29.冬の準備は必要ないの?
連日大盛況だった芋飴も、今日で全部売り切れた。
いや、全部は売らなかった。麦芽がもうなくて、新しく作るにはそこからだし、たくさん手伝ってくれたロイの分を確保し、アリス自身ももうちょっと食べたいなと置いておいた。
あと、フォンが三日目に悲しそうな顔をしていたので、お土産に持って行ってもらう分。
「じゃあ、夕方また来る」
「うん。後でね~」
片付け終わってほっと一息だ。
来年もこれは厳しい気がする。お手伝い要員を確保したい。
かなり温度調整が複雑で、こんな物どうやって思いついたと追求されると困るので、あまりレシピは広めたくない。口の硬い製造要員が欲しい。
まあ、それも来年の話だ。今は忘れてちょっと休憩。もうすぐお昼だし、久しぶりにトシとスミレに会いたいなと思う。
残して置いた芋飴を皿に移し替えて、倉庫の扉を開く。ぴりりと指先がしびれる安心感。
一番始めに来たときのような、むわっと熱風が吹く時期はもうとうに終わっている。秋の訪れはこちらの方が早いようだ。
「おう、久しぶりだな、アリス。スミレさんに連絡だな」
「お久しぶりです。やっと収穫祭が終わります~」
トシがそうかそうかと言いながら、手元の黒くて薄べったい物を触っていると、やがてスミレが荷物を抱えてやってくるのだ。
「アリスちゃんお疲れ様。煮物とサツマイモご飯なんだけど食べるかしら。こっちも明日の夜は神社でみんなでお祭りだから、バタバタしていてね」
「あ、忙しかったら……」
「忙しいのは明日の朝からね。みんなでたくさんご飯作って持ち寄って。神主さんのところの娘さんが神楽舞を見せてくれるのよ。かがり火を焚いてね。とにかく、今日はもうやることはないから大丈夫。反対に明日は来てもおもてなしできないわ」
話しながらもスミレの手は止まらない。
おひつに入ったご飯をテーブルに置くと、トシが椀に盛る。
真ん中にはドンドンドンとタッパーに入った煮物が並んだ。
「これはナスのグラタンなの。美味しいわよ。たぶん、そちらでも出来る物だと思う。オーブンがあるって言ってたし、ビニールハウスのトマト持っていったら? レシピもこの後教えるわ」
甘いサツマイモ。それが入ったご飯も美味しい。
「お味噌汁に入れても美味しいのよ」
「豚汁にサツマイモがいいな」
「そうね、お肉の甘みも増すわね。今度作りましょう。そうそう、このサツマイモ、天日干しして干し芋にしたら冬のおやつになるわよ。食べるときに軽くあぶるといいわね。また作ったの分けてあげる」
「ありがとうございます」
美味しい物が一杯で幸せ。
「お二人も冬支度が大変ですね。この中でできる力仕事とかあれば手伝いたいけど……」
「冬支度? そうね……こたつを出したり? 火鉢を出したり?」
「霜の心配くらいか。ここら辺はそこまで雪も降るわけじゃないからなあ」
「豪雪地帯は大変でしょうけどね」
二人の周りはそこまで大変じゃないようだ。
「でも、貯蔵庫一杯にしないと。薪割りとか」
「……そうか、アリスの世界は、そうか」
「あら……もしかして瓶詰めとかたくさん作らないといけないの? それは大変ね」
「ええと……、作らないで、冬の食料はどうするんですか?」
トシとスミレは顔を見合わせる。
「まあ、旬のお野菜よりは高く付くけど、こちらは年中だいたいの食材は手に入るの。お金さえあればね」
「俺らは作った野菜が無駄にならないように保存食にするが、別に買い物に行けば年中食べるものは売ってるからな」
「お肉も野菜もお魚も、簡単に手に入るのよ。そうなのね。アリスちゃんはこれから冬の準備なのねえ。大変ね。もしよかったら私もお手伝いするわよ?」
「やめとけやめとけ。いつまでもずっと手伝えるわけじゃねえんだ。まあ、もし冬の途中で食うもんなくなったら遠慮なく俺らに言えばいいさ。お前さん一人食わせるぐらいどうってことないからよ。だけど、その冬準備、自分に必要な分をしっかり把握して備蓄出来るようにしておかないとな。頑張れよ」
あまりに違う価値観に呆然としてしまう。
「冬の準備は必要ないの?」
「必要よ。家や庭や畑がその冬を越せるように準備はするわ。だけど、飢えることを心配したりはしないわね」
「俺たち年寄りは風邪引かねえように気をつけるのと、餅を喉に詰まらせねえように気をつけるくらいだよ。冬を越せるかで生きるか死ぬかの心配にはならねえな」
たまにこうやって、まったく別世界なのだと実感させられるのだ。
「まあ、同じこちらの世界の中には、明日生きられるか心配するような地域だってある。俺たちは恵まれてるな」
「そうね。こうやって楽しい余生を暮らせるのは幸せね」
ニコニコと笑う彼らに、アリスは曖昧に頷き、自分の世界へ戻った。
驚きすぎて、気付けば夕方になっていた。
店の扉がノックされたので慌てて鍵を開ける。
「アリス? 準備できた?」
「うん。いつでもいけるよ」
芋飴の売り上げが入った財布と、さらに店の鍵まで取り上げられた。
「俺が持っておく方が安全だから」
まあ、そこに異論はない。
「子ども扱いされてる気がする」
「子どもだなんて思ってないよ」
ふわっと笑うロイの余裕さがしゃくに障った。
「マリアが今年のお勧めの露店を教えてくれた」
街には薄闇が降りて、明かりは点りだしている。収穫祭の時の明かりは、普段より多めにつけられる。自宅の窓からランタンを覗かせる家も多い。
明るく照らされた路地に、人が押し寄せる。
街の中央にはたくさんのギルドがある。一番大きな物は商業ギルド。他にもアリスが年に一度報告書を出す薬師ギルドもあるし、ロイがお世話になってる冒険者ギルドも大きな建物だ。そういったギルドの前も、今日は露店が所狭しと軒を連ねていた。
「腹が減った」
「何でも好きな物買っていいよ」
ロイも頑張ってくれたから、この売り上げは使い切っても問題なしだ。
「マリアがお勧めしてた肉と、パンに蜜が塗ってあるやつを食べる」
迷子になると手を引かれてずんずん進む。ロイの後ろは歩きやすい。大きな身体で道を分け入り、その後ろにぴったりついていればアリスまで通って行くことができる。
お勧めされているだけあって、行列が出来ていたが、売るのに慣れている露店の主はあっという間に人をさばいていった。
お目当てを二つとも手に入れ、ぱくつきながらまた他の店を覗く。
「夜、こんなに人がいるんだね」
「明日で終わるからなおさらかな」
最近は特に夜外を歩くことはなかったので、なんだかウキウキと気分が高揚した。
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お祭り後少しで終わりです
 




