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49.アメリア様は人気でいらっしゃるから

 冬が終われば年が明ける。もうあと少し。

 新年始めには、聖者がやってくる。


「今年は聖女アメリア様らしいよ。街のお偉いさん方がどう迎えようか連日会議だそうだ」

 避け石の追加をと言われ、快諾し、材料を持ってきたカイルと少しおしゃべりをしていた。その中の話題の一つだ。


「アメリア様というと、治癒の?」

「そう。当日は広場で街の人々の健康を祈ってくださるそうだ」

「広場にはたどり着けないでしょうね」

「アリスさんは潰されてしまうかも。遠巻きに眺めるのでよければ、うちの商会に早めに来たらいいよ」

「さすがにそれは」

「アリスさんが望むなら、商会長にも話しておくけど?」

 カイルはニコニコそう言ってくれるが、申し訳ないのでお断りする。


「アリスさんならいつでも大歓迎だよ」

 一人で店をやっているアリスを何かと気遣ってくれるのだ。

 困りごとがあったら声を掛けてくれと。


 ロラン商会は大店なので、今回の聖女もてなしに助力を求められているという。


「街には領主様とそのご親類が二十人ほど。加えてそれを補助する人たちで五十人近くのお貴族様がいらっしゃるけど、普段は街のことにはあまり口を出さない、良い領主様なんだ。きっちり見張るところは見張ってくれるけど、民に無茶を言うわけでもないしね。ただ、アメリア様がいらっしゃるとなるともてなすのはお屋敷だし、それに伴う品々を用意しないとだから、商会長も大忙しさ」

「アメリア様は人気でいらっしゃるから余計よね」


 こうやって招待に応じてもらえたのが驚きだ。わりと珍しいものが好きだという話を聞いている。普段は王都にいて、外に出られなく、この年始の招待が唯一の外遊の機会ということで、遠くの街へ行きたがるという話を聞いた。王都に近いという便利な場所のミールスには特別珍しい現象や物はないはずなのだ。


「お忙しいのかもしれないね。あまり遠くへ行く暇がないとか」

「聖者様も大変ね」

 聖女や聖人、賢者などの聖者たちは、そう認定されてしまえばどうしても国の仕組みに縛られる。国が離そうとはしないのだ。


 と、扉が開く。

 反射的にアリスは声を上げる。

「いらっしゃいませ」

 だが、入って来たのはロイだ。


「あ、おはようロイ。今日は特に用事なし?」

「……ああ」

 ちらりとカイルを見ている。

 前にも会ったはずなのだが。


「ロラン商会の方よ」

 仕方ないのでまた紹介する。

 カウンター越しに話している私たちを横目に、ロイはカウンターの中に入ってくる。


「こんにちは、ロイさん。今日はアリスさんに避け石の依頼を――」

「冬の間は魔力を使うことはしないはずだが?」

 これは、拙い。

「あのね、ロイ」

「ほら、手が冷たい」

 ロイがアリスの両手をぎゅっと握る。確かに、ロイの手はいつも暖かい。


「でもね、ロイ」

「アリスはそこまで魔力が多いわけじゃない。人並みだ。冬の寒い時期に魔力を減らすようなことはさせないでくれ」

 ロイの声は相変わらず低く、淡々とした物言いが、アリスにはいつもの調子でしかないが、あまり話したことのないカイルには冷たく聞こえるかもしれない。


「ロイ……」

「アリスも、簡単に受けたらダメだ。これで急な調薬の仕事が入ったら、かなり魔力が減ってしまう」

 この間のことがあるから、アリスも仕事の話に口を挟むなとは言いにくかった。


「確かに、こちらも配慮不足でした。では、魔力回復薬を持ってきます。そちらを差し上げますので、今回の避け石はお願いできないでしょうか?」

「えっ……避け石の売り上げなんて全部飛んでしまうじゃないですか!」

 あれは中級回復薬より高い。錬金術師が作るものだった。


「それでも今回の避け石は必要なんです。うちの大得意からの注文で納期もかなり短い。これまでの取引とこれからの取引を考えれば、赤字であっても納めなければならない物なんです。アリスさん、すみませんがこれで仕事を受けてもらえないでしょうか」

 そういってカイルは頭を下げた。


「もちろん、すぐ作りますよ。すぐに」

「では、私も店に戻って薬を持って来ます。ご無理を言いました。よろしくお願いします」


 カイルが扉から出て行き、アリスはロイを見る。

「ロイ……」

「ちょっと暖まってきたね」

 そう、さっきからずっとアリスの手を握ったままなのだ。気恥ずかしくて慌てて手を引っ込める。

「もう、ロイ。あんまり無茶なことを言ったらダメだよ」

「冬の時期に、本来の仕事以外のことを言いに来るあちらが悪いだろう」

「だけど……」

「アリスの身体はいつも冷たい。魔道具、魔力を込めるから持ってきて」


 カイルが来るまで寝室で使っていたので、魔道具はここにない。

「わかった」


 階段から降りてくると、ロイが湯を沸かして茶を入れていた。

「中からも暖めよう」

 それならばと、アリスは干し芋を持ってくる。これは火で炙らなければならない。

「ロイ、薪に火をつけてくれる?」

 ついでに夕飯の煮込みでも作ってしまえばいい。


 干し芋を食べつつ、野菜を切っていると、カイルが帰ってきた。アリスがカウンターへ向かおうとしたら、ロイが代わりに受け取ってくれた。

「カイルさん、すみません」

「いえいえ、商会長にも話しておきました。よろしくお願いします」


 そして渡されたのは、かなり高級品だった。

「ロイ~!! これ一口で避け石五百は買えるやつだよー!」

「これからもちょくちょく頼んで来そうだし、もらっておけばいいだろ。腐る物でもないから」

「そうだけど……」

 普段はそこまで魔力を使わないので、どうしよう。

 もらい過ぎな気がする。


「どうせ冬中にまた注文が来るんだろうし、その分もだと思えばいいだろ。冬前ならまだしも、かなり寒いこの時期に注文する方がおかしい」

 まあ、これはロラン商会専用として、素材部屋に置いておくしかない。


「避け石作るなら、俺ができるところは手伝う」

 魔力を気にしてくれてるのだろう。そのために魔力回復薬を要求したというのに。

「じゃあ、煮込み作ったら。お願いできる?」

「うん」

 少し多めに作った煮込みを、ロイにも食べて帰ってもらおう。

ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。


色々と大変なロイくん。

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