38.足下を見てやるか
「このリストの中で、アリスがまともに作れそうなのは……ここら辺じゃないのか?」
「うん……私もそう思う」
「保存石は元から作れるだろう?」
「だいじょう……ぶかな。だって、作ったのもう大分前なんだもん」
持ってきた錬成陣に専用の付けペンとインクで記号を書く。やり直しを何度も食らいながら、アリスのできそうな、火の精霊石の記号を書いていた。
「小さい。やり直し」
「うう……難しいなやっぱり」
「調薬釜や調薬陣に記号を書くのと変わらないだろう?」
「そうなの? 私には錬成陣の記号の方が難しい」
祖父にも同じことを何度も言われたが、なぜか調薬の記号は上手くいき、錬成の記号は気付くと大きさが不揃いになっていたりする。
「薬師は錬金術師としても優秀な者は多いが、なんでかあんたは調薬特化だねえ」
「調薬は元々好きだからなぁ……」
幼い頃から家にあったあの草の匂いが好きだった。
「まあ、これくらいならいけるだろう。保存も一応書いたら見せな。依頼の分なら素材を無駄にするわけにはいかんだろう」
ララは優しいが厳しい。祖父と同じ仕事には妥協を許さないタイプだ。
「このリストはどうする?」
「そうだねえ、もう専属なんて面倒なことはできないけど、今回だけなら受けるのは構わない、が、この足だ。色々とサポートがいるな。ちょっと待ってなさい。手紙を書こう」
立ち上がろうとするので代わりにアリスが行く。
「インクこっち?」
「そう、その棚だ」
記号の大小、美しさに厳しいだけあって、ララの字はすべてがそろって美しい。
「アリスはそれじゃあその温石の錬成と保存石の錬成でいいか?」
「それ以外はちょっと難しそう」
「だな。どのくらいの量なのかわからんが、こりゃいい小遣い稼ぎになるなぁ。足下を見てやるか」
とんでもない宣言をしたララの手紙を、アリスは預かる。
「それじゃあ、今度芋飴持ってくるね」
「楽しみにしてる。たまには顔を出しな」
「そうだねー、ここのところ全然来れてなかった。仕事請け負って頑張りすぎて体調崩したりとか困るから、冬までに何度か来るよ」
ララはとても優秀で、仕事が大好きな人間だ。
アリスはできあがった錬成陣を自宅へ置いてから、ロラン商会へと向かう。
困った時はお互い様。良い仕事をもらえたし、ララがわりとすんなり請け負ってくれたのでみんな満足いく結果になればいいなと思った。ただ、結構な要求がなされていたのでそれをどう思われるかだ。
お店の扉をくぐると、すぐ店員がやってくる。
なんと言おうか悩んでいたら、後ろから今朝新しいリストを持ってきた男が来た。
「アリスさん。どうされました?」
「ええと、朝のリストの件で……」
それだけで伝わったのか、少々お待ちくださいと奥へ引っ込み、呼ばれた。この間と同じ部屋に通される。
「こんなに素早く対応していただけるとは、助かります」
「いえ、私の知り合いの錬金術師、ララさんからお手紙を預かっています」
ララの名前を出したところでロランは軽く目を見張った。どうやら知っているらしい。受け取った手紙を、ふんふんと声を漏らしながら読んでいく。
「これは、これはこれはこれは、ありがたい」
「大丈夫ですか? わりと遠慮なく好き放題言ってますけど」
「いえいえ。足を悪くされたというのは聞いておりましたし、一人で物の移動などは大変なのはわかります。もちろん人員を一人か二人つけましょう。代金を、冬支度の現物でというのも、買いに行く手間を考えればいっそのことというのはわかります。そうですね……どのくらいにするかを相談させてはいただきますが、概ねおっしゃる通りで是非依頼させていただきたい。資料などを揃えて、こちらにあるよう明後日の昼にお伺いします。アリスさんも立ち会われますか?」
紹介者だからということなのだろう。だが、ここからは仕事の話だ。しかも本職どうしの。アリスが口を出すことは何もない。
「では、アリスさんの家にはまたこちらの二点の素材をお届けしますね。ただ、避け石の方が優先度が高いので、先に避け石をお願いしてもよろしいですか?」
粉物はみんな早めに買い始めるのだ。
「それでお願いします。こちらのカイルを窓口としてこれからもやりとりをお願いします」
先ほどの男がぺこりと頭を下げるので、こちらも同じようにする。
「ララさんは、この先ずっとは難しいので、早く新しい錬金術師さんが見つかるといいですね」
「若い方の育成はなかなか難しい問題ですね。今回はアリスさんのおかげでなんとか乗り切れそうです。助かりました」
話はそれで終わりだが、帰りに茶葉をもらった。
「ロイさんがいつもお土産に少しずつ買っていると聞きまして」
「ありがとうございます」
瓶に結構な量が入っていた。
ララの家で記号の復習をしたり、ロラン商会に行ったりで、もう陽が傾いてきている。早く帰って今日の分の避け石を作らねばならない。
と、店の前で子どもたちが十人ほど集まっていた。
「あ、アリスちゃん!」
「おかえりアリスちゃん!」
「どうしたの?」
近所の、芋飴を買っていってくれた子たちだ。
「あのね、今日森で採取したの。キノコ……」
「ああ! ごめんね留守にしてて。さあ、入って」
キノコはちゃんとチェックしなければならない。
「さあ、順番に並んで」
ほとんどが大丈夫だが、たまに危ない物が見つかる。見つかった物には大概同じような形の食べられるキノコがあるのだ。
それを並べて子どもたちにもしっかり言い聞かせる。
「ここの傘の裏側。ほら、筋が入っているでしょう? で、こちらは食べられるもの。こちらが食べたらお腹を壊す物。違いわかる?」
「壊す方。緑色のところがある!」
「正解。ここの傘の一番奥の部分。ここが緑色、傘の裏と同じ色じゃない物はダメよ」
ダメなものはアリスが回収だ。今度森に採取に行くとき焼いて捨てる。
ロイたちが狩りに行くときにお願いしてもいいだろう。
こちらでも見分けの付かない物があって誤食が怖いキノコ。トシとスミレの世界でも同じなことに驚いた。共通点が多いなぁと改めて思う。食材しかり、キノコしかり。人の形も同じようだ。
同じような世界だから繋がることができたのか。
改めて、この不思議な現象に思いを馳せながら、アリスは約束の避け石を作って袋に詰める作業に没頭した。
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よい小遣い稼ぎでした。