46.寒さを我慢しないでくれ
夕飯はアリスは指示するだけに徹した。
作るのは皆だよと言ったときの顔と言ったらなかった。
煮込むととろけてうまみも多い肉だったので、野菜と一緒に鍋で一気に始末することにした。
「じゃあ、マリアはこっちをこねて、キャルは野菜を切ってね」
麺作りは力加減というものがいらない。とにかくこねる。だからマリアの性にあっているらしい。
キャルの手つきは最初あぶなっかしかったが、フォンに指導されながらなんとか皮を剥いていた。
「こんなちっちゃい刃物扱いにくい……」
どうやら、ナイフの大きさが馴染まないようだった。
「ならキャルの得物で切ればいいんですよ」
フォンのとんでもない言動に、キャルを止めようとしたが、確かにその方が上手に皮を剥く。
「得物はきちんと毎回手入れしてるし、綺麗よ」
そんな大きな刃物で小さな野菜の皮を剥くなんて、指を切り落としてしまいそうで、見ていて怖い。だが、上手くいかなくてイライラしていたキャルが機嫌良く野菜を切るので、アリスもそれを止められなかった。
「冬前に決めたように、基本は煮込みと麺です。麺の時に使う粉の量も決められた分で。そうやっていかないと、ちょっとだけ多くとかしていたら冬が終わる前に食料が尽きます。増やしていいのはこうやって途中で狩りをした時の肉の分だけです」
五人は神妙に頷く。
「今年は試す年ですから、きっちり守って、パンを買ったりした分も記録につけてください。来年はパンを買わなくていい分量を用意して、さらに余剰を持たせられるようにしていきます。記録は大切ですよ」
「そこはきっちりやっている」
メルクは昔から記録するのが好きなので、そこは安心して任せられる。
今日は煮込みを作るので、暖炉に火を入れている。キッチンのかまどでは麺のための具材を炒めていた。できあがったら湯を沸かして麺を茹で、和えればできあがりだ。
野菜不足を補うために、野菜の酢漬けも食べるのだが、今日は煮込みがあるからいいだろう。
「森の魔物の量が多そうだから、あと何回かは行って欲しいと言われている」
「食べられる魔物は言われなくても狩りに行きたいけどね」
「皆肉目当てでそちらばかり狩るから、そうじゃない方が残っていて困るそうだ」
「だってねえ」
宿屋に泊まっている冒険者も、その肉を宿屋に持ち込めば喜ばれ、自分に多少多く肉が回される。
「まあ、ギルドからの依頼になれば別途依頼料が入るから、それでなんとか、かな」
冬場、金があっても食料がない。稼いでも食べるものが売っていなければ買えないのだ。
流通。
安定した供給と保存と……やはり難しいだろうなと思う。
人の敵が気候だけじゃないから大変そうだなとも言われた。
魔物の存在は、とても大きい。食料にもなるが、こちらが食料にもなるのだ。
「アリスちゃんどうしたの? 難しい顔しちゃって」
ふわりと香るアルコール臭。
「マリアさん。お酒はほどほどにですよ。お酒を飲むと人は余計に食べるようになります。つまみだなんだってね」
皆がピタリと手を止める。
「食べて良いのはこの食卓にある分だけですよ。奥からベーコンを持って来たり、野菜の酢漬けを持ってきたり、ソーセージを焼いたりしたらダメです」
ほとんど空になった皿を見つめる。
「あっちの煮込みは明日の朝の分です。絶対にダメですからね!」
お酒を飲むと気が大きくなるのでしっかり釘を刺しておかねばならない。
家まではロイが送ってくれた。
「美味しいお肉だったね」
「元は美味しそうには見えないんだけどな。凶暴だし」
「私は実際見たことはないからなぁ」
お肉の形になったときしか知らない。そして結構いいお値段がするのだ。肉としては旨い部類に入るのだろう。
「街の近くに出たら大騒ぎだよ」
かなり大きいらしい。こういった大きい獲物は、森の外で待っている運び屋に運んでもらうことが多い。今回ギルドの依頼で狩りに行ったので、運び代はギルド持ちだ。
運び屋は不正がないようギルドから許可証がいる。森の中を驚くほど早く移動するらしい。
「そんなに気に入ったならまた狩ってきてやるよ」
「うん、ありがと」
家の鍵を開けて中へ入る、と、ロイまで入ってくる。
「どうしたの?」
「鍵、閉めて」
言われた通りにするのはするが。
「魔道具に魔力込めて行く。寝室、寒いだろ? 少しつけて部屋暖めてから寝ろ」
「え、いいよ。まだまだ魔力は十分あるし。私も補充はしたし……」
「俺がやるって言ってるのに、アリスが込めたのか?」
非難めいた口調に自然と口が尖ってしまう。
「私も別に魔力がゼロなわけじゃないし。調薬はしばらくする予定もないから、魔力は余ってるんだって」
無言のロイ。
アリスより背が高いので、圧がすごい。
「魔力があれば身体は温まる。冬はとくに魔力のあるなしで体調がすごく変化する。……俺はおじいが亡くなったのも、魔力の使いすぎだと思ってる」
月が明るい晩で、店の中はうっすら物の位置がわかるくらいではある。だが、見上げたロイの顔は、明かりをつけていないので暗くてわからない。
「気付いてなかった俺が馬鹿だ。魔道具に二人で交代で魔力を込めなければならないほどだなんて知らなかった。使ったことなかったから……。今回家で、魔力注いでみて、確かに俺にとってはたいしたことない量だったけど、アリスとおじいは違うだろ? しかも、おじいが亡くなったあたりで、調薬もしてた。冬なのに、立て続けに中級が出たから、追加を作っておかないとって言ってたの、覚えてる。最近はアリスが調薬することが多いのに、おじいが作るんだなって思ったのも覚えてる。……あの日は冬一番の冷え込みだった。夜中から急に寒くなって明け方どこの家の窓も凍ってた。すごく、寒かった」
「ロイ……」
「アリスは身体も小さいし、魔力も人並みで肉もついてない。魔力ならたくさんあるから、頼むから、俺を頼ってくれ。最近錬金の依頼も受けてただろ? 冬はもう追加は受けないで。魔力を使わないで」
ロイにぎゅっと抱きしめられて、その身体がとても暖かいことに改めて気付かされる。
そうか、そんなに身体が冷えていたのか。
「寒さを我慢しないでくれ」
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魔力はカロリー!!
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