22.私のお嫁さんにならない?
大量の酒と甘味を抱えて、メルクとマリアが入ってきた。
「とっっっても良い匂いがする!」
マリアが思いきり深呼吸する。
昨晩帰ってきたロイとフォンに宿屋で出くわしたそうだ。そして、二人から良い匂いがすると、謎の嗅覚を発揮した。
「チナ鳥とかー! 私も行くのにっ!」
「マリアはいつも、仕事が終わった翌日は一日宿で寝て過ごすからだろう」
「でも、チナ鳥となれば別っ!」
メルクは椅子も持ってきていた。どこで調達したのかと思えば、実家から今日だけ拝借してきたという。
「キャルも誘いにいったが、あいつは友だちと飲み過ぎて寝込んでいた」
出かけるのは無理だと思うと、親が言っていたらしい。
「えー、ロイたちまだなのー? 私はお昼も抜いてるわよ」
家のテーブルは広い。そこが作業場にもなるので、店舗奥のキッチンスペースのほとんどを使っているといっても過言ではない広さだ。二人増えたところで問題はないと思っていたが、それなら量が足りないかもしれない。
「俺たちが増えるならパンを買って行くといっていた」
「麺でもいいんじゃない?」
「じゃあマリアが作れ」
「私の料理を食べたいと?」
「すまん……俺が浅はかだった」
二人は食べていないから、追加でまだ残っていたチナ鳥をオーブンで焼いてもいいかもしれない。ロイとフォンが来てから聞いてみることにする。
「アリスちゃ~ん、私、もう我慢できないわ?」
小首を傾げて可愛く頼まれてしまった。
「マリア……、とってきたのはロイとフォンだ。せめて来るまで待て」
といいつつ、メルクもコンロが足りなくてテーブルに置かれたシチューに釘付けだ。
今は午後三時。今日は昼からもう閉店の看板を出している。
ゆっくり、早めに食べ出して、夜遅くならないうちに解散だと思っていたが、これは叶わないかもしれない。
飲まない自分のために果実酢を素材倉庫から持ってくるべきか。
どうせすぐ来るだろう。昼抜きの人に、目の前のこの良い匂いは辛かろうと、アリスは皿に盛り付ける。五人、お皿の数もスプーンやナイフもギリギリだ。トマトの煮込みの方は、この後麺を小さく作って、茹でてから入れるつもりだ。
作業をテーブルの隅でしている間に、クリームシチューを食べていてもらおう。
「今回のシチューは、謎に上手くいきました」
そう言って二人の前に皿を置く。
謎じゃなくて、スミレの魔法の調味料、ルーのおかげだ。
「!?」
マリアが一口食べて目を見開く。
その反応はわかる。アリスも味見をしてびっくりしたのだから。
「本当に、旨いな、これ。ミルクだよな?」
「ミルクと、お肉のうまみと、あと、粉でとろみをつけたり?」
「チナ鳥のせいかこれは……」
「たぶん? 私もここまで美味しいのは初めてです」
おいしさはチナ鳥のせいにしてしまおう!
「なにこれ~最高じゃないのよお」
マリアが旨さに震えている。
「パンをつけて食べても美味しそうでしょう?」
「絶対美味しい! 早く来ないかしらあの二人」
シチューは今日中に食べきらなくてもいいだろうと、多めに作ってあるので、食べ尽くされないと思いたい。
代わる代わる美味しい美味しいと言ってる二人をよそに、アリスは麺作りを始めた。
生地はすでに作ってあるのだ。
そして、タマネギに似た赤ケーパをみじん切りにしたものと、市場で買った肉の切れ端を集めたものを、炒めた。これが具になる。
生地を台の上で薄く伸ばし、四角にカットする。
中に具を詰めて、三角に折って、さらにくるりと丸めてその先をぎゅっとくっつける。
チナ鳥で十分旨みは出ているし、赤ケーパは炒めると甘みが増して美味しい。それに茹でるととろみが出るのだ。くず肉に絡んでとろっとなるのが気に入っている。
「あらなあに、それは」
「あっちのトマトの煮込みにいれるんですよ」
「ふうん……私も手伝おうかしら」
「止めろ! マリアがやるくらいなら俺がやる」
ということで、メルクが隣で手伝ってくれた。大きな手で、器用にたたんで丸めている。
あらかたできあがったところで、店の扉が開いた。
ロイとフォンがたくさんのパンを抱えていた。食べきれないだろうそれは……。
「待ちきれなくてお先してるわ。パンちょうだい」
差し出された手に、ハンナのパン屋の定番パン、ちょうど手のひらの大きさくらいの、丸いバリバリと固いものを渡す。
「アリスさん、食材の買い出しに行きましたね。いくらかかりました? そこの二人に出させましょう」
「別に大丈夫だよ?」
「いえ、我々がチナ鳥を捕ってきました。そこの二人はただ食べるだけです」
「私も何もしてないけど……」
結局メルクとマリアが必要以上に金を出そうとするので、きちんとかかった分だけをもらった。
新しい鍋に湯を沸かし、包んだものをどんどん湯がいていく。穴の空いたレードルですくって、トマト煮込みの中に入れた。最後に軽く火を入れたら、トマトとナスとチナ鳥の煮込みも完成だ。
新しくテーブルに置かれた煮込みに、マリアが目を輝かせる。シチューを空にした皿を一度洗って入れて渡す。
「おいしいー!」
「この赤いのは前に麺に入っていたものですね。とても美味しいです」
「旨い。アリスちゃんは料理上手だなぁ」
チナ鳥とスミレのおかげだと思う。
お代わりは任せておいて、アリスはフライパンにたっぷりの油を入れて、熱した。そこに漬け込んでおいたチナ鳥に、粉をまぶして並べる。
じゅうじゅうと香ばしい香りが辺りに広がる。
「え、何それ。すごい、良い匂いなんだけど!?」
ちなみに、粉には細かく削った固いチーズも入っている。これもスミレの提案だ。
しっかり熱が通ったところで皿に移してテーブルへ。
最初に出した分が一瞬で消えた。
「やだあ、これもすごい美味しい。お酒に合う!! すごい、アリスちゃん。私のお嫁さんにならない?」
メルクがむせる。
アイデアはスミレのものだが、こうやって褒められると素直に嬉しい。
一つ食べてみると、外はサクサクだし、中は漬け込んでいたおかげでほどよい塩味。じゅわっと溢れてくるチナ鳥の肉汁に、やけどしてしまいそうだ。
結局皆からのリクエストで、残りのチナ鳥も揚げ焼きに化けた。
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最近のお気に入りは、鶏むねを細めに切って衣をつけて揚げたところへ、粒マスタード、はちみつ、マヨのディップにつけて食べるやつです!




