26.冬に一日三食とか考えない方がいいよ
実りの秋だ。
ミールスの街でも、収穫祭が行われる。近隣の農村から、たくさんの野菜が持ち込まれ、お祭り騒ぎとなる。冬を前に、最後の盛り上がりを見せるのだ。
家の前を木の実や花や葉で飾る。子どもたちが森で花や木の実を見つけて売りつけ、その小遣いで当日露店で買い食いをする。店舗は何か目玉商品を作って、店先で安く売る。
祖父が生きていた頃は、のど飴を少しだけ売っていた。が、甘いので子どもがお菓子代わりに買って行くと、祖父が憤慨していた。
あれは、甘くて美味しいのど飴を作る祖父が悪い。
かといって苦くしたら誰も買わない。
今年はアリスが一人で作らなければいけなくて、何にしようか悩んでいた。
「飴がいいの?」
「うーん、小さい方が、子どもが銅貨でたくさん買って、皆で分けて食べられるんです」
「利よりはお祭りって感じ?」
「おじいがやってたときも赤字で……」
砂糖を使うのだから当然だ。
「うーん、手間がすごくかかるし、噂になったらそちらの材料でも作れるようにしておかないといけないから、アリスちゃんが自宅で試してみないといけないけど」
と、スミレがとある物を提案してくれた。
以前から、こちらとあちらの食べ物の一覧表を作って、似た食材を探していたので合いそうなものはあった。
「あとは、温度調整がかなり必要なんだけど」
「温度は、薬を作るときに調整しなければならないものがあるので、魔道具があります」
「なら、出来るかもしれないわね」
そうしてレシピをもらったのだが、これがなかなか手間の掛かりそうな物だった。
あのあとも二回ほど台風からビニールハウスを救った。近所では奇跡のビニールハウスと言われているらしい。悪目立ちしてしまっていて、少し困っているそうだ。
そんなことを考えながら、麦から芽がきちんと出ているのを確認して、今度はその芽をつむ。
「しっかり出来ていていいわね~。次は乾燥。ビニールハウス内はどうしても湿度が高くなるのよね。おうちでやる? それともここの外でやる?」
「家に乾燥用の魔道具があるのでそれでやろうかと。風が吹くタイプのもあります。少しずつしかできないけど」
上級回復薬を作るときに使うのだ。
「便利な道具がたくさんよね。そんなのがあるなら、ビスキュイとかも出来そう」
「ビスキュイ?」
「美味しいお菓子よ。そっちはまた今度ね」
「乾燥したら粉々にすれば良いんですよね」
「ええ。これができれば、もう半分終わったようなもの。はいこれ、おいもちゃん。そのままふかしたりするならもう少し天日干しした方が良いと思うけど。冬用の干し芋はこっちで作るから、また持って行ってね。そちらの、なんだっけ?」
「ロロ芋、かな?」
「そうそう、ロロ芋。それぞれ作ってみて。味を比べましょう」
「わかりました。混ぜないように作らないと」
「それにしても、灰汁とり用の魔道具があるなんて便利ねえ」
「これがないと、薬が苦すぎて飲めない物が多いんですよ」
風邪薬、二日酔い薬。どちらも魔道具を使って苦みを軽減しているはずなのにあれだ。それ以上やると、薬としての品質が保てないので、あの苦みは諦めるしかない。
「焦がさないように気をつけてね」
「はーい」
アリスはスミレに別れを告げて扉をくぐった。
トシは最近村の集まりとかで忙しそうだ。あちらも秋祭りが行われるらしい。
乾燥が終わるのは夜だ。
なので、芋の灰汁取りをしておきたい。明日は店は開けるが、作業をするつもりだ。麦から作る麦芽が五日以上かかるので、秋祭りの日程を考えると、早めに練習しておかねばならなかった。
カランと店の扉が開く音がした。今は閉店中の看板を出しているので、それでも入ってくるのは緊急か、ロイだ。
「お帰りなさい!」
「ただいま。……なんか変な匂いがする」
「あー、収穫祭の準備だよ。今年はちょっと挑戦」
「へえ……この後みんな来るって。魔物がよく出て、低級を何本か使うことになった。あと、マリアはまた中級追加だって。それでこれが差額分」
「また、綺麗な砂糖菓子だね。差額分は別にいいのに。私は王都まで売りにはいけないし」
「差額っていっても全部じゃないんだからもらっておけばいいよ。今回茶葉はイマイチだって。収穫祭で何かおごる」
「収穫祭はこっちにいるんだね」
「家も出来たからな。この後は俺らも冬の準備になる。アリス、何準備したらいいか教えてくれ」
「えええっ!? 五人分はわからないよ、そんなにたくさん。あ、でも一部屋貯蔵用に腐敗を遅らせる魔道具とか設置した方がよくない? その発注した?」
「……メルクが来たら聞いてみないと」
「成人五人の冬ごもりって、食料も薪もとんでもない量がいりそうだよね」
「今から悩ましい」
「実家にも聞いてみた方がいいよ。肉はいざとなったら狩りに行くんだろうけど、いざとなる人もたくさんだよ。獲物は少ないのに。外注も考えた方がいいかもね」
懇意の商人がいるのだ。多少金はかかっても、そこに頼って準備した方がいいかもしれない。
「冬に一日三食とか考えない方がいいよ?」
「腹が減りそう……」
去年はよくうちにお腹空いたと顔を出していた気がする。宿の食事は朝と夜だけ。祖父がやたらと備蓄を多めに作っていた意味がわかる。
「お金稼ぎに依頼を受けまくって、冬の準備は全部商会に丸投げするか、準備する人と、狩りしたり、依頼受けたりしてお金稼ぎをする人に分かれるとか?」
「みんな、依頼の方がいいと言い出しそうだ」
相談できる人に早めに相談しておいた方が良いと思う。
「アリス……多めに備蓄して。俺の金も渡すから」
「ロイがうちを当てにすると、五倍になりそうで嫌なのよ!?」
ぞろぞろ引き連れてこられたらたまったもんじゃない。
「あいつらは見捨てる!」
「基本みんな実家があるからいいけど……フォンさんはミールスの街の人じゃないでしょ?」
「……フォンだけ連れてくる」
絶対五人がくるやつだ。
「私も手伝うからお願いだから冬の準備しっかりしてちょうだい!」
今年はアリスも初めての一人で冬ごもりの準備だというのに。
薬師としての仕事も、冬になるとぐんと減る。出るのは風邪薬とのど飴くらいだ。
つまり収入源が激減する。
今年はかなりお金が貯まっているが、ブタちゃんを壊すわけにいかないのであれの中の金は使う気がなかった。ブタちゃんは芸術品だ。壊さないと中身がとれない、つまり貯まるというあちらの世界の知恵が詰まった物だ。
「金払うから俺のご飯もこっちに隠しておいて」
「ロイぃー」
それはどうなのだろう。
「みんなよく食べるから信用がならない」
「ご飯作るのはメルクさんでしょう? しっかりしてるから管理出来ると思うけど」
「酒が入ったらみんなわけわからなくなる」
「お酒禁止にしない?」
「俺はできるけど、マリアとキャルは多分無理かな」
そして二人が飲めばみんなが飲むと。
「冬……大丈夫?」
本当に心配になった。
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冬支度、毎回想像がつかない……。
 




