31.こちらの世界ではネズミ講
キャルの腕には赤い石の嵌まったブレスレットがあった。
『精霊の互助会』という会員の証だそうだ。
「助け合いの会、みたいな? これをつけてる人は会員だから、困っていたら助け合おうっていう会なの」
ギルド会員のようなものだろうか? アリスも薬師ギルドに所属はしている。これは店を開くのに必要なことでもあった。怪しげな薬を売り出す店を街に置いておくわけにはいかないのだ。
それ自体は何の問題もないだろう。
だが。
「それがどう儲かるんだ?」
同じ疑問を持ったメルクが先を促す。
「あのね、会員になるのに金貨三枚が必要なの」
「高っ!!」
「さらに、二人、自分の紹介で会員を作るの。で、紹介した会員から金貨三枚をもらう」
「んんん??」
つまり、入会金は金貨三枚。入った者は最低二人をこの会に誘う。その相手から同じように金貨三枚を入会金として受け取る。
「そのもらった金貨三枚のうち半分を、私を会に入れてくれた人に渡すの。金貨一枚と銀貨五枚ね。だけど、私は最低二人は誘うわけだから、金貨六枚手に入るでしょ? そのうちの三枚を渡すから、金貨三枚の入会料はあってないようなものなの」
あってないようなものの入会料。だけど、この腕輪があれば困ったときは会員に頼ることができる。
「ただし、会員に迷惑をかけるようなことはなるべくしないよう。特にお金の貸し借りはダメって話。まあ、それはそうよね。会員に迷惑をかけないように、普段から行いには気をつけるようにって話。仕事で困ったことの相談とかを、会員の伝手の伝手で解決できたって話はたくさんあるんだってさ」
「へえ、面白いな」
「でしょう? 私はもう二人紹介しちゃったけど、紹介してくれた人に話せば腕輪ももらえるし、みんなも入るなら紹介するわよ?」
「えー、その腕輪いらないから私はいいわ~」
「金貨三枚、初期投資。どうでしょうね」
「いい会なのに」
「助け合うことは良いことですね」
「でしょ、フォンも入らない?」
「他人を無駄に助ける気はまったくないので」
も~と、キャルは不満そう。
アリスは赤い石をじっと見つめていた。
「どこの世界でもあるもんだなぁ」
「本当。アリスちゃんは入っちゃだめよ?」
説明して最初の言葉がこれだ。
「やっぱり……」
「詐欺というよりは、なんだろうな、だいぶルールがゆるっとしているから破綻はまだ先か? 助け合いましょうね~だけだもんな。あのな、そういったものを、こちらの世界ではネズミ講って言うんだ。法律で禁止されてるよ」
また詐欺である。
「しかし金貨三枚だろ? 十五〜二十万くらいか? まあ、被害は小さいか?」
「若い夫婦でなら二十万は大金よ」
「それに、それだけじゃ上は儲かりきらんな。逃げるにしてもかなりリスクがでかい気がする。ってそうか、アリス、その腕輪。そいつはどうやって渡されるんだ?」
腕輪。
アリスが気になっていたのもそれだったのだ。
「腕輪のことは会員の証って言う風にしか聞いてない」
「だけど、そのキャルって子は腕輪はもうないって言ってるんだろ? たぶん入会時に二つ渡されるんだろうな。それで、そいつにも金が掛かると」
まるで見てきたように言う。
「しかし、それは早めに止めないと、下から不満が上がってくるぞ。アリス、紙とペンをお前さんところから持ってこい。それでキャルに説明してやれ。新しい犠牲者が出ないようにな。腕利きの冒険者なんだろ? なんかしら対応できんのか?」
トシに言われて紙を持ってくる。
並んで写せと言われた。
「まず、一番トップ。今回の首謀者だな。こいつが第一階層だ。次が第二階層。ここは二人だな。第三階層は四人。こうやって、2のべき乗……掛ける2になっていくんだよ。第四は八人。第五は十六人。ここら辺だとそう驚くような数字じゃないだろう? お前さんところ電卓はないだろうからな。もう全部書いていけ。二倍二倍、した数字をな。こうやって、右側だけでいいからさ。ネズミ算って言い方があってな。俺らの世界にいるネズミって生き物は出産周期が短いわ、繁殖力が高いわで、どんどん増えるんだ。それと同じ。ほら、数字を写せ」
1、2、4、8、16……ずっと続いて1,048,576。
「第二十一階層で百万を超えてる。しかも、それより前の数字をぜーんぶ足すと、1,048,575。最後の数字から一少ないだけなんだよ。つまり二百万。アリスの街の人口は何人だ?」
「ええっ……し、知らない」
「聞いてると文明的にはこっちが上なんだよなぁ……まあいい、二百万人いたとしよう。だけどよ、家族を入れるやつはいねえだろ? 家族の困りごととして言えばいいんだから。そうなるともっと早い段階で破綻だ。新規会員がいない。キャルってやつはもう腕輪がないってんだから、もう元はとってんだろうがよ、その次、その次の次のやつは、元を取れるのか?」
儲かると言っていた。そうやって紹介している者も多いだろう。
それが、儲からないとわかったらどうなるか。
「階層が一つ増えるごとに、二人ずつ紹介してたなら金貨三枚儲かるんだ。一番トップのやつは、自分の階層から十増えりゃ金貨三十枚。だけどそんなやつはまず出てこない。これを見たらわかるだろ? 十階層増やすのにどれだけの人間がいるか」
ミールスの街に、どれくらいの人が住んでいるんだろう。
「ねえ、トシさん。その腕輪ってのも気になるわ」
「腕輪もまた、儲ける材料だと思うぜ。むしろこっちだろう。そのキャルって嬢ちゃんに聞いてみな、腕輪はタダなのか? てな。十中八九それも買うやつだぞ。そっちで稼いでるんじゃないか?トップのやつはよ」
会員の証である腕輪。それも買って売りつける。
「俺が思うに、金貨三枚と腕輪代を取る。例えば、金貨一枚とかな。二つだから計五枚。自分のを入れれば金貨六枚を最初に払うんだよ。で、キャルの嬢ちゃんは二人、紹介先を確保したところで、さらに腕輪二つを買う。まあこれは横流しだな。その腕輪の金は一番トップに流れるのさ。腕輪の数だけ金貨がプラスされる。五百人なら金貨五百枚だ」
くらくらするような金の話だった。
「まあ、腕輪に金貨一枚の価値がもともとあるなら――」
「ないの。そんな価値は絶対ない」
アリスがもともとおかしいなと思ったのも、その腕輪からなのだ。
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今回の詐欺はネズミ講です!