44.冬のお野菜は鍋向きですしね
前日からアク抜きしておいたロロ芋を、朝早くから蒸かす。水でよく洗うときに、手が痛くてキツかった。つくづく労力に見合わない食べ物だ。
五個で銅貨一枚でも、冬のこの水の冷たさは回収出来ない気がする。
蒸かした後はすりつぶすのだが、これもなかなかの作業だ。
良いタイミングでロイが現れたので手伝ってもらう。
「この後夕方前までかき混ぜるだけだろ? 店開けるか?」
「そうだね。お店開けてかき混ぜてるから、ロイは何か用事があるならそちらに行ってもらっても大丈夫だよ。次の作業にいてくれると本当に助かるの」
ザルでこして、布でこすのだが、この布でこす作業が大変なのだ。
「今は特に何もないけど、店開けたら用事が出来る」
ご近所からお呼ばれするのだった。
今日は薪の乾燥が甘かった物が見つかったので、魔法で乾燥させる作業が入る。
「ごめんよロイ」
「業者で買ったやつ?」
「そうなんだよ」
「ならそこに文句も言わないと」
金は業者に出させるやつだ。まあ、管理が悪いんだろうと一悶着あるまでがセットなので、少し時間がかかりそうだ。
アリスも素材の整理をしながらたまにかき混ぜ様子を見る。だんだんと甘い香りが漂ってきた。
午前中出ていたロイは、昼過ぎにたくさんの麺を抱えて帰ってきた。
頼まれたのは麺屋が実家の奥さんだったことを思い出す。
「ここに置いといて」
「なら、お昼に食べる?」
「アリスは食べるの?」
「私はいらないよ」
冬は昼は食べない。夜に煮込みを作って、朝もそれで済ます。
「ならいらない。麺屋で少し食べてきたし」
あちらで昼をもらったようだ。去年もロイはそうやって労働の対価にご飯をいただいていた気がする。冬の食事はそれだけ貴重で報酬代わりとなるだけの価値があるのだ。
にしては、麺までもらってきて、少し多くないか?
アリスの視線に気付いてロイは頷いた。
「昼もらったのは薪屋。薪屋に残ってる薪の中で乾いてないのも乾かしてきた」
「そーゆうことね」
怒鳴り込んだ先で仕事を得たのか。
冬の薪が乾ききってないことはよくある。そのために薪屋が魔法使いと契約を結んでいるところもあった。ただ、近所の人間は昔からロイに頼んでいるからそうなっているだけだ。魔法使いに渡される報酬を回されたのだろう。
「そろそろ出来た?」
「うーん、もう一時間、二時間くらいかな」
持ってきた麺を、ロイが倉庫へ運ぶ。
「あれ?」
「ん? 何?」
キッチンから見えるドアの先は真っ暗で、ビニールハウスには繋がっていない。
「いや、食料が少ない気がする」
ロイがいない限りその扉は開かないのだ。少なくて当然。
「食料、二階に保存してるんだ。薪は入れるのが面倒でキッチンに積んでるし」
「入れておこうか?」
力仕事ならと言うロイを止める。
「いいよ、どうせこの冬で使ってしまうんだし。ロイの食べ物だけ入れておいて」
自由に開け閉め出来ればいいのだが、アリス一人であのドアを開けると繋がってしまうのだ。
「薪これで足りるのか?」
「んー、薪も二階にあるの。節約術よ」
「節約?」
「二階から持ってくるのが面倒になるから、煮炊きも効率的に行うの。食べる量も控えめになる」
「……ちょっとわかる気がする」
ロイたちの家の食料庫も、二階の空いている一部屋だ。重い薪や粉物以外の瓶詰めは全部上にある。
一階は暖めているので、降りてくると二階に上がるのが面倒になるらしい。
なんとか誤魔化せたのでほっとする。
「でも、アリスは痩せすぎだから俺のもらってきた麺だったら食べていいからな」
ロイの気遣いはありがたいが、実は最近食べ過ぎなのだ。トシとスミレがせっせとアリスを太らせようとしてくる。
「ロイの報酬なんだから、ロイが食べたらいいんだよ。今度、朝食べていないときにお昼一緒にうちで食べよう?」
ロイはきっと、二食じゃ足りない。
どろっとして繊維だけが残った芋を、ロイに手伝ってもらってこしていく。これが実に手間と時間の掛かる作業だった。絞りにくいので少量ずつやるので、終わった頃には二人ともぐったりだ。
「やっぱりフォンにもさせよう」
「食べる人は作らないといけないよね」
期間中ロイに手伝ってもらったとはいえ、その前準備、我ながらよく一人でがんばった。あのときは必死だったのだ。
絞ったものを今度は鍋で煮詰めていく。強火から、次第に弱火にして焦げ付かないよう気をつけて。
やがてできあがった飴を棒状に伸ばし、ブツブツと切っていくのだ。これはのど飴のときからやっている作業だった。
できあがった飴は半分にした。本当はロイの方を多めにしようとしたが、断られた。口の数はあちらの方が多そうだが、作ってないやつにたくさんやる気はないと言う。
「明日から狩りでしょう? 何日くらい?」
「一応日帰り予定だ。冬の森はさすがに辛い」
「あんまり奥までは行かないんだね」
「街近くまで来ているやつを狩るのが目的だしな」
「じゃあ、明後日ララのところ一緒に行かない?」
「ララか……こき使われそうだ」
ロイのことも、ララは昔から知っている。お互い遠慮がない。こき使われてもらおう。
良い獲物が手に入ったら持ってくると約束し、店を去る。
街近くをうろついているのが食べられる魔物であることを祈っていると、見送った。
ロイが来ないとはっきりしているときは、昼からあちらへ向かう。
「アリスちゃん、お昼にしましょうか」
そんな日は朝抜きだ。スミレさんのご飯は本当に美味しい。
しかもこちらは暖かい。
コタツという布をかぶせた暖める魔道具があるのだ。魔力ではなく電気で動くらしいが。
「あったか~い」
「ビニールハウスだから風も入ってこないし、本当に冬は快適」
「断熱シートを下に敷いたのも正解だな!」
夏に来たときは全面が畑になっていたのだが、今は半分ぐらいだ。半分のうちのさらに半分がこのコタツと、ガスコンロを設置した調理スペース。もう半分は最近寒くなってきて入っていない風呂スペースだ。
風呂は、実際入り出すと止められない。全身を湯で洗い流し、さっぱりするのが本当に気持ちがよかった。
「今日はお鍋よ」
野菜や肉や魚を鍋でぐつぐつと煮込む。この煮込むときのスープも色々とあった。
「手っ取り早く栄養が採れて楽だしな!」
「冬のお野菜は鍋向きですしね」
最近は夕食より昼食をしっかり食べているのよと、スミレが言った。
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ビニールハウス改造が捗ってます。




