24.すごく美味しくないんです
アリスはランタンを地面に置くと、未だ大きな音を立てているビニールに触れた。布とは違う不思議な感触。そして、指輪に力を込めた。
防御魔法は己の身を魔力を使って守るもの、素材の箱や金庫に掛けたような大切な物を守るものがある。呪いと追跡を付けるのは、さらにもう少し複雑となるが、アリスは昔から防御の魔法はそれなりに使えた。
イライザに金庫を持っていかれはしたが、一応防御魔法で相手側にダメージを与えはしていたのだ。だが、あれは呪いを付ける方が目的なので、そこまで強いものではない。
問題はアリスの魔力が足りるかだ。
自分の身ではない。これだけ大きな物に防御の魔法を施すことが出来るか?
それでも、やるしかないのだ。
激しい音と、雨がこちらに向かってざっと降りかかる。そんな中、少しずつ防御の魔法をビニールハウス全体に巡らせていく。
また、バリバリと音がした。
ビニールハウス内も風が吹き荒れだす。
それでもせめてこれ以上は壊れないようにと、全体に魔力を行き渡らせる。
どのくらい経っただろう。
ビニールハウスを叩く音の質が変わった。
さらに時間が経ち、ビニールハウス内に吹き荒れていた風が止んでいる。
魔力で、空いてしまった場所も塞ぐことが出来たようだ。
魔力切れでフラフラになりながら、なんとかテーブルまでたどり着き、椅子に座った。
今回の防御魔法は大きすぎて、そんなに時間は保たないだろう。朝には解けているはずだ。風雨も来た頃よりはマシになっている気がする。あくまでビニールが剥がれた場所からちらりと見える、外の様子からだが。
びしょ濡れだが、自分がここから移動したら、もしかしたら防御魔法が解けてしまうかもしれない。まださすがに解けたらビニールが吹き飛ばされそうだ。
もう少しだけと思いながら、机に突っ伏したアリスは、びしょ濡れのままうとうとしてしまった。
そして空が白んできたころには、風も雨も止んで、アリスは見事に風邪を引いたのだ。
気づくと、雨風はおさまり、防御魔法は解けていた。魔力切れのせいでダルい。なんとか無事にこの場所を守ることが出来て安心した。
とっとと帰って寝よう。今日はもうこのまま店は閉めておこう。
よろけながら扉の前まで来たところで、後ろでスミレの声がした。
「アリスちゃん!?」
「あ、スミレさん……」
返事が出来たと思ったら間違いだったようで、アリスはそこで力尽きた。
次に目を覚ましたときには、ブルーシートの上のふかふかの布の上に寝ていた。空は薄暗く、テーブルの上にアリスのものとは違うランタンが置いてあった。
トシが椅子に腰掛けている。
身体を起こそうとするが、全身がだるくおっくうだ。
「おう、目が覚めたか。ずぶ濡れだった服はスミレさんが着替えさせたからよ、もう少し寝てな。本当は家で寝かせてやりたいが、お前さんはこっから出られんからなぁ」
そう言ってコップを持ってこちらに来た。
「とりあえず飲みな。水分摂らなきゃ治らない。本当は飯も食わせたいが、食欲はどうだ?」
食欲……それよりもただ、だるい。
「まだあんまりそうだな。こちらの薬を飲ませていいかわからないんだよ。アリスは薬師だろ? 風邪に効く薬はないのか?」
ある。
「その顔は、あるんだな。うーん……立てるなら飲みに店に帰った方がいいが、行って帰ってできるか? そのまま店の方で倒れられるのが一番こちらも心配だ」
コップの中身を、身体を起こして飲み出すと、本当に美味しくてすぐ空になる。
「もう一杯といきたいところだが、薬が飲めるなら飲んだ方がいい。どうだ、立てるか?」
同じことを繰り返すトシになんだかおかしくなってくる。
少し気合いを入れて立ち上がってみる。多少ふらつくが、風邪薬は倉庫にあるし、なんとかなりそうだ。
「ちょっと、行ってきます」
「おう、絶対に戻ってくるように」
よたよたと、扉をくぐり、壁に手をつきながら素材倉庫へ。その中の一番手前の籠の中から、瓶を取り出す。
その場で飲もうとしたが、これ、すこぶる不味い。口直しがいる。
一瞬考えて、このまま持ってあちらに行くことにした。先ほど飲ませてくれたのはレモネードとは違う甘いような酸っぱいような不思議な飲み物だった。あれをもう少しもらおう。
「おう、無事に来たな」
足下のひらひらとする布が気になりながらも歩いてテーブルまでたどり着いた。
「もう一杯もらっていいですか?」
「おうよ」
青い色が周りに巻いてある、透明の瓶に入った少し濁った不思議な飲み物。それを横に置き、気合いを入れて薬の蓋を取る。
「おう……なかなか強烈な匂いだな。草をすりつぶしたみたいな匂いだ」
「すごく効くんですけど、すごく美味しくないんです」
覚悟を決めて一気に飲み干すが、不味い……。
口直しのドリンクをも塗り替えそうな苦みだ。
それでも、これを飲んで一晩眠れば翌朝にはすっきり治っている。
「今日はここで寝てくれ。スミレさんも心配しているから」
「でも……」
「地面に布団じゃ寝心地悪いかもしれないが、あっちに行って帰ってこないと不安なんだよ。朝にはスミレさん特製の粥持ってきてやるから」
トシは絶対にそこで寝ていろと何度も言って、ビニールハウスを出て行った。
アリスも、水分をとり、薬を飲んだことで身体が再び眠りを欲した。
朝日を浴びて目が覚める。
このビニールハウスの難点は、日の光とともに強制的に起こされることだ。
布団に潜るとさすがに暑い。扇風機の風は直接こちらに当たらないようにはなっているが、日が出れば暑くなる。
青い箱が置いてあり、それを開ければひんやりとした中に、昨日の半透明の飲み物が入っていた。クーラーボックスと言うらしい。遠慮せずにいただく。例の柔らかい透明のコップが入っていたのでそれに注いで飲み干す。
だるさもみんな消えている。魔力もすっかり戻ったようだ。
「あらあら、ずいぶん早くにお目覚めね。調子は戻ったの? 自分の薬を飲んだって聞いたけど」
「おはようございます、スミレさん。もうすっかり元気です。ご心配をおかけしました」
「本当よ~ずぶ濡れで倒れるんだもの。ちょっと大変だったわ。台風のあの日に一体何をしていたのよ」
そう言いながら、スミレはテーブルにお盆を置く。
「どの程度回復しているかわからなかったから。ゼリーをクーラーボックスに入れておこうと思ってね。おかゆはまた後で作るから、とりあえずこれ、飲まない?」
と、謎の銀色のものを差し出される。
「まるちびたみん?」
「そうそう。栄養補給よ。ほら、ここをねじって開けて、これ、口にくわえてそのまま吸い込むの」
なんとも不思議なニホンの食感だった。
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草をすりつぶしたみたいな感じで、不味かろう味を想像してください。