47.そんな悲しい顔してても喜ばないよ
「アリスちゃん、どうしたの? 疲れた? 休憩する?」
スミレに言われてぼーっとしていたことに気付いた。
「いや、だ、大丈夫……」
「今日は全然読書に身が入ってないわ。休憩にしたら?」
今日も倉庫のこちら側は快晴で、外は寒いのにビニールハウスの中は暖かかった。
いや、空気は寒い。だが、コタツが暖かい。
「今日のおやつはおはぎよ。お隣さんからいただいたの。これが美味しいのよ~」
「あんこから手作りだからな。俺は周りがきなこで中があんこのやつが好きだ」
「トシさんはいつもそうよね」
「さあ、どうぞ」
あんこは美味しい。とても甘くて、使っているであろう砂糖の量にめまいがする。こちらの砂糖は安いとは聞いたが、それでも驚いてしまう。
おはぎに使われている米は、おむすびと違う種類だそうで、粒じゃなくてみんな繋がっている。
「お餅、本当は杵と臼を見せてあげたいけど、あんな重い物もう無理だものね。今度ね、お餅つきするのよ。餅つき器で。一緒にしましょう」
「もうすぐ年越しだからなあ。準備に精を出さないとな。アリスんところは年越しとかはあるのか? 暦は?」
「あるよ。冬が終わって春が来ると一年が始まるの」
「おうおう、旧暦だな」
「きゅうれき?」
「いや、こっちのことだ。それぞれの土地での始まりをすりあわせた結果がこれよ。俺らの元旦はちょいとずれてる。あと一ヶ月ないな」
「お餅つきと、おせちも作らないと。そう! あのね、年末から年始にかけて、うちの子どもたちが孫を連れてくるのよ。このビニールハウスは物置だから危ないから入らないようにって言っておくけど、ちょっと薪とか食料品は移動しておいた方がいいかもね」
「アリスの家はお前さんがこっちに来てるときは人が入れないようだが……こっちはどうかまだわかんねえからなぁ。変なゴタゴタにならないように注意するにこしたことはない。また詳しい日にちは近くなったら言うよ」
孫がやってくる。若々しく見える二人も、やはり祖父母なのだ。
「それで、またなんぞ詐欺めいた話か?」
「違う違う。お金が絡む話じゃないよ……魔力のこと」
「それは俺たちは門外漢か」
トシやスミレに魔力はない。
「ううん……おじいが、祖父が亡くなったのは寒い冬の日だったの。私たち、魔力があると身体が防衛反応で温まるの。魔力を身体の中で燃やしてるって感じかなぁ。ロイがちょっと、おじいが亡くなったのが自分が気づけなかったからだって落ち込んじゃってて」
あの後、魔道具に魔力を注ぎ、アリスの湯たんぽのお湯も沸かしてくれた。
そして、しばらくしてメルクが、ロイが元気がないが何かあったかと聞いてきたのだ。かなり引きずっている。
「おじいは六十を越えてたし、寿命だねって皆も言ってたんだけど、魔力を使う作業があって、それは魔力がたくさんあるロイができたのに、気づけなかったからって。気にしてるんだけど、気にしないでって言っても無理みたい」
「魔力で身体が温まるのね。すごいわね」
「もうずっと年だ、身体がきついって言ってたし、仕事のほとんども私が引き継いでるくらいだったんだけど、ロイは冒険家業の合間に顔を出していたから、おじいの、こー、衰え? に気づいてなかったのかなぁ。突然だったというか。一年後にこんな落ち込み方するとは思いもよらなくて」
「むしろ、一年経ったからじゃねえか? ロイの坊やはアリスのじいさんになついてたんだろ?」
「うん。ロイのおじいちゃんはとっくに亡くなってるしね。ロイにとってもおじいがおじいちゃんだったのかな。街にいるときはうちの店にいる時間が一番長かったから」
「こっちじゃ一年経ったときに一周忌ってのをやるんだよ。故人を偲んで皆で集まって、軽い食事とぼーさん呼んで」
「ぼーさん?」
「アリスの世界の宗教がどうなってるか知らねえが、こっちは多宗教が混在しててな。その中でもわりと多いのが仏教っていう宗教で、お坊さんにお経を唱えてもらうんだよ」
言ってることがよくわからない。
「前に神殿って言ってたろ? そこに奉ってる神様がいるんじゃないか?」
「ああ! ラミス様。世界を作ったラミス様だね」
「そちらで言うところのラミス様がこっちにはたくさんいるんだがな。まあ、お祈りするんだよ。亡くなった人が安らかでありますようにってな」
確かに、人は亡くなればラミス様のお膝元に還ると言われている。
「じいさんの好きな物でも作って食べて、ケリつけてやったらいいんじゃねえか?」
「おじいの好きな物かぁ……」
なんでも文句言わずに食べていた。好きな物、なんだろう?
そんな二人の会話を、スミレはふふふと笑って眺めていた。
「スミレさん?」
「ロイくん、可愛いわね」
ん??
「二人でおじいさまを偲んで美味しい物食べたらいいのよ。こっちから何か持って行きなさいよ。あちらで不自然にならないくらいのもの。何が良いかしらね。シチュー人気だったのよね? またルー持って行く?」
メルクに断って、ロイを夕食に誘った。
メニューは秘密の調味料、クリームシチューのルーで作った、白菜と鶏肉団子のシチュー。パン、そしてまたもや禁断のパンケーキだ。
「見たことないのがある」
「すっっっっごく貴重なものを使ってるから、内緒ね。たぶんこれでもう出せないと思う」
アリスの言葉にロイがええっとつぶやいた。
「おじいが隠し持ってた貴重な素材を使ってのものだから、もう、作れない」
名前が出て、また暗い表情に戻る。
困った。そんな顔になって欲しくないのに。
「今日は、おじいが好きだった物を一緒に食べて、気持ちを切り替えよう?」
さあどうぞと勧める。美味しい香りには勝てないらしく、一口食べたらその後は早かった。シチューは多めに作ってある。空いた皿にすぐお代わりを入れる。
「これ、チナ鳥のときのだ」
「チナ鳥じゃないから、肉の旨さは負けるけどね。実はこれもおじいの秘蔵のレシピ」
「ルコさんの?」
「かもね」
「ロイがおじいのこと大好きだったのはわかるけど、そんな悲しい顔してても喜ばないよ」
「……」
「順番に亡くなるのは当然のことだし、おじいは十分長生きだよ。ララが異常!」
「……違うんだ」
「違うの??」
「……違う。でも、ありがとう」
「うん」
生クリームを盛ったパンケーキに、リンゴとカキのジャムを添えたものを、ロイはパクパク食べていた。
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ということは、魔力があると太りやすいのか、この世界……