30.皆で一緒にご飯を作ろう、では、ない?
他にもあれこれと、アリスは露店に目移りする。
やがて、酒場の通りにさしかかった。普段は店の中だけの営業だが、今日は店の前にもテーブルがたくさん作られている。店で注文をした品物さえ持っていれば、多少外の露店で買ったものを食べていても咎められない。長く居座れば注文を取りにくるので、そのとき立ち退くか追加を頼むかだ。
「ローイ!」
その外に作られたテーブルの一つから声が掛かる。
ロイが小さくはあ、と声を漏らした。
「アリスちゃん」
呼ばれて振り向けばメルクだった。
ロイを呼んだのはキャルだ。
フォンとマリアも揃っている。
「お店大盛況だったらしいわね。フォンに聞いた」
「びっくりするほど出ました。来年からは値上げします」
子どもにはそのままで売りたいが。
「ロイが飴売ってるってあちこちで聞こえてきた。フォンから一つもらったけど、甘くて美味しかった」
「あげていない。とられたんだ」
大事に食べていた最後の一つをメルクにやられたらしい。
「また作るなら買いたい」
「ううん……すごく手順がかかるの。しばらくは作りたくない」
げっそりとしたアリスの表情に、皆が笑う。
ただ、芋が売っているうちにもう一度くらいは作っておこうと思った。
座って話してるとめざとく注文をとりにくる。アリスとロイはそれぞれ軽いつまみを頼んだ。こういったときに、ロイも当たり前のように酒を注文する。アリスは果実酢を頼んだ。
「収穫祭が終わったら冬支度をどうするか話し合わないとなあ……お前らやる気ある?」
「布団類は買う。山盛り買う」
とはマリア。メルクとキャルは自宅からもらってくるそうだ。フォンとロイも買う派だ。
「各個人の部屋に暖房はつけられないからな」
「薪がいくらあっても足りない」
「宿屋は食堂にだけ暖房が入ってたからみんなそこで暖をとってたよね」
「家は夜には消すぞ、さすがに」
薪のやりくりは一歩間違うと大変な目に遭う。アリスも祖父と二人で冬を越していたときは、昼間はキッチンで、夜は湯たんぽを抱えて布団の中で過ごした。
「今年から店はどうするの? 一日中開けてはいないだろ?」
祖父が亡くなって、初めての一人での冬越しだ。
「今のところ午前中だけ開けようかなって。あとは着込んで耐える」
薪だけは怖いので、祖父がいたころと同じ量を買うつもりだった。
「薪取りにもいかないとなぁ。買い付けもするが」
「メルクに全部任せる~」
「冬を家で過ごすつもりなら皆の問題だからな。何もやらん、何も考えないは許さん」
「ええ……めんど」
「面倒なら、冬だけ実家に行け。キャルの家は部屋数ならわりと余裕があるだろう」
「ううーん……子どもらがうるさいんだよねぇ」
キャルの兄の子どもたちは、上から下まで全部併せて五人もいる、一番下が確か五才くらいで、動いていないとどうしようもない時期だ。
「親にも聞いてみるが、後半食べるものがないなんてことになったら目も当てられないぞ」
「狩りには定期的に行くべきだ。食材も手に入るし、余剰になれば売ればいい金になる」
宿屋なんかはそういった獲物を歓迎してくれる。
「キャルとマリア連れてくのは無駄でしかないな」
メルクの言葉にむっとする二人だが、寒いきつい眠いとまったく動かないと去年ロイが愚痴っていた。
「初めての共同生活だからな。色々と不満も出るだろうがきちんと話し合って解決していくぞ。とにかく最初に決めたことはきちんと守れ。各自の部屋の清掃、共有部分の清掃当番、最後にパーティーメンバー以外を連れ込まない!」
メルクの言葉にマリアは肩をすくめた。
キャルは頬を膨らませる。
「女の子ならいいじゃん」
「ダメ。居座られても困る。それは夏でも冬でも同じ。禁止だからな」
「ちぇーっ」
「ロイ目当ての女が入れ替わり立ち替わりしたら迷惑なんだよ」
「そんな女、私が入れるわけないじゃない」
まあ、ルールは大切だ。なあなあになって、家を手放したという話は結構聞く。
「ただし、アリスちゃんは別!」
突然呼ばれて目を瞬く。
「アリスちゃんが何か美味しいご飯を作りに来てくれるのはまったく問題ない」
「そうよー、アリスちゃん。またご飯一緒に食べましょう」
「アリスさんのご飯に異論はない」
「アリスの、揚げ焼き。あれ、またやって」
勝手に話が進んでいる。
「……私が作るならうちで作っても変わらないんだけど。椅子がないだけで」
「変わる! 特に冬は薪問題がある」
「皆で一緒にご飯を作ろう、では、ない?」
すいっと皆が目をそらした。作る気ない……。
「獲物が捕れたら一緒に食べよう」
「そうね、そうしましょう」
メルクの言葉にマリアが即同意した。
ロイの方をちらっと見ると、彼は難しい顔をして首を振る。
「迷惑なら断って構わない」
「あんた、自分は食べに行くからいいとか思ってるんでしょ!」
「ロイ、抜け駆けはずるい~! ロイが行くなら私も行く!」
「ロイさんが行くなら私もアリスさんの手料理を食べに行きます」
「お前たち迷惑だから……」
メルクが頭を抱えた。
アリスは別に特別料理が上手いわけではない。
単に皆が、まったく料理ができないだけだ。
さほど料理が上手くないのによく食べるのだ。
「とりあえず、ハンナのパン屋は余剰の粉がある間は多少高くなるけどパンを売ってる。毎日買いに行くといいよ。で、粉がなくなったら店を閉めるけど、それも冬後半だし、粉の備蓄を差し出して、それが一定量溜まるとパンを焼いてくれるから、粉の備蓄はしておいた方がいい。麺も作れるしね……作れるなら」
「作れないわ~」
冬の間、麺の作り方を教える約束をした。
粉で保存しておけば、麺が作れてとりあえず飢えることはない。
「誰が一番才能ありそうなの?」
皆が目をそらした。
冬の準備は何をしたらいいか、一度リスト化しようという話をしていて、ふと、キャルの腕にあるものに気付いた。
それは、先日調味料の露店で見た物にそっくりだ。
アリスの視線に気付いたキャルが、にやりと笑って腕の物を見せつける。
「気になる?」
「この間同じ物を見たから……」
「ああ、その人も会員なんだね」
「会員?」
「そう、精霊の互助会。儲かるんだよ~」
儲かる?
ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。
精霊の互助会の話開始!




