51.フォンだからできるんだよ
祖父から教わった作り方を忠実に守っているだけで、別に特別でもなんでもないが、まあ、相手はたぶんお貴族様だ。断る選択肢など初めからない。
ただ、中級回復薬を作るには、材料がなかった。それならとロイが素材を採りに行くと申し出たが、レークスが部下に行かせると言った。だが、採取時の注意点もあると言ったら、ターニャが食いついた。
結局、レークスたちとメルクたち五人、さらにアリスまで森へ行くこととなった。
「さあ行きましょう! 今から行きますよ!」
さすがにそれは急過ぎるだろう。ターニャは森歩きに慣れていないだろうし、準備も必要だ。
そう、レークスが否定するかと思ったのだが、以外にも彼は同意した。
「あまり時間がないから行けるなら今日素材採取してしまいたい。どうだメルク」
無茶ぶりにメルクは苦笑しているが頷いた。
「森を歩ける服装に着替えてきてください。護衛はしますけど、責任は取りたくないですね」
「それは全部俺だな」
「楽しみですね! 森での素材採取なんて何年ぶりでしょう!」
ターニャが一番生き生きとしていた。
森の中に入ってもターニャのテンションは収まらなかった。
中級回復薬を作ってくれとのことなので、採取ポイントへなるべく急いで移動する。
中級の素材はアルオンの花粉、メヤナ草、カンラ草。そしてモラの実。
最初に見つけたのはカンラ草で、これは根をなるべく傷つけないように採取する。
「なぜですか?」
「ええと、すぐ処理するならいいんですけど、翌日とかになるなら根を傷つけると効用が落ちるので」
「それは知りませんでした。重要なポイントですね。本当に効用が落ちるかの研究もしなければなりません」
基本草類は根を傷つけず持って帰ってくるのがベストだ。たまに切った方がよいものもある。そこら辺はたぶん祖父かその先代か、とにかく経験則なのだと思う。土も一緒に持って来た方がいいものもあった。
冬が明けたばかりで素材が見つかるか少し不安だったが、それほど奥まで入らずとも揃う。残るはモラの実だけだ。
袋から縄を取り出し当然のようにアリスが降りようと進み出るが、ロイに止められた。
「やめてくれ……フォン、あそこの赤い実を」
「わかった」
アリスのように命綱をつけずに、ひょいひょいと降りていく。
そして実を瓶に入れると、また軽々上がってきた。アリスとロイの採取風景とはまったくの別物だ。
「ロイ……もしかしてロイも一人で採りに行けるの?」
「いや、俺もあれは無理だよ。フォンだからできるんだよ。風を使ってもきつい」
それを聞いて少し安心した。
アリスの宙づりは意味のないことではなかった。とにかくそこに心底ほっとした。
「これで全部ですね。採取の時点から細心の注意を払っている……この辺りが効果の違いに出てきているのかもしれませんね! これなら即実践できます。早速帰って作っていただきましょう」
「あの! アルオンの花粉は最低半日置いてから使いたいので、作るのは明日でお願いします」
「それも、効果の違いに関係があるのですか?」
「あるのかはわからないです。ただ、祖父に教えられた作り方ではそうだったので」
なので、アルオンの花粉は多めに採れるときは採っていた。そして使わなかったものは次へと回すのだ。中級回復薬もそれなりに出るので、一ヶ月空くことはない。半年経ったら捨てろとは言われている。
「ターニャ、今日はもうこれで終わりにしよう。アリスさん、すまないが、彼女は我慢ができない。明日は朝から押しかけると思うので、あと少しだけ付き合ってくれ」
レークスが申し訳なさそうに言う。簡単に想像がつく。護衛の騎士たちも目をそらしていた。
そうしてアリスたちは門のところで解散した。
次の日は本当に朝早くからやってきた。
採集には付き合っていなかった、フードの女性も一緒だ。
狭いキッチンで調薬はとてもやりにくい。
まずは陣からだ。
これは慣れたもので、スイスイと書いていく。
「とても早くて綺麗な記号ですね」
本職なので、と応えるのはためらわれ、曖昧に笑っておく。
謙遜するのも、どうやら違う気がしてきた。
そこからはずっと、ターニャが驚いている。
アリスは祖父の作り方しか知らない。それしか知らないので、作り方が皆と違うなどと思ってもみなかった。
一つの行程をこなすごとに、質問が飛ぶ。そして驚きの声を上げられるのだ。
調薬が終わる頃には、普段の二倍以上ぐったりと疲れ切っていた。
「すごいです、全然違います。いえ、手順はほとんど同じですけど、素材を追加するタイミングや下処理がとても複雑です。一つしないだけでどれだけ効果が違うか、研究のしがいがあります!!」
「その前に、ターニャが同じように作って、アリスさんと同じだけの効用が得られるか、じゃない?」
フードの女性の言葉に、ターニャがぴたりと口を閉ざした。
「アリスさん、少し二人でお話しましょう」
そういって手を握られる。
触れようとした瞬間、ぴりりとしびれが走る。
それは、あの扉に触れるときと同じ痛みだった。
かなり強引に二階へと引っ張って行かれる。
ロイが動こうとしたところを、レークスに止められていた。
アリスの寝室へ入ったところで、女性はフードを脱ぐ。
亜麻色の艶やかな髪。金と青のオッドアイ。
「聖女アメリア様……」
「初めまして。広場には来ていなかったわね。いたらすぐわかったし」
アメリアはニコニコと笑いながら言う。意味がわからなかった。
「聖者は聖者がわかるの。アリスさん、貴方の力はなあに?」
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ターニャは上級貴族です。
私の作品の研究者みんな同じ感じになっていって困る……




