36.その世界にふさわしい速度でな
アリスたちの世界では、冬支度は必須だ。物が集まる王都でも、備えなければならない。迷宮産に野菜はないのだ。
「つまり、物の流れがスムーズに運ぶ仕組みがすごいということ?」
「そうだなぁ。物流がやっぱりでかいなぁ。昔は冬支度をしていたさ。漬物とか、乾物とか。ただ、野菜も冬のものがいくつもあるから、そういったものが、都市部に運ばれて売られたんだろうよ」
「あとは保存衛生技術じゃない? パッキングとか」
「確かに。菌の繁殖を抑えて抑えてしてるから……」
食料面での冬支度をしないというトシたちの世界を、アリスはとても興味深く思い、質問に質問を重ねていた。
「道路がしっかりしていて、車の存在がでかいか」
「時速六十キロですものねぇ」
じそくろくじゅっきろ?
アリスがまったくわかっていない顔をしていると、丁寧に噛み砕いて教えてくれるのはいつもスミレだった。
「一時間にね、六十キロって距離を進む乗り物があるの。私たちの世界だと人は一時間に四キロね。アリスちゃんのところはみんな足腰強そうだから、もう少しあるかも。冒険者さんはもっとかしらね。馬が瞬間的に一番早い速度も同じくらいよ。ただ、生き物は疲れるから。疲れない乗り物があるの」
疲れない乗り物?
荷馬車も牽くのは生き物だ。疲れて途中休憩が必要となる。
「そうそう、荷馬車が自動で動くようなものね。魔法で動く乗り物とかはないの?」
そんな便利なものは残念ながらない。
「部屋を暖める魔道具とやらはあるのよね?」
「うん。魔道具作りが得意な魔法使いはたくさんいる。錬金術師の中にもそういったことを生業としている人も多い」
ただそれこそ、その道を系統立てて学んでいないと難しい。
そういったことが得意なのは生活に余裕のある貴族たちだ。ミールスの街にも貴族は住んでいるが、本当に少し。この街を管理する貴族だ。
地位の高い貴族たちは王都に多い。王都か、自分の治める領地かだ。
王都には魔道具の研究機関もあるという。
「まあそういった生活の改善は少しずつなされていくものだ。その世界にふさわしい速度でな」
ふさわしい速度とはどんなものなのだろうか。
「冬育つ野菜とかはないの?」
「多少はあるよ。市はもう立たないから、売り子が道を歩いてる。タイミングが良ければそれを買うくらい。少し割高でもあるし、宿屋なんかが優先的に買うように売り子と契約してたりだから、私の家の方まではほとんどこないかな」
「街の外を畑にできちゃえば早いんだけどねえ」
「外には魔物がいるから……」
「流通の安全な確保ができないのも、魔物のせいだなあ。魔物問題が、アリスの世界の進歩を緩やかにしている原因かもな」
魔物がいて当たり前なので、そう言われると何も返せない。魔物がいなくなることなんてない。
「街に魔物が出ないのはどうしてなんだ?」
「街を壁で囲っているの。出入りは門から。魔物は森で生まれるから」
「なら、畑用の壁を作るとか?」
「農村はそうやってるかな。ただ、壁はミールスの街のような頑丈なものじゃないんだって。農村の、家がある部分にしっかりとした壁はあるけど、広い畑部分を囲うような頑丈な壁は作るのは大変だって前に聞いた」
壁は作るのに時間がかかる。人力だから当然だ。
「それでも為政者はやっていかなければならないんだろうがな。……森を囲っちまうのはどうなんだ?」
森を囲う?
「魔物が生まれるのは森なんでしょう? 森全体を壁で囲えば出てこられないようになるんじゃない?」
そんな発想はまったくなかった。
「まあ、誰かしら考えてそうなっていないんじゃ、難しいんだろうなぁ」
「森もたくさんあるでしょうからね」
トシとスミレは顔を見合わせて笑っていた。
「今までもやってきているんだろう? 冬支度が少しでも楽になるような仕組みを考えるのはいいが、それは上の奴らの仕事だ。アリスは目の前の、ロイの坊やたちの冬支度を考えるのが先だろう」
「うう……そうなの。お料理出来ない人ばっかり残ってて……」
「全部アリスちゃんがしたらダメよ? 来年も同じことの繰り返しになっちゃうんだから。ただ、瓶詰めの衛生管理とかはしっかりしないと、腐っちゃうからね。切ったり煮込んだりは本人たちに全部やらせなさい」
どうも、結局金があればいいんだろうに落ち着きそうな面子なのだ。
寒い狩りと、冬支度なら狩りを選ぶというマリア。ロイを訓練したいから狩りは大歓迎のフォン。食べ物がなくなったらうちに来れば良いと思って過ごしていたロイ。
メルクが早く帰って来て欲しい。
「さらに問題があって、その保存食を料理に使うんだけど、あの人たち、それを使った料理ができるかな……」
「お料理経験ゼロの人たちの冬支度。前途多難ねえ……お手伝いさんが欲しいわね」
「ゼロではないと思うの。野営はしてるから」
「ただ、期待はできねえな」
冬支度をしながら、食事の作り方も教えて行くしかなさそうだ。捌くことはできるから、ナイフの使い方は上手い。フォンやロイは切るのは問題ないと思う。
「煮込みよ。煮込みは何でも美味しくなるわよ」
「暖炉があって、その上が鉄板になってるから、そこに置いておけば出来そうなの。それでしのいでもらうのが一番かな。芋類と根菜とキノコとベーコンあたりで」
「キノコ……キノコはこっちの世界じゃ素人が採ったら危険なものだぞ。毒のあるものなんかが多くてな」
「あ、それは大丈夫。私はもともと採取よくするし、食べられるキノコと食べられないキノコの見分けはたたき込まれてるから。近所の子も採取したものは私に聞きに来るくらい。ロイにも、キノコ類は絶対に私に見せてからって話してある」
「おお、アリスはキノコ博士か。そりゃ頼もしい」
キノコは素材になるものも多いのでそこら辺は大丈夫。
キノコや木の実狩りは、森の浅いところなら危ない魔物も出ないので、子どもたちがこれからの時期通う。夕方アリスがチェックするのが恒例となっている。
「テレビがこの間キノコの誤食で入院したって言ってたわ」
キノコの誤食は怖い。テレビの体調が早く回復することを祈る。
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世界樹の〜でも考えてましたが、実際冬支度をなくすためにはどんな風にしたらよいのか。
一気には無理だからなぁ。
という、一緒に考えよう回でした。