同士の話に花を咲かせちゃった」
「アメリア様、ターニャが我慢できなくなっているので一度帰ります。錬成陣は屋敷にあるので」
昨日の採取は、ターニャが作ることを見越してかなり多めに採ってきていた。
「アリスさんの錬成陣はアリスさんの魔力に馴染んでいますからね! 釜はお借りしたいです」
やはりこのまま作るつもりか。
「こんなに複雑だと思っていなかったので、屋敷でこの後作るつもりでしたが、これはさすがにご本人の目の前で作ってしっかり出来ているかチェックしてもらわねばなりません」
そう言って、一度帰ってきて大きな錬成陣をテーブルに広げる。
ああでもないこうでもないと、言われた通りに作るが、やはり手順、行程が多すぎて抜けそうになり、アリスも横から口を出す。温度調整が難しそうだった。アリスはもう祖父にきっちり仕込まれて、感覚で済ませていることだ。
一つ目ができあがったのは昼を大幅に過ぎた頃だった。
アメリアは一度帰ったときにもうついてきておらず、護衛の数が減ったというか、いなくなった。
おかげでアリスのキッチンはだいぶ楽になっている。さっきまではぎゅうぎゅうだった。何人かは店舗の方に溢れていたのだ。
「出来ました! どうです? アリスさん!」
「……自分の魔力じゃないので出来は、試してみないとわかりません……」
「レークス様! 怪我してください」
無茶を言う。
メルクとロイが目配せし合い、ロイがため息をついてナイフを取り出す。
「俺で試してください」
「ありがとうございます!! 二カ所お願いします。私が作ったいつもの分と試したいです」
「ええっ……」
いくら薬効を試すためとはいえ、わざと傷つけるのはどうなのか。
「こうでもしないと帰らないぞ」
「すまない、ロイ。後で何か礼をする」
腕にナイフを這わせるところで、思わず目をそらした。
キッチンの流しの上で傷をつける。
視線を戻せば、血がしたたり落ちるほどだった。
「深すぎるよ、ロイ……」
見ていて痛くて辛い。
しかも間を少し開けて二本。ぱっくりと開いた傷口。
「それでは失礼いたしますね。まずは私が以前より作っている分」
傷口にばっとかけると、多少後は残るものの、傷は綺麗に閉じた。
「次に今回作った物です」
効果の見かけはさほど変わらなかった。
「……残りも先の傷にかけてもらえますか? 引きつれ感が全然違うので」
「まあ、やはり、アリスさんの行程に、薬効の秘密があるのですね!」
「アリスの作った方がもう少し性能がいい気がします。動かすとどちらの傷も違和感が。でも、アリスの分ならこの程度の傷なら、この違和感もなくなります」
「言われた通りに作れたと思ったのですが……あとは手際でしょうか? アリスさんは温度調整などの手際がとてもよいですから。……やはり自分の腕で試したいです」
「それは許可しかねますね」
「ならば、やはり、レークス様がもっと酷い傷を負ってくださらねば!」
無茶を言う!!
「王都に帰って回復薬を準備しておけば、被験者はそのうちいやと言うほど現れるでしょう? それで我慢してください」
「レークス様が被験者を作ってくださると?」
「訓練に熱が入るのはいつものことです」
なんだかとんでもないことを話している。
その後もう一度アリスの前で中級回復薬を作り、ターニャは大満足で帰って行った。
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世が世ならマッドサイエンティスト!!
というわけで、アリスちゃんの能力の一端が明かされました。