25.泡立たない!!
スミレがアリスに着せてくれたのは、寝間着代わりの浴衣だそうだ。
「わたしの若い頃に着ていたものなのよ。可愛いわね~、外人さんが浴衣や着物着てるの新鮮で好きなのよ。もちろん日本のお嬢さんが着ているのも好きだけど」
スミレはとても嬉しそうだった。
「食欲はありそうね。ならおかゆよりもおむすびがいいかもね。それで……すごく失礼なことなんだけど、アリスちゃんの世界って、お風呂ってあるの?」
「おふろ?」
「……そんな気はしたわ。アリスちゃん身ぎれいにしてるからそこまで気にならなかったけど。汗をかいたときとかはどうするの? 水浴びしたりするの?」
「小さな子や男の人は井戸の水をかぶったりするけど、女の人はみんな家で、水で絞った布で拭いたり」
「そうよねえ……どうしましょう。うちまで誘えないし。まあ、とりあえずご飯持ってくるわね! 少し待ってて」
次に現れたとき、トシが謎の大きな器を持ってきた。ピンクや青でとてもカラフルなそれは、材質が同じくビニールのようだ。
「去年孫が来たときのもの、置いといてよかったな」
「うっすら水を張ってからお湯を入れないと穴が空きそうよね」
「だなあ。湯はこっちで湧かすか。ヤカンを持ってくる」
「お願いします。あと、準備していた布も」
テーブルにはおむすびと卵焼き、お味噌汁が並んだ。
「いきなりたくさんはだめよ。お腹がびっくりするから。それで、食べたら、水浴びしましょう。お湯にするから冷たくはないし、今の季節なら寒くもないしね」
「水浴び?」
「汗たくさんかいたでしょう? お風呂の習慣がないのはわかるけど、わたしたちからしたらかなり、その、失礼でごめんなさいね、不衛生なのよ。衛生的に保てば、それだけ病を退けられるでしょう? 今回はまあ、雨に打たれたから熱が出ちゃっただけだろうけど」
「持ってきたぞ。布はあそこのフックにぶら下げるか」
ビニールハウスの端にあった脚立を持ち出し、トシが布をあちこちにぶら下げる。
「じゃあ、終わるまで俺は畑の見回りしてくる」
「お願いします」
これから何が始まるのか、アリスは皆目見当が付かなかった。
「ほら、泡が全然立たない!!!」
よくわからないが怒られている気がする。
全部脱いで、トシが持ってきたビニールプールに入るよう言われた。ヤカンで二度ほど湯を沸かして、中の水は温くはなっていた。
「わたしたちは、もっと深いお風呂っていうこー、器に入るのよ。その前に身体と頭をしっかり洗ってね。全身ずぶ濡れになっていたんだから、もうこの際アリスちゃん丸ごと洗うわ!」
そう言って、浴衣をひっぺがされ、アリスはビニールプールに座り込んだのだ。
「十何年分……なかなかに厳しいわね」
「皮が、むけちゃう……」
「大丈夫よ、そして我慢してね。ここまできたら私が耐えられないわっ!」
体中をごしごしとこすられる。
「一度お湯を交換しないとだめね、これは。アリスちゃん、立って、ちょっとさっき着ていた浴衣を羽織っておいてくれるかしら?」
サンダルという、薄っぺらい靴を履かされ、今浸かっていた湯を捨てるためにそこの栓を抜いた。
「畑に石鹸は大丈夫なの?」
「平気よ、もうここの一角は畑にはしないから。ビニールハウスの畑は半分から向こうだけにするつもり。さあ、そのホースを取ってくれる?」
ホースで残った泡も流したらまた栓をした。
「お水を少し入れて……アリスちゃん、寒くない?」
「寒さは全然大丈夫。この中暑くなってきたし」
昼間は日の光で暑い。
「夏でよかったわね。冬はこうはいかないか……ドラム缶風呂でも考えるべき?」
ヤカンで再び二度ほど湯を沸かし、今度は髪を梳かれる。
「ヤカンが足りないわあ。そして泡立たない!!」
身体をこすられ、頭をかき回されて、全部が終わったころにはかなりの時間が経っていた。
「病み上がりのところ悪かったけど、これですっきりね」
温風が出る謎のアイテムで、椅子に座ったアリスの髪を、スミレが乾かしていた。そこへトシが現れる。
「すっきりしたようだな、どっちも。ビニールプールと布は片付けとくぞ」
「お願いしますね」
「周りのビニールハウスは軒並み修理が必要なレベルだ。やっぱり俺んちのこいつの状態が異常だよ」
その言葉にドキリとする。
「アリス、お前さん何やった?」
「つまり、本来自分の身を守るために自分に掛ける防御魔法ってぇやつを、このビニールハウス全体に掛けたってことか。それで元々そんなに多くない魔力を使い切りそうになって、すでに壊れてた部分から入り込む雨風に打たれて一晩過ごしたと」
はああ、と二人揃ってため息をつかれる。
「アリスよ、俺らもお前さんと会えるこのビニールハウスが無事で嬉しいよ。だがな、ここを守るためにお前が風邪引いてたんじゃ俺らも素直に喜べない」
「まずはアリスちゃんがいて、なのよ?」
スミレも悲しそうな顔をして言う。
二人に心配をかけまくって、その後こんなに面倒を見てもらって、罪悪感がすごい。だが、それでもアリスは今回のことを後悔はしてなかった。
「はあ、とりあえず、次台風がくるときは、事前に言うから、その防御魔法とやらを体調を見ながら掛けてくれ」
「そうね、わたしたちもその方が安心。夜、雨戸をしめちゃったから覗くことができなくて、大丈夫かハラハラしてたのよ。センサーも途中から雨風のせいでバカになっちゃってよくわからなかったし」
しっかり約束させられて、アリスは自分の家に戻った。
二日間ほぼ姿を見せなかったアリスが、三日目の朝開店すると同時にハンナがやってきた。
「あら、元気そうでよかったわ」
「ごめんなさい、風邪引いちゃったみたいで、自分の薬飲んでずっと寝てたの」
「無事ならいいんだけどね。鍵もしっかり掛かってたから入るわけにもいかなかったし。食事は?」
「残り物で済ませたよ。薬も効いたし、もう平気」
「そりゃ、薬師のアリスの薬だもの。効くに決まってるわよ。これ、パン。食べなさい」
あちらのご飯を山ほど持たされているのだが、ありがたくいただく。
「一人暮らしなんだから、調子が悪くなりそうだったら早めに知らせてね」
「それができたらいいんだけど」
病を事前に知るのはなかなか難しい。
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検索したら、ポータブル風呂が山程あって、ちょっと感動してます。




