3.今日は元気そうだね
両手一杯に料理を抱え込んで、アリスは二人にお礼を言う。
「本当に、生き倒れるところを助けていただきありがとうございました」
「おう。俺たちに会ったのも、お天道様の思し召しだろう。達者に暮らせよ」
「大切なお友だちとは言え、お金のやり取りは遺恨を残すわ。これからはお金を払う前に誰かに相談できるといいわね」
手を振るトシとスミレに、アリスは何度も頭を下げて扉をくぐる。
「閉めるぞ」
どこか遠くでそんな声がして、こちらからの引き戸だったはずの扉が、自然とぱたりと閉じた。
「はあ」
ため息が出た。
すごく、すごくいい人たちだった。
そして、美味しい物をたくさんくれて、……まさかイライザがそんな風にアリスのことを考えているなんて。いやいや、まさか。さすがにそこは付き合いの長さで否定させてもらう。
薬草庫の方にいただいた惣菜を入れる。この、タッパーとやらもすごく不思議な形状なのだ。スミレから、もし、同じような物がないのなら、使い終わったあとは隠しておきなさいと言われた。
本来あるはずがないものを見つけたら、どんな目に遭うかわからないと。
それはなんとなくわかる気がするので、忠告はありがたく聞いておく。
気付けば今日は店も開けず、すっかり夜だ。時の流れは同じ。言葉が通じるのが改めて不思議だし、アリスをすんなり受け入れた二人も不思議だった。
……これは、神様がアリスに与えた何かしらの啓示なのかもしれない。あの老夫婦は、神の御使いか。
なんだかその方が受け入れやすくて、顔を洗い、身体を水で絞った布で拭いて、その日は早々に眠ることにした。
ベッドを整え、階段を降りてお湯を沸かす。小さな机と椅子が二脚あるので、食事はいつもここだ。ずっと使っていなかったが、今日はスミレの持たせてくれたご飯がある。
「寝て起きても夢じゃなかったってことよ」
薬草庫には前日のまま、タッパーが鎮座していた。
お茶の葉ももらったので、教えられた通りに淹れる。緑色をしていて爽やかな香りの渋みのあるお茶だった。とても美味しい。
菜っ葉とおじゃこのおにぎり、ミニトマトとパプリカのマリネ。煮豆。
「美味しいなぁ」
二人とも訳がわからないはずなのに、本当に良い人たちだ。
が、こんな風にぼんやりしている暇はない。稼がねば、食料は三日で尽きるのだ。なんとかご飯を買えるくらいは金を稼がないといけない。
カウンターにある金運付与付きの壺。目に止まると、イライザの顔を思い浮かべる。
カモだ、詐欺だと散々言われた。どちらを信じるか。
アリスは、壺をカウンターから下ろして、店の隅に追いやった。
店内を掃いて、扉に掛けてある閉店の掛け看板を、開店にする。
客が来るまでは、昨日処理したモリス草を倉庫にある素材と調合して回復薬を作る。モリス草から作られる回復薬は回復薬の中でも一番安いものだ。街の中でも気軽に使われる。売れ筋商品でもある。
キッチンのテーブルで微妙な調整を行っていると、扉の開くのに合わせて、カランカランとドアベルが鳴った。
「アリスちゃん、うちの人が腕を切っちまってさ。回復薬もらえるかい?」
近所の魚屋の奥さんだ。
「はーい! 銀貨一枚ね」
棚の上から取って渡すと、銀貨を手のひらに乗せられる。
「今日は顔色がだいぶいいね。昨日は死にそうな顔してるって、パン屋のハンナが言ってたよ。ちゃんとご飯食べて、寝てる?」
「ご心配おかけしちゃって。ちょっと睡眠不足のところに採取に行って疲れてしまって」
「なんなら夕飯はうちに食べに来てくれたっていいんだからね! じゃあ、これありがとうね」
手を振って送り出し、作業に戻る。色味といい、今回も良い出来だ。少し置いて、瓶詰め作業となる。
その間にも今日はひっきりなしに客が来た。ここ五日間誰もこなかったのが嘘のような売れ行きだ。これは、また明後日にでも採取にいかなければならないだろう。
こういった客足の波があるので、売り上げはきっちり貯めておかなければならないのだ。ちなみに、瓶を返しに来れば、銅貨一枚返却だ。この間は銅貨すらなかったから、瓶の返却がなくてよかった。
結局新しく作った分も少し売れて、本日の売り上げ、金貨二と銀貨三枚。これが二日早ければ……そう思えてならなかった。
翌日、さすがに在庫が乏しくなってしまったのでまた採取に出かけることにした。
「おやアリスちゃん。今日は元気そうだね」
スミレのご飯のおかげだ。夜も朝も美味しくいただいた。が、そろそろ腐敗が怖いので今日の夜には食べきってしまわねばならない。冷暗所で、保存の陣が敷いてあるとはいえ傷んでしまう。
モリス草があるのは、森を入って少し行った湖のほとりだ。この不思議な草は、刈っても三日で生えてくる。その代わり鮮度が大事なので、処理は早ければ早いほうがいい。今日はアリス自身も元気なので、ここで簡単に処理をして行く。量をさばける。
時折指輪に魔力を込めて、辺りに大きな魔物がいないかを探る。小さな野ウサギなら、狩って帰りたい。
と、索敵の魔法がぶつかる。人がいるようだ。
手早く摘んだものをまとめて鞄にしまうと、アリスはもと来た道を引き返した。すべての冒険者が良い人とは限らない。相手は五人。知り合いや良い人でなかったら、面倒だ。
こうして距離を取り、相手も動かなければ問題がない人。
距離を詰めてくるのは、問題がある人。あちらの方が人数が多いのだから。
指輪にまた魔力を込める。
アリスに使えるのは、索敵と、簡単な、ウサギを仕留める程度の風魔法、そして微々たる治癒魔法だ。防御魔法は問題解決にならない。冒険者には足らず、治癒師としても足らない。
距離を詰めてきた。一人だけだ。斥候か?
アリスは鞄を抱えて駆けだした。大きな道に出て少し行けば街も近い。そこまで行って、緊急の魔法を打ち上げればいい。それで奴らは手出し出来なくなるのだから。
だが、相手の方が足が速い。
困った。ここで打ち上げて、門兵に見えるだろうか?
それでも、捕まるより前にやらなければ。
指輪に魔力を込めようとしたとき、後ろに迫った相手が叫ぶ。
「アリス!」
バッと振り返れば、それは、見知った顔だった。
「ロイ!?」
イライザとはまた別の、もう一人の幼なじみ。
冒険者としてこの街を拠点に活動しているロイがそこにいた。
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幼馴染二人目です。