21.今日はパーティーだね
一時間ほど歩いたところで、フォンがここにしようと歩みを止めた。夜は煮炊きは避けたいと、携帯食で我慢だ。サンドウィッチは歩きながら昼間に食べてしまっていた。
「俺が先に見張りをする。ロイは後で起こす」
「わかった」
「アリスさんが予想以上に歩けたから、明日は早めに帰れそうだ」
「森歩きはわりと馴れてるの。こんな奥まで来たことはないけど」
アリスの言葉にフォンが頷いた。
森の中で泊まるのは初めての経験だった。そわそわと眠れないのかと思ったが、気付けば二人とも起きていて、肩を揺すられる。
「アリス……すごいな」
ロイから呆れとも賞賛ともとれる言葉をいただいた。
とても疲れていたのだと言い訳したのだが、我ながらよくもまあぐっすり眠れたものだ。
帰りにいくつかキノコを採取した。素材も見つけてとても充実した二日間となった。
帰りは割とすんなりで、夕方前に着いた。
「うちで調理する?」
「丸焼きが食べたいんです」
「小さいけどオーブンもあるし、出来ますよ」
なにせチナ鳥は誰が調理しても美味しい。アリスでも十分だ。
「食材追加で買わなくていいか?」
「ハーブ類は足りているから、パン? この時間にまだ残っているかなぁ……あとは、丸焼きだけでいいの?」
パンは昼過ぎにはだいたい売り切れる。
「先日のファアラ麺が美味しかったです」
麺はその形状で名前が違う。オクラとトマトとベーコンの麺は太めの平べったいファアラだ。
「うーん……しっかり作るのは明日でいいですか? 今日はとりあえず丸焼きとパンあたりで」
「二日も夕飯をお世話になって構わないのなら」
そういうことになった。
チナ鳥は本当に美味しい。塩コショウをすり込んで、腹の中に家に残ってた野菜を詰めて、焼く。鉄板にしたたる油を何度もすくってかけてを繰り返す。
その間にフォンが酒とパンを買って帰ってきた。
「香りが美味しい」
胸いっぱいに鳥の焼ける匂いを吸い込んだフォンが感想を漏らす。ロイが笑って頷いた。
「明日何か材料で必要なものがあれば買ってくる」
「うーん、午前中は採取したものを処理したい。午後、お昼過ぎてから一度店に来てくれる?」
ロイは頷き、フォンがそういえばと続ける。
「明日は昼から家の件で集まると言っていた。店に来るのはその後だ」
「うん、じゃあそれで」
そして今、スミレに美味しいレシピを聞いている。
「鶏肉料理ねえ」
「若いもんがたくさんなら唐揚げだろう」
「油を多めに敷いて揚げ焼きにしたらいいわよね。下味をしっかりつけて」
二人が挙げる名前をこちらのすべすべの紙にメモする。
「丸まるのローストチキンはもうしたんでしょう。それならまた別のものがいいわよね~」
「あとは焼き鳥だな」
「醤油が使えないと一気に料理の幅が狭まるわね。……日本人でよかった」
醤油味は確かに独特の風味だが、アリスの口にも合った。同じようなものがないのであちらには持ち込めない。少し残念だ。しかし、調味料は珍しい野菜があったと同じようには済まされない。
「チキンと言えばトマト煮込みもあるわね。トマトはもう受け入れられてるんでしょう? 持って行って使ったらいいわ。トマトを湯むきして……」
「ナスも持ってけ。トマトとナスは最強のタッグだ」
「水煮の豆を入れてもいいわよね。なんなら、ショートパスタを入れてもいいし。麺があるんでしょう? 短い麺とかはないの? こう、ねじったものとか。確かテレビが言ってたわね、この間お料理番組を見たわ」
トマトとチナ鳥のショートパスタ、と書かされた。短い麺もあるのでそれを使うことにする。
「あとはクリーム系よね」
「おうおう、シチューは旨いな。冬に最高だ。今は暑いがな」
「シチューは、ルー持って行く?」
二人が次々に出す案に、アリスは翻弄された。
最後はスミレに詳しく聞いたレシピを携えて帰還する。さすがに材料が足りないので市へ行くことにした。
二人が提案するレシピはたまに悩まされる。それは、あちらにある野菜とこちらにある野菜が違うからだ。あちらで食べるタマネギを、未だにこちらで見つけられていない。ここら辺かなと思うのだが、炒めるときと、煮込むときでは使い分けなければならなかった。
露店先で声を掛けられながら、あれやこれやと買い込む。
「アリスちゃん、今日はパーティーだね。ロイが来るのかい?」
ハーブを扱う店の前で悩んでいると、声を掛けられた。
ロイという言葉に周りの店の女性がこちらを見る。
「ロイと、フォンさんが来ます」
「ああ、あの弓師だね。随分と腕が良いらしい」
「二本の矢を同時につがえて、獲物をぴゅっと射るんですよ。すごかったです」
「ロイもシルバーランクになったそうだし、すごいことだね」
この辺りの市場はアリスたちの庭のようなものだ。ハーブ屋のおばさんも、昔からの顔見知りだった。
「このハーブは焼き物に合うよ。持って行って試してごらんよ」
おまけがたくさん付いてきた。
「ありがとうございます」
「ロイに美味しいもん食べさせてやりな」
渡されたその腕に、赤い石の嵌まった腕輪がある。真新しいそれはなんだか浮いている。
アリスの視線に気付いたのか、ハーブ屋のおばさんは照れたように笑う。
「綺麗だろ。なんか旦那がもらってきたとかで、くれたんだよ」
「素敵ですね」
魔石が嵌まった指輪しかしていないアリスは、素直に褒める。
「だろう? 証だとか言ってるけど、これがあれば困ったときに助けになれるんだってさ。そんなことより真面目に働いて欲しいのにね」
これは、愚痴を聞く羽目になる危険な兆候だ。
アリスはお礼を言って、両手に食材を抱えて帰路についた。
ロイたちが来る前に、トマトとナスとチナ鳥の煮込みは作ってしまおう。あまり食材を見せない方がいい。彼らがそんなに市場に出入りして日常的に買い物をしないとしても。
トマトの湯むきの仕方も聞いていたので、なかなか上手に出来た。豆も買って来たので入れてしまう。
あとは内緒の食材クリームシチューの素!
これも詳しく作り方は聞いている。
スミレの教え方はわかりやすい。そして、調薬をするので分量通りに作るのは慣れている。
びっくりするほど美味しい。パンを付けて食べてもいいんじゃなかろうか。
牛乳と粉で作ると言う話だった。それが上手くいったことにしよう。チナ鳥は煮込むと肉がとても柔らかくなるのだ。
揚げ焼きの準備もした。ボウルに切った肉と、酒と塩を入れて漬け込んである。あとは粉をまぶして多めの油で焼けばいい。
大体準備ができたところでロイたちがやってきた。
二人、増えている。
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すごく美味しい。鶏肉です。




