39.薬師に確認をしてもらうのは常識だよ
扉を激しく叩かれたのは、錬金釜と陣を片付けて、そろそろ寝ようかと思っていたときだ。火の始末をしていると、アリスを呼ぶ叫びにも似た声がする。
急いで鍵を開けると、ハンナだ。
「アリス! バーナ一家の様子がおかしい。口から泡が――」
ハンナの言葉を全部聞く前に、アリスは飛び出す。
「昨日お裾分けをもらったから、その皿を返しに行ったらまったく反応がなくて。でも、明かりもついてるし、時折小さな物音もするから中に入ったら」
ハンナの店とアリスの店のちょうど中間くらいに、 バーナーの家はある。すでに人だかりが出来ていた。
「アリスが通るよ!」
人垣がさっと割れる。
開け放たれた扉の奥は、ララの家とそう変わらない間取り。手前にテーブルとキッチン。奥が寝室だ。バーナー家は四人家族。両親と子ども二人だった。四人とも今は床に寝かされている。
口元に泡。浅い呼吸。かろうじて生きてはいるが、意識はない。
一番体力のないであろう下の女の子の胸に触れ、治癒の力を流し込む。
アリスは系統立てて治癒術を学んでいないので、延命処置でしかない。
テーブルには料理が並んでいる。スープのようだった。
キッチンのかまどの上に鍋があるのでそちらを見ると、気になる物が入ってる。
箸がないので手を突っ込んで取り出し、指先でつぶす。水桶の水でその指先を洗うと、来た道を戻る。
「触れないで、そのままで! そこにある食べ物には触れないで! 人手がいるから準備しておいて!」
昼間来た子どもたちの顔を思い出すが、その中にバーナー家の子たちは見当たらなかった。つまりそういうことだ。
素材倉庫の中に飛び込み、必要な素材をかき集める。
調薬陣をテーブルに広げ、我ながら素晴らしい早さで薬を完成させる。一つ目、二つ目と作り上げたそれを、瓶に詰めるとまた走る。
「人手はどうやって振り分ける?」
「今から薬を飲ませる。まず、食べたものを吐き出させる嘔吐剤。ここで四人は難しいから大人二人をどこかの家で」
「わかった。すぐ運ぶ」
家にあったコップにそれぞれの体格に合わせた分量を入れる。大人は多少多くてもいいくらいだ。子どもは様子を見ながら与えないといけない。
「胃の内容物が出なくなったら水を飲ませて。さらに吐いて、内容物がなくなったら次の薬を渡す」
近所の人間はこういったときとても協力的だ。ここだけなのかそれはわからないが、彼らは幸運だろう。ハンナに上の男の子を、アリスは下の女の子に嘔吐剤を飲ませて、吐かせる。吐かせるのだと言っただけでどこからか桶が渡された。
「結局何が原因?」
「……キノコ。昼間、子どもたちがキノコ狩りしてたみたいだけど、うちに確認に来てない」
すぐ死に至る毒性を持ったものでなくてよかった。これもまた食用と同じような形をしたものがあるキノコだ。間違えやすく、気をつけなければならない。
「私が今日は昼間留守にしてて、帰ってくるのが少し遅かった。待っていられなかったのかもしれない」
「それは……アリスが気に病むことじゃないね。薬師に確認をしてもらうのは常識だよ」
どこの街でもやっていることだ。
まあそれはそうなのだが……。
吐かせて水を飲ませ、また吐かせて。胃の中がほぼ空になったところで薬を飲ませる。少年も同じようにして後は様子を見てまた薬を与えなければならない。
「親は?」
「こっちの家だ!」
声を掛けられついていく。二人ともほぼ吐き出し終わったようで、こちらは少し多めの薬を与えた。
「あとは様子を見ながら薬を与えなくちゃいけないから、一緒のところにいた方が楽かな……」
バーナー家の寝室は、ベッドが三つ並んでいた。そこに四人で寝ているようだ。
「運んでもらったらあとは私が見るね」
「アリス一人で徹夜する気? 交代しましょう」
「でも、薬の量は私しかわからないよ」
微妙な量の調整は相手の様子を見てしかわからない。
「……それでも、仮眠をとらないと」
「一晩くらいは大丈夫だし、一晩越えれば大丈夫だよ」
ハンナはため息をついて、他の人たちに片付けを手伝ってもらい、それが終わったら帰ってもらった。
「あんた、店の鍵閉めてないでしょう。扉が開いてるからって見ててくれてる人がいるから、とりあえず施錠だけしておいで。すぐ薬を与えることはないんだろう? その後私が夜食作ったりするし」
「ハンナはパン屋があるじゃない」
パン屋の朝は早い。
「そんなもの、旦那がやるわよ。とりあえず施錠」
もうあたりはすっかり暗くなっていて、ハンナの旦那が付き添ってくれた。
お言葉に甘え、鍋や陣を片付けてから施錠し、再び向かう。人垣はすっかりなくなり、あたりは夜の静寂が訪れていた。
ランタンに火を入れて、静かに横になっている四人を、ハンナが見守っていた。
「キノコは何年かに一度、誰かやるね」
「確認に来てくれれば一番なんだけど。今日も子どもたちの籠に、ダメなキノコがあった。食べたのがあっちじゃなくてよかった」
今回のはしばらくは調子が悪いだろうが、特に問題なく治るものだ。しかしそれも発見が早かったからだ。
「ハンナのおかげだね」
「アリスのおかげでしょうが」
それじゃあ、とハンナは家に帰っていった。アリスは様子を見ながら定期的に薬を与えた。
翌日昼には大人ははっきりと目を覚まし、夕方には子どもたちも起き上がれるくらいにはなった。あとはもう薬は本人たちで飲める。時間と分量を指示し、追加分を作る。
「ごめんなさい」
原因は兄のロアンが、アリスの帰宅を待てずにキノコを持って帰り、運悪くその日の夕食になった。
そして、他にもアリスに見せずに帰った子どもがいるのが発覚した。
「いなかったらいなかったでそう言いなさい。食べないで翌日みてもらうこともできるんだから」
別に当日見なければいけないわけではないのだ。ただ、親に、アリスに絶対チェックしてもらうことと言い含められていて、それをせずに帰ってきたことを隠してしまった。
同じようにアリスに見せていないことが発覚した家は、親が大慌てでその日子どもが採ってきていたキノコを持ってきた。冬用に干していたから命拾いをした。絶対に食べてはならないものも混じっていた。
「やっぱりキノコは怖いな」
「ホント。絶対に素人が手を出したらダメね」
キノコご飯を食べながら、トシとスミレがそう言った。
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素人はキノコに手を出すのは危険!!
 




